Who are you ?
身だしなみに気を使えるほど着る服は無いと気づいたのは、店の前であった。
こんな依頼に応じる人間が身だしなみを気にするとは思わない自分が居る反面、
情報を扱う連中は細かい事を非常に気にする者が多い、というのが俺の経験則だ。
服装に興味が無くても、動作や言動に対して気を使う必要がある事が多い。
だからこそ、あんな意味不明なネットワークを自在に扱っているのだろうが。
店に入ると俺に気づいた店主が、奥の座席を指差した。
そこには一見すると地味な女性が一人で座っており、
片手で端末を弄りながら、もう片手でワイングラスを持っている。
「成分と銘柄に偽り無し……うん、よし」
何か納得してグラスをかたむける女性は、こちらの様子に気が付いていない。
こだわりといい、端末の扱いといい、彼女の明らかにニューロのそれだ。
「飲んでいる最中すまないが、依頼を受けてくれた者か?」
女性はしばらく黙ってから、何度か頷いた。
俺の顔を見て驚いたようだ。そんなに酷い顔をしているのだろうか。
あまり良い顔ではないが、そういう反応は流石に辛い。
「……飲みながらでいいから聞いてくれ」
いくらか俺は正面に座って合成ビールを注文すると、事のあらましを
「待ってください」
説明しようと思ったら、早速話の腰を折られてしまった。
「何だ。報酬は既に聞いての通りだと思うが……」
「問題はそこではなくて……貴方の名前を聞いてません」
「名無しでは不都合か」
「はい。名前を知らなくては、迷える子羊を導けませんので」
なるほど、確かにオカルトを知っている人間だ。
普通の情報屋は、あえて『迷える子羊』なんて言い回しを使わない。
丁寧な言葉遣いからも、スラングだらけのニューロにしては珍しい。
もっとも端末の向こうでは彼女が悪態をついているかもしれないが。
「伏高貴だ」
「私はケイト・天音と言います。よろしくお願いします」
俺は自分の名前が好きではない。
この暮らしの何処に高貴さがあるのか探してみたい所だ。
「……本題に入るぞ。そもそもの始まりは、変な夢を見た事だ」
そこから自分の見た奇妙な夢と、現実の連絡についてを伝える。
自分からすれば随分と荒唐無稽な話をしていると思うのだが
対する彼女は、不思議な事など何一つ無い、という顔をしている。
「俺は知りたい。何者が、どうやって、何故こんな事をするのか」
「わかりました。端末は、今お持ちですか?宜しければお借りしたいのですが」
俺は懐から端末を取り出すと、そのまま彼女に手渡した。
「……パスワード、かけて無いんですか」
「ああ。いちいち入力する手間が、どうもな……」
その方が楽でいいんですが、と多少困ったような表情をしながら
彼女は手元の端末にケーブルを繋いで暫く操作をしていたが、
すぐに何かを確認できたらしく、諦めたようにケーブルを抜いた。
「この電話に、貴方の仰る通話記録は存在していませんでした」
「馬鹿な!俺は確かに」
そう、通話したはずだ。あの時、間違いなく端末はなっていた。
そんな動揺を見通してか、彼女は薄く微笑んで、俺を見ている。
「はい。ここからが本題です。今からこの携帯の『記憶』を確認します。
電子的な痕跡は無いので、霊的な痕跡を調べます」
繰り返すが俺は電子も幽霊も、専門家ほど詳しくは無い。
しかし、彼女が元々持っている雰囲気がそうなのかもしれないが、
詳しいことは判らなくても、そうなのか、と納得してしまう妙な力があった。
「とはいえ、集中する必要があります」
「この店の上は宿泊施設だ。かなり防音の聞いた部屋だ」
「そうなのですか。では、そこを借りましょう」
2人でカウンターに行き、店主に空室状況を尋ねる。
部屋は空いているようだった。
「休憩と宿泊なんて選択肢は無いからな。朝まで好きにしろ」
「そういうお楽しみも悪くないが、今は仕事中だ。なぁ?」
軽口を叩きながらキーを受け取り、ケイトに同意を促す。
「え?ええ……あっ、そ、そうです。仕事ですからね」
急に話を振られて最初は意味が判っていなかったようだが
冗談の内容を理解したらしく、目に見えて動揺している。
仕事をしている以上、この手の冗談には慣れていると思っていたが
案外、まだ日が浅いのかもしれない。
「(これで集中できるのか……?)」
俺は、急に目を合わせなくなったケイトに心配を覚えつつ、階段を上がった。




