第9話:小川のつかの間の思考
第9話も楽しんでください!
小川家の夜は更けていた。学校は終わり、週末が始まった――とはいえ、クルーズ研修が日曜に控えているので、実質ほとんど一瞬の週末だ。
小川マコトは自室の机に座り、いつもの友人たちと通話しながらPCでゲームをしていた。
「ヒキ、次のゲーム決めて」
「やだ。マコトが決めて。ヒキに任せたら、またクソみたいなオーバーウォッチやらされる。あれクソつまんないし、意味わかんない! それにファン層も変!」
「オーバーウォッチは面白いって! 役割があるんだよ、役割! タンク、DPS、サポート! 三つくらい覚えろよジュンペイ! マコト、俺の味方しろ!」
「マコト、こいつの味方すんな」
「うーん……俺は……Call of Dutyのほうが好きかな」
――静寂。
「マコト! 裏切り者! まともなCoDなんて3以降ないわ!」
「そうだ! ちゃんとしたゲームやれよ、オーバーウォッチみたいな!」
「ヒキ黙れよ!!」
小川は口元をひくつかせた。いつもの口喧嘩だ。だがそこで、小川は一つ気づく。
「……てかさ、メグミどこ? 全然入ってこないじゃん。俺、あのマルチのホラー一緒にやりたかったんだけど」
「じゃあ俺が連絡してみる」
「はいはい、彼女に連絡ね。なあヒキ、いつ告白すんの?」
「歯へし折るぞ。ちょっと待ってろ」
日向ヒキがミュートになる。松本ジュンペイは腹を抱えて笑っていた。松本イは日向をからかうのが大好きだし、からかいながらも本気で“早く行け”と思っているのが小川にも分かった。
小川も、二人はお似合いだと思っている。……ただしそれを口にする気はなかった。なぜなら、日向もウラナも、小川と田中ユメコのことは全く応援してくれない。小川はそれを地味に根に持っている。
「なあマコト。クルーズ、楽しみ? 明日で一日後だぞ!」
「当たり前だろ! それだけじゃねぇ。俺、ついにやる。たぶん出航の日か、その辺で……ユメコちゃんに本気で告白する。今度こそ! 冗談じゃなく!」
「……マジで?」
「もちろん! 高校入る前に決めないとさ。現実的に考えて、高校じゃもう同じ学校じゃねーし。熱いうちに打つ!」
「それは確かに。ユメコはJ.R.S.アカデミー志望だし、たぶん受かる。頭いいし、剣も天才クラスだし」
「だろ?」
「で、お前は真逆。お前があの名門の廊下歩いてる姿とか、誰も想像しない。だからまあ、今のうちに撃て。たぶんエアボールだけどな。安心しろ、振られたら俺が肩貸してやる。俺らは人生を進めよう。努力いらなそうな大学でも目指してさ」
「……今の、全部言わなくてよかっただろ」
「親友として、幼なじみとして、現実言っとかないとな」
「ジュンペイ……クソが」
松本は向こうでゲラゲラ笑い、小川は溜息をついて画面に中指を立てた。
「おっと。トイレ行ってくるわ、ラブボーイ。すぐ戻る」
「はいはい。落ちんなよ、アホ」
小川は笑った。松本は悪態をマイク越しに残しながら離席した。小川は二人が戻ってくるのを待ちながら、自然と“自分の世界”へ入り込んでいく。
-
――夢の中。
クルーズ船の上。カモメが鳴きながら飛び、波は強いのにどこか穏やかで、船は滑らかに進んでいる。太陽は甲板を明るく照らし、最高の一日だった。
「ユメコちゃーん!」
小川はハワイアンシャツに白T、青い海パン、サンダル、麦わら帽子。本人いわく“クルーズ最強コーデ”。
田中ユメコは手すりにもたれ、広い海を見つめていた。潮風が髪を揺らす。白いサマードレスにはひまわりの模様。下は赤い水着。こちらの麦わら帽子にはタンポポの飾りと、赤いリボンが巻かれている。
田中が振り向き、幸せそうに笑った。
「マコトくん! 待ってたよ! 女の子を待たせるのって失礼だよ? しかも、その女の子が“私”ならなおさら!」
「あはは、ごめんユメコちゃん。来るつもりだったんだけど……気合い入れる時間が必要だった!」
田中は首を傾げる。その仕草が可愛すぎて、小川は心臓が潰れそうになる。
「え? 何の気合い?」
小川は深呼吸して近づき、田中の手を取る。そして、ひまわりを一輪、そっと彼女の掌に置いた。
「マコトくん……」
二人とも顔が真っ赤になった。時間が止まったみたいに静かで、風だけが優しく吹いている。沈黙さえ、心地よかった。
小川は喉を鳴らし、覚悟を決める。
「ユメコちゃん……俺と……付き合ってください……!」
「マコト!」
田中は涙が出そうな顔で小川を見つめ、口元を手で隠す。だがすぐに手を下ろし、小川が大好きな眩しい笑顔を見せた。恥ずかしそうに視線を落としてから、また目を合わせる。
「マコトくん……わたし――」
「マコト!」
「うわぁぁぁぁぁ!!」
-
現実。
小川は叫び声と共に夢から引きずり戻された。
「は!? なに!? 最悪! 今めっちゃいいところだったんだけど!!」
「はいはい。俺もう寝るわ、マコト」
「え? ゲームは? てかヒキとメグミはどうしたんだよ」
「なんかメグミが外出たがって、ヒキが一緒に出てったっぽい。言うの忘れてたらしい。俺は眠いからクルーズの準備して寝る。じゃーな」
「おい、待――」
だが松本はすでに通話を切っていた。
小川はヘッドセットを外して溜息をつく。妙だ。まだ夜九時。普段なら二人だけでももっと長くやる。なのに今日の松本は、最初から早く切り上げたがっているように聞こえた。
それに、日向とウラナが“どこに行くか”を松本にだけ伝えて、小川には何も言わなかったのも引っかかる。
最近、みんなが少し距離を取っている気がする。松本の当たりも、妙に強い。……考えすぎだ、と小川は首を振った。
その時、ドアの向こうから低い声。
「おい。てめぇ」
小川が振り向くと、兄の小川レンが立っていた。乱れた黒髪に、魂を刺すような黒い目。不機嫌そのもの。
「俺のプロテインチョコ、盗んだか? 今言えば生かしてやる」
「えー……知らね。あれ不味いし」
「だろうな。お前は“ちょっとでも体にいいもの”食えないタイプだもんな」
「はぁ!? ちょっ――」
小川が言い返す前に、レンはドアを閉めた。
「ちっ。あれでグリーンレルムの学生とか、信じらんねぇ」
小川は溜息をつき、ベッドに倒れ込んだ。
――早く、研修が始まってくれ。
こんにちは。次の章(次話)からいよいよ物語が動き出します。ぜひこのまま見届けて、楽しんでください!




