第一話:鯨中学校
『リアリティ・チェック』公式の第一話です!ぜひ楽しんでください!!
小川と松本は下駄箱へ向かった。すると――そこにいた仲間二人に、見事に不意打ちをくらう。
「――ばあっ!」
刈り上げの鋭いフェードに眼鏡の少年が、下駄箱の陰から飛び出して小川を脅かした。……そして、成功。
「うわっ!? くそっ!!」
小川はよろけて後ろに転びそうになり、ギリギリで体勢を立て直した。振り向いて睨みつけると、友人は腹を抱えて笑っている。
「ひどいぞヒキ! マジで死ぬかと思ったんだけど!?」
「ははっ、死ぬわけないだろ。尻もちつくだけだって。泣くなよ赤ちゃん。ジュンペイを見習えよ」
ヒュウガヒキは指をさした。下駄箱の向こうでは松本が、もう一人――仲間の最後の一人と向き合っている。松本は手のひらで、彼女を押さえて距離を取っていた。
「マジかよメグミ。お前がオレを驚かせられると思ったのか? 悪いけどさ、お前ちっちゃすぎて怖くねぇんだよ。はは!」
「ジュンペイ! このヤロー! 離せ! 殴らせろ!!」
押さえられている少女の名前は、ウラナ・メグミ。ピンク色のボブに、後ろに小さなツインテール。クラスで、彼らとまともに絡んでくれる数少ない女子でもある。
小川は思わず笑った。――これが自分たちにとっての“世紀の仲良しグループ”だ。
小川マコト
松本ジュンペイ
日向ヒキ
そして、ウラナ メグミ
彼らは鯨中学校・中学三年の中でも――いや、3年A組の中でも――自称“最強の不良”四人組。
もっとも周りからは「最強」ではなく、ただの「バカ四人」と呼ばれていたのだが、本人たちは気にしない。楽しいならそれでいいのだ。
「おいお前ら、ホームルームまで……あと一分くらいだぞ? 今走らないと遅れる」
小川と松本、ウラナは笑いを止めて日向を見た。するとウラナが先に走り出す。
「じゃ、教室でねー!」
日向もその後を追い、小川と松本にニヤッと笑いかけた。廊下では別クラスの先生が「走るなー!」と怒鳴っている。
「やべっ! 行くぞマコト!」
下駄箱で騒いだせいで、スリッパに履き替えるのを完全に忘れていた。二人は慌ててロッカーを開け、外履きから内履きへと一気に履き替え、扉をバンッと閉めて走り出す。
「おい! 廊下は走るなって言ってるだろ!!」
先生の怒鳴り声は、もはや雑音だった。二人は“間に合わせる”ことだけに全神経を注いでいる。
-
3年A組では、すでに四十人の生徒が揃っていた。担任のシズオカ先生は出席簿を見下ろし、ため息をつく。
チェックが入っていないのは――松本ジュンペイと……。
「……小川マコト……」
シズオカ先生は、小川やあの四人組が好きではない。うるさいし、遠慮がないし、授業の空気をよく壊す。だが、それでも――いつかは真面目に授業を受ける日が来ることを、少しだけ願ってはいた。
「すみませーん先生! 戻りました!」
ウラナとヒュウガ教室に駆け込み、後ろの席に滑り込む。
「ウラナさん! ヒュウガさん! 理由はどうあれ、教室に走って入ってきて大声を出すのは禁止! 次やったら廊下に立たせます。いいですね?」
二人は必死にうなずいた。……今週だけでも、これで八回目くらいだ。
シズオカ先生は前髪を払って髪を整え、腕時計を見た。
(あと十秒でホームルーム開始……。小川と松本は欠席扱いに――)
「ここっ!」
「間に合ったぁ!」
開始ギリギリ、残り十秒というところで、小川と松本が教室に飛び込んできて、空いている中段の席へダッシュする。
チャイムが鳴った
