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Episode.3 相棒の名は

「ウワアアアアア!!」

「御嬢様!? 大丈夫でございますか!」


 自分のクソやかましい声で三度目覚めた。七面鳥をくびり殺したような絶叫を上げて飛び起きると、棺桶の中にいるはずが再びベッドの中で横になっていた。


 心臓が全速力で駆け抜けた後のように脈打っている。全身の毛穴という毛穴から噴き出した汗で、ベッドシーツは事後かと錯覚するほどぐっしょりと濡れている。


 うなされて目を覚ますのは記憶にある限り初めてのことだった。何度も手のひらを開いたり閉じたりして、正常に作動しているかを確かめる。慎ましい胸に手を立てて心音も確認したが、正常に拍動していた。これといって身体に異常は見られない。


 ――おかしい。ワシはさっきイザベルに殺されたはずだよな?


 汗が伝い落ちる喉に触れる。あの地獄という比喩さえ生温い苦しみは、明らかに毒物による急性中毒症状とみて間違いない。状況的から察するに、〝グラス〟か〝水〟に毒を仕込まれたことは間違いないだろう。


 それなのに、何故ワシはまた蘇っているのか――いくら思考をこねくり回したところで原因はサッパリわからない。二度も殺されて二度も生き返るなんてお伽噺が現実にあってなるもんか。


「お嬢様、目を覚まされて爺は大変嬉しゅうございます。寝ている間に酷くうなされていましたが、なにか嫌な夢でもご覧になられたのですか?」


 声のする方へ視線を向けると、心配そうな顔をしたセバスチャンがベッドの脇に立っていた。ワシが殴り飛ばして出来たキズは何処にも見当たらない。乱れていた髪もきちんと整えられて血糊もついていなかった。


「いや、大したことじゃない。それより一つ聞きたい事があるんだが」

「はい、何でも仰せのままに」

「ワシはずっと、このベッドで寝ていたのか? 一度も起きずに」

「左様でございます。不運なことに階段で足を踏み外したのでしょう。頭の打ち所が悪かったようで一週間は目を覚ましておりません。それがなにか?」


 ――ということは、ワシが毒殺される前の時間に巻き戻ったということか?


 とても信じられない、と言いたいところだが摩訶不思議な現象を否定できるほどの材料がない。なんせ二度も生まれ変わりを経験してるんだ……。他に有力な説もみつからず、現時点で()()()()()()したとしか思えなかった。


「セバスチャン、喉が渇いた。なんでも良いから飲みもん持ってこい」

「畏まりました。それでは気分が安らぐハーブティーでも淹れましょう」

「ああ頼む……いや待て!」


 部屋を出ていこうとした背中に、慌てて声をかけ引き留めた。


「はい、なんでしょうか」

「水でもハーブティーでも酒でもいいんだが、絶対にお前が責任を持ってワシの元まで運んでこい。いいか、仮にイザベルが替わると言っていても決して任せるんじゃないぞ」

「はあ、何故でございますか?」


 もしもワシを殺すために再びイザベルがやってきたらどうする? 飲水に入れた薬物までの種類は特定できないが、奴がなにかしらの毒物を混入したとことは否定しようがない。


 味も無味無臭で防ぎようはないし、先と同じ行動を選択することで、また殺される未来が訪れるのではと危機察知能力が警告音を発している。用心に用心を重ねるに越したことはない。


 セバスチャンに念入りに釘を差すと、わかったのかわからないのか、恭しく頭を下げて出ていった。日本でもヒットマンに命を狙われた経験は幾度もあったが、一方的に殺されるのは気分が悪い。


「あ〜クソ! ワシにどうしろっていうんだ!」   


 不貞腐れてベッドに大の字に寝転ぶと、手首になにか硬いものが当たって音を立てた。なにかと思い、シーツをめくると前回(殺される前)にはなかった()()()が転がっているではないか。しかもワシが組長から授かった大事な愛刀――首切り丸。


「なんで首切り丸がここにあるんだ?」


 幾人もの血を吸った相棒に鞘に手を伸ばす。鞘を掴むと慣れしたんだ重さが腕にのしかかった。鞘には蝋色塗ろいろぬりが施され、ワシの顔が映り込むほど艶々と黒い漆が塗られている。


 手に力を込めると、小さな音をたてて鞘に収められた刀身が姿を現す。真っ直ぐ走る直刃すぐはの刃文が、窓から差し込む日差しを妖しく照り返して、生き血を欲しているようにもみえた。


 かつて敵対関係にあった組に、単身乗り込んだ際に蹂躙の限りを尽くした相棒は、警察に家宅捜索《ガサ入れ》された際に押収されて、返却されることは二度となかった。二度と戻ることはないと諦めていた刀を手にしたワシは、玩具を貰ったガキのようにベッドの上で跳ね回って喜んだ。


「なんかよくわからんが、これは僥倖ぎょうこうだ! 会いたかったぞ首切り丸!」


 中身は五十路の極道でも外側ガワは美少女なので、傍から見れば金髪美少女が日本刀を振り回しながら、キャッキャ喜んでいるという世紀末のような絵面である。鏡に映る自分をみて、ついはしゃぎすぎたと自制するワシ。


 誰がいるわけでもないのに咳払いをすると、タイミングよく(?)カートにハーブティーが入ったポットを載せてセバスチャンがやってきた。危惧していたイザベルの姿は見当たらない。


「ただいまハーブティーをお持ちしました……って、お嬢様? それはいったいなんでしょうか」

「なにって、刀だが?」

「だがじゃありません! 何故お嬢様の寝室に、そのような物騒なものがあるのですか!」

「そう騒ぐな。別に刀の一つや二つ持ってたところでおかしくはないだろ」

「お嬢様、普通のご令嬢はそもそも刀を持ってないものでございます」


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