Can I take you order ?
「見込んだ甲斐がありますね」
声の主は確かに聞き覚えのある声だった。男性とも女性とも思える。
夢の中の感覚が、どこまで信じられるのかわかったものではない。
檻を通して見える相手は、ローブのような布をまとっている。
「もう少しマシな頼み方は無かったのか?」
「お越しいただけないと、会話にも不自由しておりまして」
影が檻に触れた瞬間、何かが弾ける音が響いた。
あちち、という声と同時に、人影が手をパタパタ振っているようだ。
「ご覧の通り、そちらに行きたくても行けないのです。ああ、熱い」
「……状況は理解した。グダグダ言っても仕方ないから用件を聞こう」
「わかりました。貴方に、壊して欲しいものがあるのです――」
▼▼▼
要件を聞き終わり、ケイトが夢の世界から俺を引き戻してくれた。
ピントの合わない瞳で端末の時計を確認する。
まだ2時間しか経過していない。もっと長くいたような気がしたが。
「依頼を確認できた。報酬は先方と要相談だが、お陰で仕事ができそうだ」
「そうですか。トラブルが無くて良かった……」
詳しいことはよく判らないが、彼女なりに気をつかっていたのだろう。
随分とホッとしたらしく、近くの椅子に腰掛けてぐったりとしている。
「約束どおり報酬を払う。また困ったら、何かを頼むこともあるかもな」
「お困りでしたら、いつでもお力になりますよ。その為の力です」
「ご親切にどうも」
俺は薬の抜けきらない身体をずるずると引きずるように歩き、1階に戻る。
店主にノンアルコールの飲料を何本か注文して、薬を抜くことにしたのだ。
妙な依頼を受けてしまったが、依頼は依頼である。
「これが報酬だ」
「ありがとうございます。あれ?少し多いような……」
「迷惑料だ。受け取ってくれ」
「?」
俺はケイトにカードで報酬を渡した。
金額が少なければひと悶着おきるだろうが、多い分には問題が無いはずだ。
案の定、彼女は腑に落ちない顔をしているが、金を受け取って店を出た。
彼女が店を出てるのを見送りながら、片手でノン・アルコールを煽る。
遠ざかる彼女の後姿。それを目で追い、席を立つ男が一人。
まるで獲物を見つけた獣のような表情で、舌なめずりをしながら店を出た。
俺は、それを追いかけることに決めた。
「まだ封を切ったばかりのニュカ・コーラはどうするんだ」
「戻ったら飲むさ……そんな顔をするな。散歩だ。軽い運動が必要なんだよ」
店主の批難めいた視線は、飲み物が台無しになる事に対してのものだ。
店主は店の中での揉め事には五月蝿いが、店の外までは干渉しない。
それが何であれ、だ。
男から少し距離をとって歩くこと2分。
案の定、男は早足で、ポケットからナイフを取り出して距離を詰め始めている。
通路の雰囲気から考えると、持って行くのは金だけではなさそうだ。
「獲物を見つけたのか?」
男は驚いて振り返る。明らかに俺を警戒しているが、もう距離は随分近づいた。
「アイツなら、そのナイフで十分だ。金を取って、ついでに『お楽しみ』だろ?」
「ありゃ素人だろ?商売女じゃねぇし……そうか。アンタも同じ狙いか。
さっき金を渡したと思ったが、油断させて取り返す。
どうだ、当たってるんじゃないか?何をやってる女かしらねぇが、
この路地裏じゃ助けも来ない。どうだ、一緒にやるってのは。
俺は小遣い稼ぎと息抜きができればいいんだ。いい獲物だよ、まったく」
酒が入っている男の口から、何をしようとしていたのかが、雄弁に語られた。
俺は男の身なりと、その手馴れた雰囲気から、同じ負け犬の匂いを感じていた。
「奇遇だな……俺も、そう思った所だよ」
ストレス発散には、こういう泥仕合が丁度いい。
俺は歯を剥き出しにした笑顔で、獲物(目の前の男)に襲い掛かった。