シズオカ先生は時計を見てから、最後に駆け込んだ二人を見る。本人たちは、何事もなかったみたいな満面のバカ笑いで座っていた。
先生は無言で平たい目をしたあと、額に手を当てた。
「……もう限界かもしれない。はい、みなさん静かに。朝の連絡をします。特に――真ん中の二人。ふざけない」
先生は小川と松本を指さす。二人は互いに輪ゴムを飛ばし合っていたが、先生に気づいてピタッと止めた。小川はヘラッと笑う。
「シズオカ先生、悪いけど朝の連絡って、どうでもいい話ばっかじゃないですか。授業始まったら一切しゃべれなくなるんだし、その前にクラスメイトと交流して何が悪いんすか?」
わざとらしい子犬みたいな目で見上げる。
「小川さん。朝の連絡中に話すのが“なぜダメか”知りたいなら、放課後に私とお話ししましょうか?」
クラスのあちこちでクスクス笑いが起きる。小川はうめいて椅子にもたれた。松本も、ヒュウガも、ウラナも笑っている。――一時限目が始まる前から、小川はすでに怒られていた。
松本が身を乗り出し、まだ笑いながら言う。
「お前さぁ、なんで一日たりともトラブルなしで過ごせないんだよ」
小川はニヤッと返した。
「しょうがないだろ。オレは注目される運命なんだよ」
「注目されてんの、バカだからだろ! ははは!」
「砂でも噛んでろ、ジュンペイ」
松本が笑いながら背もたれにもたれた頃、小川の意識は別へ向いていた。朝の連絡なんてどうでもいい。どうせ学校外のつまらない話だ。
小川が見つめていたのは、自分と同じ列の一番前の席に座る女子。教科書を読んでいて、背中を向けている。
長くて艶のある黒髪。可愛い赤いカチューシャ。肌は白くて――と、小川いわく“とても柔らかそう”。さらに、花といちごと、夏そのものみたいな匂いがする――と、小川いわく。
そう。彼女こそ――
(あぁ……ユメコちゃん。今日も眩しい。いや、すれ違うたびに眩しい。好きだ。お願いだから気づいてくれ!)
まるで背中にレーザーでも刺さっているのを感じたのか、彼女がちらっと振り返った。小川がガン見していた。
小川は一瞬で顔を赤くし、全力でバカみたいな笑顔を作って手を振る。だが彼女は、眉をひそめて一度だけ鋭く睨み、すぐ教科書へ戻った。
(うっ……ユメコちゃん……その深紅の瞳で睨まれるたびに魂が刺さる! そしてその美しいしかめ面! オレへの嫌悪が最高に可愛い!! 安心しろユメコちゃん、いつか絶対オレの彼女にしてやるからな!)
――小川から少し離れて、彼女のことを説明しよう。
田中ユメコ。小川の主観は盛りに盛られているが、外見の描写に関しては、周囲の評判ともそうズレていない。
長く艶のある黒髪。白い肌。深紅の瞳。鯨中学校で“最高の美少女”と呼ばれる存在。しかも学年トップの成績を誇る、3年で現在1位の優等生だ。
美貌と頭脳――その組み合わせに惹かれる者は多い。だが、その中でも一人、度を越して絡み続ける男がいるせいで、彼女はそいつを本気で嫌っていた。
そう――我らが主人公、小川マコト。
別名「田中ユメコ非公式彼氏」を名乗る男である。
「おいロミオ。ユメコちゃんに、もっと嫌われる方法でも研究してんの?」
松本がニヤニヤしながら言う。小川は鼻で笑った。
「そのうち気づくって。待ってろ。あと――オレには“これ”があるだろ?」
小川はまた1円玉を取り出して見せびらかす。松本は呆れて目を回し、背もたれにもたれた。
小川は再び田中の背中を見つめ、目に闘志を宿す。
(今日こそだ! お前ら、幸運マスターの仕事っぷりを見てろ!)
