この散歩には暴力的な表現が含まれます
「てめッ……!?」
目の前の男も戦いに手馴れているのか、殴ろうとした瞬間に下がられた。
既に抜かれていたナイフをこちらにむけ、適切な間合いを測っている。
「死ね!」
男がナイフで斬りつけてくる。身体をねじって避ける。
男が手に持っているのは、外見からして軍用ナイフだと推測できた。
料理にもドライバー代わりにも使える、単分子構造の物だ。
斬られれば怪我をするだろ。心の臓まで突き立てられれば死ぬかもしれない。
恐ろしい。だからこそ、その感覚が愛おしい。
距離をとって、拳を握り締める。
特に流派やマニュアルがあるわけではない。自然に身についた構えだ。
大事なのはイメージと合理的な行動。本能のまま暴れていると、すぐに負ける。
それが負け続ける中で、自分が培ってきたものだった。
「俺は、俺の金が、目の前で奪われるのがムカついている」
実際には憂さが晴れればどうでも良いのだが
そういうもっともらしい理由付けを口にして、腹を殴った。
こういう装備をしている奴は防具を装備している事も多いが、案の定だ。
殴った感覚と服装からして、男の身体は義身か、それに相当する改造がされている。
戸惑わず胸を殴る。ダメージ狙いというよりは強度の確認のためだ。
しかし、これが思ったよりも効果的だったようで、男は体勢を大きく崩す。
左、右、と顔を殴りつけて相手は地面に横たわり、俺の勝利で幕を閉じる。
……はずだった。
「金、金と……見ていれば、路地裏に相応しいクズだな」
倒したはずの男が、また立ち上がってくる。
殺すまでの威力はなくとも、しばらく行動不能なはずだ。
表情を伺うと、案の定、焦点が定まっていない表情だ。
となると、残された可能性は1つしか思い浮かばない。
「……身体を盗む奴に言われたくないな」
ニューロ(すごい腕前)なハッカーによるハッキング。
義体を持つ身として、最もあってはならない状態。
意思とは関係無しに生殺与奪が他社によって決定される。
義体……アーティフィシャル・ボディは、医療と軍事、両方の目的で開発された。
先天・後天を問わず、欠損や障害を補うための技術。
生まれ持った肉体を工業製品に置き換えることで、同じ機能を果たすためのそれは
そう長い時間をかけず、失う前よりも良い『性能』を獲得するに至った。
煩わしいメンテナンスと引き換えだったとしても、それは十分なメリットだ。
そして、俺はそういったメリットを享受することが出来ない。
体に機械を埋め込むと、この有り余る再生能力で動作不良を起こす。
目の前の男も、全身を義体に換装しているようだ。
「ほう、そこは理解しているようだな。見直したぞ」
目の前の男から淡々と語られる言葉から、身分が高い連中の匂いがする。
エグゼクティヴな奴か、やんごとなき身分か、黒幕か。
「見直して、それから俺を殺すか?その男の体を利用して」
「殺しきれん事は確認させてもらった。今回は警告だ」
「何の事だ」
「仕事を請けるな、と言っている。死にたくなければな」
「そうか。断る」
暫くの沈黙があった後、舌打ちと同時に男は地面に崩れ落ちた。
俺は男を道の脇に寝かせてから、店に戻る。
「散歩は済んだか?」
「ああ」
炭酸が程よくなったソフトドリンクを飲み干して、俺は我が家へと戻った。




