5. 夏の荒波
ゆいとそういう関係になってから1か月が過ぎようとしていた。彼はたまにうちに来てはすぐ甘えてくる。
「今日は……薫さんに……僕から……」
ゆいが俯きながら俺に袋を渡す。いちいち可愛いな。毎回照れている彼が心底愛おしくて、すぐ抱き締めたくなる。
「ありがとうゆい……これは」
中身は黒地に青いラインがお洒落に入ったブーメラン下着だった。これは……ボディラインが綺麗に見える立体カットのもの……! さらにサイズも俺に合わせてあるが――このサイズがよくわかったな。そんなにいつも見られていたのだろうか。
「僕も同じ柄……買っちゃった」
ゆいがそう言って同じ袋を見せる。彼はボクサーパンツだ。遠慮しながらも嬉しそうに見せるのがまた可愛い。
「これで薫さんとお揃いだ」
たまらなくなって俺は彼を抱き締める。
いつからこんなに抑えられなくなったのだろうか。最初はただの学生客だったはずなのに。同じ小説を書く者として頑張ってほしいとも思っていたが、それ以上に彼の視線に喜びを感じていた。こんなの間違っているんじゃないかって思っていたのに、今では彼のいない人生なんて考えられない。
※※※
(結斗の視点)
薫さんは今日もいい香りがする。こうやって抱き寄せられるのが一番好き。鍛え上げられた大きく弾く筋肉に包まれている僕に、薫さんは何を思い、これから何をしてくれるんだろう。
ブーメラン下着も気に入ってくれたかな。ずっと見ていたの、分かっちゃったかな。恥ずかしいけど見ちゃうんだもの。全部薫さんのせいだからね?
僕が初めて好きになった人、薫さん。
――離さないよ。
※※※
(薫の視点)
それから数日後、時計店から自宅に帰りふと思い立つ。
「俺も……ゆいへの気持ちを書いてみようか」
初めて会った時には恋愛小説に自信がないと言っていた彼だが、最近はますます順調らしい。
「薫さんのおかげ!」
そう言っていたゆいの笑顔を思い出しながらPCに向かう。
ゆいがそうしたように丁寧に言葉を紡いでいく。時計店に勤める主人公の偶然の出会いから繋がる2人の愛の階段。それをひとつずつ登っていくような感覚で物語は進む。
いつしかかけがえのない存在になっていた君のことを――これからも永遠に想い続けるだろう。
「今回は10000字弱ぐらいだな」
短編としてその物語を投稿した。そしてすぐにそれを読んだのであろう、飛び跳ねるような通知音が聞こえた。
僕も同じ想いです――メンダコの趣き
彼に伝わったようだ。そう思うとくすぐったくなってきた。すでに恋人同士なのに投稿サイトでこのように愛情表現をし合うとは。ただそれも自分たち2人しかわからない世界。このような幸せがあって良いのだろうか。
余韻に浸りながら「メンダコの趣き」と書かれたユーザ名をクリックして彼の小説を見に行く。
「お、新作か」
彼の新作は「運命の出逢い――授業中」というタイトルであった。
「授業中? どんな話だろうか」
内容は主人公の大学生が、大学で行われた講演会に出席しその講師に惹かれていくというもの。講演会後にわからないことを聞きに行ったところから2人の物語が始まる。
『僕はその優しくて大きな身体の温もりに身を寄せて、先生の家でも特別に教えてもらいたくなった。こんなに心から熱く燃え上がる気持ちは初めて。他の学生もいるのに良いのだろうか。2人だけの講義をお願いしても』
講師の先生の特徴が俺と同じである。筋肉について書きすぎだろうが。
「ゆい……可愛い」
俺はそれを読み終えて、彼にメッセージを送ろうとした。
――が、そこに見たのは別の文字だった。
私も同じ想いです――夏の荒波
「……っ! これは……どういうことだ!?」
一体誰なのだ「夏の荒波」とは。
ユーザ名を雑にクリックするとそのユーザは読み専、つまり作家ではなく読むだけのユーザであった。
「夏の荒波」のページは最近できたそうで、フォローしているユーザは「メンダコの趣き」のみ。
まるで俺の愛おしいメンダコの趣きをその荒波に飲み込もうとするような奴。何者なんだ。
それよりもまず……ゆいに連絡をしよう。
スマホを取ってメールを打つ。いや、何を打てばいいのかわからない。もう電話だ。ゆいの声を聞かせてくれ。
「……薫さん?」
「ゆいっ……!」
「どうしたの、こんな遅くに」
「ゆい……『運命の出逢い――授業中』を読んだ。あれは……誰の話なんだ? それに『夏の荒波』って」
俺はまくし立てるようにゆいに話す。
するとゆいとは別の声が聞こえてきた。
『ゆい。置いておくぞ。寝る前に……』
――この声は。
「……ありがとう倫太郎さん。あ、ごめん薫さん……何だっけ」
「どういうことだ」
「え?」
「今……どこにいるんだよ」
「……あのね。僕……大学の講演会でさ、企業からの特別講師で倫太郎さんが来てくれたんだ。でね……わからないところ教えてもらおうと思ったら急に立ちくらみしちゃって、倫太郎さんが助けてくれたんだ。家まで連れて来てくれて。それでその……僕の就活の相談を真剣に聞いてくれて……僕の将来のことまで考えてくれて……もうこんな気持ち初めてなんだ……ずっと就活不安だったからさ。気づいたら一晩中ぎゅっと抱いてもらってて……胸の筋肉が本当にすごくて、腕も逞しくてさぁ……嬉しかったなぁ。だから今は倫太郎さんの家にいるよ」
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