取らぬ狸の皮算用
家に戻ると、ドアの認証でしか機能していなかったD.A.Kが起動していた。
D.A.K。正式名称は Data communicate Active Knowledge agentらしい。
らしい、と推量なのはDAKの説明書に、そう書いてあるからに過ぎない。
標準でアヒル(ダック)のような鳥のアイコンが設定されている、という事情もあるが。
自分の認識する範囲では、家のオートロックに固定電話にパソコンを混ぜた装置だ。
施錠、通話、録音、録画、データ処理を行う事ができるので、そこそこ普及している。
登録者の管理や通話、録音録画についてはデータ処理を低級のAIが担当している。
中流以上の生活者であればお目にかかる事も多いが、下流の俺には縁が薄い。
さて、いま目の前で動くDAKは、前の住人が残していったものである。
それはハッキングでもしなければ、DAKから見た俺が『お客様』である事を意味する。
変にデータにリカバリをかけられると出入り不可能になる懸念があるため
俺は鍵を手に入れた店に、端末で連絡を入れることにした。
「おや、旦那。何か用かね?」
「DAKが起動している。セキュリティに問題はないのか?」
「おかしいな。AIも死んでる筈なんですがね」
何かを叩く音が10秒ほど続いたあと、小男が唸っている。
「データが転送された形跡が無いのに、確かにDAKが起動してるようだ。
でもAIが制御してるわけじゃない。安心してくれていいですよ?ヒヒヒ」
「原因をリサーチするとなると……」
「当然、別料金だね。ヒッヒッヒ」
俺は、不要だ、と言って電話を切る。
こんな事をする奴は今のところ2人しか心当たりが無い。
一つは依頼人。もう一つは、先ほど警告に来た親切な奴だ。
だがDAKの挙動に、害意どころかAIも無いとなれば
霊的なアプローチでもしてくるのだろう。忌々しい。
いや、既に何かあるかもしれない、と思ったのはソファーに横になってからだ。
寝たがる体を無理やり動かして録音や録画の記録を確認すると、
DAKのデータ一覧から、録音されたファイルを発見する事ができた。
俺は内容を確認することにした。
「――……、……スト。テスト。これくらいでしょうか」
やはり声の主は、夢の中で会話した奴のようだ。
「手短に依頼を。C-13にある呪い師の館にある石造を破壊してください。
手のひらサイズの、黒曜石を抱えたものです。方法は不問。
成功報酬は1金。50万円の方が判りますか?
それ以上を望む場合は成功後に相談させてください。貴方しか頼れません。お願いしま……」
何度か内容をリピートする。報酬は、1人で片付けてしまえば悪くない金額だ。
しかし既に絡んできた奴の事を考えると、どこまで対処できるかという懸念が残る。
悠長な事前調査ばかりだと、家賃の支払い期限までに報酬が手に入らない。
「2人、いや3人か……」
せめて家賃分と食費は手元に残るように最低ラインを計算してから、
俺は斡旋屋に連絡をとった。