-
午前中は、小川が予想した通り退屈だった。
一時間目は数学。眠気しかない。唯一のイベントは、小川が当てられて黒板の問題を解き、盛大に間違えたことくらい。
二時間目は英語。小川は完全に迷子だったが、今回は仲間も同じだった。松本、ヒュウガ、ウラナ――全員が「???」の顔。
だが田中だけは違う。指名されれば完璧に訳し、発音もきれい。――また小川が勝手にときめく材料が増えただけである。
三時間目と四時間目は――
「知らねぇよ。歴史も音楽も何も覚えてねぇ。寝てた」
「よくバレなかったな。てか、先生も誰もお前を当てないのが不思議だよ。運のいい奴」
「ほらな」
「そのコインまた見せたら、頭はたくぞ」
昼休みが始まり、小川と松本は机をくっつけていた。他の生徒も同じように机を寄せたり、すでに輪を作っていたり、どこか別の場所へ食べに行ったりしている。
ヒュウガとウラナも机を持って近づいてきた。午前の授業で腹ペコだ。
「はぁ~、学校だるい。てかさ、宿題もテスト勉強も今のところ何も出てないよね? なんでだろ?」
「知らねぇよメグミ。早く帰りたい」
「マコトが“知らない”のは通常運転じゃん。いつも通りの怠け者」
「おお、面白いな。じゃあオレ、飲み物買いに自販機行ってくるけど……芸人になりたいなら、喉乾いて死ねば?」
「待って! うそ! ミルクいる! おいクソ野郎! 戻ってこい!!」
小川はニヤニヤしながら教室を飛び出した。背後でウラナが悪口を叫ぶ。ヒュウガはため息をつき、ウラナの頭をぽん、と撫でる。
「俺も行く。マコトが余計なトラブル起こさないように。メグミのミルクも買ってくるから、安心しろ」
「やった! ヒキくん最高!!」
ウラナはヒュウガの腰にぎゅっと抱きついた。ヒュウガの顔が真っ赤になる。
「え、えっと……だ、大丈夫……メグミちゃん……」
ウラナも顔を赤くする。
松本はというと、みそ汁を飲みながら“無料の上映会”を楽しんでいた。
「結婚式、呼べよ~」
「うるさい! 行く!!」
ヒュウガは教室を出て、小川を追いかけた。ウラナは照れながら笑い、松本はまた笑った。
-
二人は廊下を歩き、自販機へ向かう。退屈な一日で、あくびが出る。
「で、このあと何だっけ?」
「マコト……はぁ……このあと“剣の訓練授業”、そのあと“剣術属性理論”だろ。学期始まったばっかなのに、まだ時間割覚えてないのか」
「始まったばっか?? 今5月後半だぞ。4月から始まってんだよ」
「だから余計悪いんだよ。いい加減、週の予定くらい覚えろ」
「うるせぇ」
言い合いながら曲がり角に近づいた、そのとき――
「……待て、マコト」
「は? どうしたヒキ?」
立ち止まった瞬間、聞こえてきた。自販機の近くから、女子の声と、くすくす笑う声が。
その中に――小川は一つ、聞き覚えのある声を捉えた。心臓が跳ねる。
(まさか……? ……まさか! ユメコちゃぁぁぁん!!)
