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貞操逆転世界で女の子をからかって遊びたい  作者: しゃふ


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5話

 望月さんと目が合うと同時、僕の視界は大量の人の流れに遮られた。

 見ると、クラスの大半が立ち上がってこちらに来ているようだ。


 ひそひそと何かを話している彼女らの視線はやはりというか、ほとんどが僕に集中しており、身体がむずむずとするのを感じる。

 

 ……やっぱり、緊張するな。


 そんな僕の様子を察したのか、水瀬さんが口を開く。


「はいはいみんな落ち着く! ほら、ヒロっちが困ってるじゃん」


 水瀬さんの一声で、騒がしかった教室が静寂を見せる。それと同時に、教室に入ってからもずっと握られていた手が離れる。

 

 ……よし、いくか。


「えっと、初めまして、柊真尋って言います。今日からみんなと一緒に学校に通うことになりました。

 分からないこともあるかもしれませんが、みなさんと仲良く出来たら嬉しいです」


 事前に用意していた自己紹介のセリフ。緊張からか、ぎこちなく、声は少し掠れてるが、それでも精一杯の愛想を漂わせながら声を出す。


「これからよろしくお願いします」

 

 ……途切れ途切れになりながらもどうにか話し終えた。僕は一礼して、目の前のクラスメイトを見上げる。


「よろしくね! ほら、みんなも!」


 その瞬間、シーンとした教室に大きな声が響き渡った。

 水瀬さんだ。


 彼女の声に釣られて、誰かが「よろしく」と呟くと、呼応するようにまた一人、二人と声が聞こえ始める。

 

 水瀬さんを中心として、教室はまたガヤガヤと騒がしくなる。

 ……凄いな、水瀬さんは。まさにクラスの中心って感じだ。

 

 騒がしくなった教室で、揉みくちゃにされながら、大量の質問責めを受けていると。

 ふと、一人の少女の発した言葉によって、その場の空気が止まった。


 

「えっと、柊さんって女の子……で合ってるよね?」


 それはおそらく質問というより、確認という意味が近いのだろう。眼鏡をかけた真面目っぽい少女にそう問われる。


 ……三回目ともなると慣れてきたな、この質問にも。

 チラッと水瀬さんの方を見てみると、ニヤニヤと得意気な顔で笑っている。

 笑うな。


 さて、どう答えようか。素直に男と明かしてもいいけど、それはそれでつまらない。

 

 ……そうだ。


 僕は質問してきた少女に視線を送る。少し困惑しているような少女に向かってじりじりと歩き、その近くで小さく囁く。


「内緒、です」


 そう言って、指先を口元に当て、クスッと笑う。その瞬間、少女の顔は真っ赤に染まり、「ひゃえ」とふにゃけた返事を漏らした。

 

 周囲の少女たちが、腰を抜かして座り込んでしまった彼女を取り囲む。


「えっ、なにその反応! どっち、どっちだったの!?」


 きゃっきゃっと騒ぐ彼女ら横目に、僕はその集団を抜け出し、水瀬さんの隣に立った。


「ヒロっちってさ、意外と悪い子だったりする?」


 ふいに、水瀬さんにそう聞かれた。


「……心外ダナー、僕がワルイコに見えるダナンて」

 

「いやニッコニコだし。……まったく、そういうのやめときなよ?」


 ヘラヘラと答える僕に対して、水瀬さんの声色は少し真剣さが混じっていた。

 ……まったく、大袈裟だな。


 そんなことを考えてると、始業を伝えるチャイムの音が教室に鳴り響いた。


「やばば、授業始まるじゃん。ヒロっち。こっち来て」


 騒がしかった教室はチャイムの音によって、少しずつ静寂の姿を見せていく。

 それと同時、水瀬さんに手首を掴まれた。


「多分この席っしょ。ここだけずっと人居なかったもんね」

 

 彼女に手を引かれ、連れて行かれたのは窓際の後ろから二番目の席。

 

 ――そして、一つ後ろの席に居たのは、望月さんだった。

 

 頬杖を突いて、窓辺を見つめる彼女の姿はあの日の夜と同じだ。


「おはよ、望月さん」


 意気揚々と、僕は望月さんに話しかける。今世における唯一の知り合いということもあり、自然と頬が緩むのを感じる。

 

 しかし、望月さんからの返事はない。

 いやそれどころか、彼女の身体はピクリとも動きを見せない。まるで時が止まっているようだ。

 


 ……あれ、死んでる? おーい?


