Episode.2 二度目の死
「そうだ……ワシは組長襲名式の前日に、野方に嵌められて殺されたんだ」
自分の身に何が起きたのか理解した。眉間に触れると、銃創の跡はどこにも見当たらない。代わりに覚えのない包帯が頭に巻かれていた。これはなんだと尋ねると、階段から落ちた際に頭に負った傷の処置だと説明された。
セバスチャンがいうには、どうやら二階から降りた際に足を踏み外して転落したらしい。それが原因で脳震盪を引き起こして、一週間ほど昏睡状態が続いていたという。
「そうだ、モンモンはどうした!?」
着ていた衣類を全て脱ぎ捨てると、ベットから転がり落ちるように飛び降りると壁に立て掛けてあった姿見の前に立った。極道の世界に十五で飛び込んで、すぐに彫った不動明王の刺青は綺麗さっぱり消えていた。
肌は傷一つないキメ細かさで、陶器のように滑らかな触り心地。指先で触れると吸い付くようにしっとりと潤っていた。上から下へと自分の体を穴が空くほど観察したが、誰から見ても完璧な女仕様へと様変わりしている。元の原型が残ってねえじゃねえか……。
女体化してるのもチ◯コがななくなってるのも精神的にだいぶ堪えるが、命の次に大事にしていた刺青がなくなったのは想像以上にショックが大きかった。その場にへたり込むと、セバスチャンが慌てて駆け寄ってきて肩にローブをかけられる。
「お嬢様、爺はこれでも亡くなった妻一筋でして、それにお嬢様と同い年の孫娘もいますし年齢も年齢なので、そのようなご期待にはアベシッ!」
「人が悩んでる時に横でベチャクチャうっさいんじゃ! 黙っとらんかいドアホがッ!!」
勘違いから抜け出せずにいるセバスチャンを再び殴り倒す。起き抜けに叫びすぎたせいか、喉がカラカラに渇いて水を欲していた。
「もういい、喉が渇いたから水でも持ってこい」
「畏まりました。少々お待ち下さい」
いくら殴っても起き上がるタフネスすぎる執事を追い払うと、窓の外に広がる庭園を見つけて窓部に歩みを進めた。色とりどりの花が咲く庭園は素人目からみても手入れが行き届いていて、一部の隙も見当たらない。
明らかに日本とは異なる世界に、ただただ呆然とするしかなかった。生前の行いから地獄に落ちて当然だとはおもうが、それにしてはあまりに長閑で牧歌的過ぎやしないか?
「ワシ、一体どうしちまっだろうな……」
ぼんやりと外を眺めながら佇んでいると、扉をノックする音がして入るよう返事をしようとしてハッと我に返った。自分がローブ一枚下が全裸であることを思い出し、慌てて部屋着に着替えてから今度こそ返事をする。扉を開けて入ってきたのは、侍女服姿の女だった。
「今度は誰だ?」
「イザベルと申します。クロウリー家に仕える侍女を束ねる侍女長を任されております。セバスチャン様から話は伺っておりますが、どうやら怪我の影響で一時的に記憶が混濁されてるそうですね」
「どうでもいいから、さっさとなかに入れ」
水で満たされたデキャンタと、空のグラスをトレイに乗せてしずしずと入ってくる。侍女というには女の顔は若干年嵩に見える。表情筋は死んでるのか、感情がまったく読みとることができず、ほうれい線がくっきりと浮かんでいた。
髪は頭頂部で団子にまとめてあるが、うなじのあたりの後れ毛がやや色っぽい。体形的にふくよかな肉付き具合ではあるが、だらしないというほどでもない。官能小説に出てくる未亡人っぽさに、自然と尻から胸にかけて視線を這わせていた。
水を注いで隙だらけの背後から抱きしめたら、どんな反応を見せるだろうか。嫌がって振りほどくか、それとも案外素直に受け入れるか、妄想が捗る。いや、まてよ――そういや、今のワシって性別はどっちなんだ?
イザベルを見て疑問を抱いた。普段のワシであれば、たとえ好みの女でなくても部屋に二人きりとなれば、年甲斐もなくムラムラして鼻息荒くしているはずだ。にも関わらず、妄想中にあっても熱く迸る情欲を微塵も感じない。
ワシからするとあり得ないことだった。そして恐ろしい真実に気づいてしまった――生殖器を失くすということはつまり、男としての性的欲求も完全に消えさってしまったのではないか?
チ◯コもキ◯タマもなくなってるのだから、男性機能が死滅するのは当然ではある。つまり、ワシは現在心だけ〝男〟で、身体や生理機能は〝女〟ということになる。
「ふぅ……」
「御嬢様、まだご機嫌がそぐわないようですね」
立ち眩みしてよろめくと、イザベルに抑揚のない声で心配された。
「あ、ああ……。なんせ一週間も寝ていたんだからな」
「まさか、あのような事故に遭いながら目覚めるなんて、本当にお嬢様は強運の持ち主ですわね」
水をなみなみと注がれたグラスを手渡されると、喉の渇きに抗えず、一息で飲み干すとイザベルがくつくつと笑い出した。
「なにがおかしいんだ」
「いえ、ただゴキブリ並みにしぶとい生命力だなと思いまして」
「お前、喧嘩売ってんのか? なにをわけのわかんねえことを言って――」
それ以上言葉を発することは出来なかった。手が痺れ、心臓が狂ったように暴れ出して四肢が痙攣をはじめた。持っていたグラスが床に落ちて砕け散る。
「背中から押したときは確実に仕留めたと思ったのですがね。そのままお亡くなりになればよろしかったのに」
「ぐ、き、きさま……まさか、階段から足を踏み外したっていうのは……」
「冥土の土産に教えて差し上げますわ。お嬢様が転落なされたのは事故のせいではありません。わたしが突き落としたからでございます」
その場で倒れたワシは喉を掻きむしりながら仰向けに転がった。主が苦しんでいる様子をイザベルは変化の見られない表情でじっと見下ろしていた。
ようやく理解した――自分に何が起きたのかを。 しかし、時既に遅し。深い闇の底に引っ張られる意識が浮上することは、もう二度となかった。
To Be Continued?
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No