小川は曲がり角から飛び出した。
「マコト! おい!」
ヒュウガも慌てて続く。するとそこには、五人の女子が立っていた。
二人の姿に気づいた瞬間、場の空気が一気に冷える。二人は眉をひそめ、二人は露骨に睨み、真ん中の田中ユメコは――深くため息をついた。
「ユメコちゃーん!! 今日も元気!? 分かるよ! めっちゃ美しくて、オレに見惚れてるんだろ! ほら、嬉しすぎて言葉が出ないって顔してる! へへっ!」
田中は氷のような目で見た。眉間のしわがさらに深くなる。
「いい加減にしなよ、小川。ユメコちゃんがあなたに興味ないの、どう見ても分かるでしょ? 毎日毎日、嫌がらせみたいに絡んでさ!」
短い青髪に黄色い目の女子が言い返した。たしか――ヒナタ・マヤだったはずだ。
小川はその子に近づく。
「おっ、ヒナタ。そんな怒るなって~。ヒナタも可愛いよ~?」
「きもっ!」
他の三人も小川に詰め寄る。名前は覚えていない。ただ、全員が自分を嫌っていることだけは分かる。
「ユメコちゃんに近づくな!」
「失せろ不良!」
「その髪型ダサいんだけど!」
「ちょっと! オレ今ユメコちゃんと話してんのに、お前ら邪魔すんなよ!」
ヒュウガは端で見守るだけで、関わらないようにしていた。
田中は、いつもの“うんざり顔”のまま一歩前に出る。
「……マコト」
「うおっ! ユメコちゃん! ついに美しい声でオレを呼んでくれた! ちょっと聞きたいことがあるんだ! 今週どこかで、一緒に昼ごはん食べない? 特別に聞きたいことが――」
小川は期待に満ちた顔をした。だが田中の表情は、微塵も変わらない。
「……なんで、私が“あなた”と昼ごはん食べなきゃいけないの?」
「……え?」
田中はそのまま背を向け、他の女子も笑いながらついていく。小川に変な顔をして去っていった。
小川はその場に立ち尽くし、言葉が出ない。
ヒュウガがそっと近づき、肩を叩いた。
「……大丈夫か?」
「……ははは。まあ、ユメコちゃんらしいな……。でもさ、せめて今日くらい、ラッキーコインが仕事してくれると思ったんだけど……」
「迷信信じてると、頭おかしくなるぞ」
「はいはい。まあいい。コインは飲み物買うのに使うわ」
-
小川とヒュウガが教室に戻ると、ウラナと松本はのんびり昼食を進めていた。ヒュウガの手にある牛乳を見るなり、ウラナの目がきらっと光る。
「ほら、メグミ」
「ありがと、ヒキくん!」
「あ、あはは……どういたしまして……」
ヒュウガとウラナが小さく話している横で、小川は席に座り、盛大にため息をついた。それに反応したのは松本だ。
「おい、どうした。めっちゃ落ち込んでんじゃん」
「……ユメコにまた振られた」
「だろうな。さっきグループで教室入ってきたけど、めっちゃ不機嫌だったし」
松本は窓側のグループを目線で示す。田中は友だちと笑っていた。
「でも……今回は特に凹んでるな。お前、今まで何千回も振られてるのに。なんで今日だけそんなに気にしてんだ?」
「ラッキー1円玉が、今日はオレらを近づけてくれると思ったのに……一瞬で叩き落とされた!」
松本は呆れて目を回した。
「誰がそんな都合よくいくと思ったんだよ」
「黙れ、でこっぱち」
「まあいい。次の時間、戦闘訓練でヘマって固まらないようにしろよ」
「心配すんな。オレはもう“本気”だ……昼飯食ってテンション上げて、もう一回ユメコちゃんに――」
小川は弁当を勢いよくかき込み始めた。海苔とかまぼこでむせそうになりながらも、止めない。松本は鼻で笑い、自分も食べ始めた。
小川は田中に気づいてほしかった。だからこそ、訓練授業で結果を出すつもりだった。
『リアリティ・チェック』第1話を読んでくださって、ありがとうございました!この回は書いていてとても楽しかったです!
それと、おまけとして――鯨中学校・3年A組の座席表を載せておきます。
教卓(先生)
1 2 3 4 5 出入口
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キャラクターの座席番号
•小川マコト:19
•松本ジュンペイ:18
•日向ヒキ:38
•占メグミ:37
•田中ユメコ:4
•日向マヤ:11
•女子A:21
•女子B:27
•女子C:2
(田中グループの子たち。小川を注意した順)
ひらがなで数字(いち〜ひゃく)を書くこともできますが、実際に書くとごちゃごちゃして見づらかったので、今回は数字(1、2、3…)のままにしました。これで問題ないでしょうか。それでは、第2話もお楽しみに!!
「読んでくれてありがとな! これからもマコトがバカやるところ、見届けてくれよな!」
――松本ジュンペイ