 手を振ってみても望月さんからの反応はない。窓の外を目を送っている彼女の顔はまるで感情が感じられない。


 なんだ? と疑問は浮かべているうちに、教室に先生が入ってきて授業が始まる。

 

 ……仕方ない、後でもう一度話しかけるしかないか。


 


 放課後、人が少なくなり始めたのを見計らって望月さんの隣に座った。

 休み時間はクラスメイトが集まって来るため話しかけづらい。なので人が少なくなるまで待つことにしたのだ。

 

 相変わらずぼーっとしている望月さんは僕の存在にはまったく気づいていない。

 せっかく彼女の顔が見たくて学校に来たんだから、無反応では困る。


 僕は望月さんの肩をトントンと軽く叩く。それと同時に人差し指を彼女の頬に向けると。

 

「……何――ひゃっ」


 振り返った彼女の頬っぺたに指先がふにゃっと引っ付く。


「やっと気づいた」


 ようやくこちらに気づいてくれた望月さんは慌てて腑抜けた顔を戻そうとする。

 やっぱり反応がいいな、この子。


「柊、くん」

「数日ぶりだね。望月さん。あの後は大丈夫だった?」

「……うん、ちゃんと帰れたよ」


 それは良かった。この様子からするに、親との関係もそこまで悪くなってなさそうだ。


「……柊くん、同じ学校だったんだ」

「言ったじゃん。『また学校で』って」

「……憶えてない」


 あの時の望月さんの様子を考えるとむしろ憶えてる方が不思議か。


 ……ただ、そんなことよりも僕には一つ気になることがあった。


「望月さん、怒ってる?」

「……え?」

「いや、なんかさっきから声色が冷たいなって」


 今日の望月さんの態度はなんだか変だ。ぶっきらぼうというか、そっけないというか。


 原因に心当たりはないけど、女心は複雑だ。僕が気づいてないだけで何か良くないことをしてしまったのかもしれない。


 でも、彼女から帰ってきた答えは僕の想像と違っていた。


「水瀬ちゃんと仲良いの?」


 ……ん? 何の話だこれ?


「……えっと、水瀬さんは今日の朝会ったばかりだけど、仲が良いかと言われると……」

「さっき、手繋いでたじゃん」

「……あはは、それはちょっと色々あって」


 道端ですっ転んで怪我した話は僕の名誉に関わるので隠蔽する。

 でも、その態度が気に食わないのか望月さんはムッとした顔でこちらを見てくる。


 ……よし。


 

「んーと……じゃ」


 僕は立ち上がって、彼女の机の前に立った。そして、彼女の空いている左手に向かって手を伸ばす。

 

「これでいい?」


 両手で彼女の手を握る。クラスメイトに見られないようにと、教室の中心に背を向ける。

 

 互いの指先が絡み合って、体温を伝え合う。少し恥ずかしいけど、彼女の火照った顔と目が合うと、深い感情が心に生まれる。

 

 ……そういえば、妹が拗ねたときも同じようなことをやったな。


 もしかすると、二人は結構似ているのかもしれない。

 もちろん、あそこまでインモラルな子ではないだろうけど。


「ひいらぎ、くん」

「なに?」


 望月さんの声はまるで何かを我慢しているようだった。自分を押さえつけるように指先に力を入れる彼女の手の甲を、僕はそっと撫でた。


 その瞬間まるでダムが決壊したように、彼女の口から言葉が流れ落ちる。


「あの、あのさ! 今度どこか遊びに行かない? 映画とか、カフェとか! いや、行く場所はどこでもいいんだけどさ。その、ほかの人と約束、する前に」


 

