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なお、退職金は払われない模様

超大企業メガコンプレックスからすれば、社員は虫のようなものだ。


その日、私はいつもどおりにデータの復元作業を行い、確認部門に転送していた。

清潔なオフィス。行き届いた空調に、2年に1度は支給されるコンピュータ。

人気の無い物置のようなフロアだが、静かで気に入っている。


私は、毒を持つ事で捕食を免れる虫だ。

非合法の仕事に従事することで、会社は私をクビにすることが難しい。

できない、などとタカをくくるつもりは無い。

何人もの同僚が、後輩が、先輩が、その席を去る光景を目にしてきた。


イワサキ・コンピュータ・システムズ。略称ICS。

巨大な軍事産業複合体となっているイワサキグループの子会社。

この企業は、イワサキが手がけるコンピュータ事業の多くを担当している。

私の仕事はネットワークのサーバに溜め込まれた情報を回収することだ。

中身については関与しない。具体的な分析などは別の部署が行う事になっている。


私に要求される主なスキルは、セキュリティの突破。

大学に通っていた時に学んでいた情報分野の知識。

かつては輝かしかった栄光も、今となってはコソ泥と変わらない。

非合法と言ってしまえば幾らか凄みもあるが、

要するにデータを盗みに入って、それを会社に差し出す事でお金をもらっている。


ネットワーク。人類が構築した、この情報伝達網は、かつてのネットワークではない。

魔法が、AIが存在するようになり、ネットワークの在り様は変質した。

新世界ニュー・ワールドとしてのネットワーク。拡張された現実世界。

多くの人々がその存在を認知し、そこに生活の糧を見出し、稀にする物もいる。


世界に変革が起こって以降、貴重なデータを抱え込んだまま倒産したり

不慮の事故で社員の大半が死んで活動を停止する研究施設が後を絶たない。

理由は様々だ。競合企業の工作員による活動、実験の失敗、内部の勢力争い。などなど。

そうなってくると、ネットワーク上の情報集積蔵リポジトリに格納されているデータは

増加し、玉石混合のまま放置される。


国内のネットワーク……特に軍需絡み……に強いシェアを持つ、イワサキは

そういった手付かずとなっているデータをサルベージして、有効活用しようと試みた。

もちろん、別にうちの会社だけじゃなく、他の会社でも行われている事だ。

では時々トラブルが起こっているようだが、私には関係のない話だ。


データ引っ張るだけなら敷居は低い。だがネットワークの住人たるAIや

脳をネットワークとリンクできるようにする『電脳』化した人間活躍する一方、

昔からの端末でコマンドを叩きながらデータを引っ張るような私は、閑職扱いだった。


私も電脳化はしている。それも、いくらか高価な処理を施している奴だ。

それでも私が端末を叩く理由は、私の抱える心的外傷トラウマによるものだ。

かつて私が脳のデータをリンクさせて仕事をしていた時に発生した事故の影響。

思い出したくも焦げ付いた無い記憶が、電脳を直接リンクさせる方法から私を遠ざけていた。



「ベイク。おい、黒焦ベイクげ。手は空いているか?」

「何ですか、課長。私に御用とは珍しい」


私はベイカーです、と何度も訂正しても、この上司は治す気が無い。

事故で電脳の外装を焦がして以来、私のあだ名は決まったようだ。

この人気の無いスペースに誰かが訪れるのは珍しい。


「エルフは魔法に詳しいって本当か?お前もエルフだが」

「はい?何を突然?確かにご覧の通りエルフですね。魔法はよくわかりませんが」

「上からの特命オーダーで、そういうのに『耐えられそうな』奴を1人寄越せとさ」


課長が指差した方向に、スーツ姿でミラーシェードの男たちが立っている。

特命対策課。何らかの特命に対して、手段を問わずに事に当たる工作員エージェントたち。

社内でも元々後ろ暗い作業をしている部署にいれば、噂は聞いたことがある。


「本社に栄転だ。頑張れよ」


私の顔を見ない言葉には、どこか哀れみのようなものがあった。

『元』上司が足早に出て行ったのと入れ替わりに、男たちがやってくる。

彼らのスーツの黒さは、私に喪服を連想させた。


「ベイカー・ハルラス。今から30分以内に荷物を纏めて移動だ」


彼らは幾つかのボックスと封筒を用意して、そう告げる。

一切の感情は無い。まるで虫を見るような視線。


「断れば、どうなりますか」

「……退職してもらう。この場で」


男の一人が懐から拳銃を取り出した。消音機サイレンサーくらい知っている。

彼らが私をどのような形で退職させるのか、それ以上想像するだけでも恐ろしい。


「荷物を纏めます」


超大企業メガコンプレックスからすれば、社員は虫のようなものだ。

私は大した料のない荷物を箱詰めしながら、つくづくそう思った。

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