「デート?」


 思ったことがそのまま口から出る。

 

「そ、そうかもしれない?」


 そうか、そうかもしれないのか。

 ……そりゃあ、僕も男だ。女の子とのデートとなれば、多少テンションが上がったりもする。


 ……でも、もうちょっと遊んでみるのも悪くないな。


「んー、もっとはっきり言って欲しいなー?」


 煽るかのように、彼女に対して言葉をねだる。彼女の手がどんどん熱くなっていくのを感じながら、僕は彼女の目を見つめる。


 

「――わたひと、でーとをしてくたひゃい。ひいらぎくん」


 返ってきた返事はまともに聞き取れない程に熱で溶けた言葉だった。顔を右手で隠す彼女の姿に、ドクンと心臓が動くのを感じる。


「良くできました」


 そう言って、彼女の左手をきゅっと握ると、絡まった指先が少し震えを見せた。

 

「それじゃあ、来週くらいにどこか行こっか」

 

「ひゃ、ひゃい」


 そんなこんなで、来週の予定が一つ埋まった。

 どこに行くかとかはまた今度決めればいいだろう。

 

 そんなとき、ふと朝のことを思い出して、スマホを取り出すと妹から山のように連絡がきていた。

……やばい、もう16時半か。

 

「ごめん、もう帰らないと」


 荷物をカバンに詰め込むため、望月さんの手を離す。

 名残惜しそうに離れる彼女の指先を目で追いながら、詰め終えたカバンを背負った。

 

「う、うん。そうだよね、男の子だもん。明るいうちに帰らないと危ないよね」

「お疲れさま、また明日ね!」

「うん、また明日」


 そう言って教室のドアに向いて歩き出したとき、後ろから声がした。

 

「来週、楽しみに待ってるから!」




 柊くんが帰ってすぐ、私はじんわりと頭に浮かぶ後悔について、思いを馳せていた。


 ……一緒に帰ろって言えば良かった。


 柊くんは優しいから、言ったら一緒に帰ってくれたと思う。そう考えるとちょっとの勇気すら出せなかった自分が嫌いになりそうだ。


 頑張らないといけない。柊くんが優しいのは、私だけじゃないんだから。……誰かに盗られる前に私が行動しないといけない。


 そんな事を考えてたとき、不意に後ろから声がした。


「やっほ、なのちゃん」

「……水瀬紗月」


 ……柊くんが戻ってきたとか、一瞬でもそんな都合の良いことを考えた自分を殴りたい。

 目の前に居たのは泥棒猫の筆頭、水瀬だった。

 

「何か良いことあった? なんて聞くまでもないか。柊くんのことでしょ?」

「……見てたの? 趣味の悪い。で、なんの用。悪いけど私忙しいから」


 ……自分でも驚いた。こういう口の聞き方は、例え相手が素行不良の達人であってもした事がない。


「――いいね。なのちゃんのそういう顔、初めて見た。そっちの方が私は好きだよ」

「大丈夫、柊くんにはなにもしないから。むしろ、私はなのちゃんのこと応援してるよ?」


 見透かしたようにそう言う水瀬の言葉を無視して、私は教室の外に向かって歩く。


「言っとくけど、柊くんに何かしたら許さないから」

「……しないって言ってんじゃん。あ、でも忠告。柊くん、ああ見えて悪い子だから放っておくともっと悪い子に取られちゃうかもね?」


 ……そのもっと悪い子ってのに一番近いのがアンタでしょうが。

 そんなことを思いながら、私は教室の扉を開けて、外に飛び出る。

 


「……分かんないなぁ。なんでみんなそこまで本気になれるんだろ」


 扉を閉める直前、冷め切ったように、そう呟いた彼女の声は帰るまでずっと、私の耳に残り続けた。

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