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裏切り

「竜也、オメエは人生をやり直したいと思ったことはねえか?」


 構成員五万人からなる日本最大の広域指定暴力団、大鉾おおほこ組の頂点に立つ鬼怒川篤きぬがわあつしが、今際の際に遺した言葉である。何故か今頃になって脳裏に蘇った。


 その場にいたワシは、質問の意図を汲み取ることができず答えあぐねた。人生のやり直し? そんな願望もんは過去を後悔している奴が考えることである。弱肉強食の世界を生き抜いてきたワシは一度たりとも後悔などしたことはない。


 時間にして数秒間――なんと答えれば良いもの答えあぐねている間に、組長オヤジはなにか言いたげな様子で唇を僅かに動かすと静かに息を引き取った。


 あの時、組長はワシになんと伝えようとしていたのか。そして、あの時の問いに対して今のワシならなんと答えるだろうか。天井を見上げると、崩落した屋根の隙間に紅く輝く満月が浮かんでいた。いや、違う。紅く見えるのは月そのものが赤く発光してるわけではない。


 ワシの頭から流れるおびただしい量の出血のせいだ。全身に刻まれた傷跡から流れでる血で足元に血溜まりが出来ていた。その量からして助かる見込みは無さそうに思える。身体に食い込む鎖は、太い鉄骨に繋がれて振り解くことも引き千切ることも不可能だった。


 なんで、こんなことになっちまったんだろうな。組長が闘病の末に亡くなり、明日で一周忌の法要を迎える。鬼怒川という屋台骨を失った大鉾組は、暴力団廃絶を訴える時代の趨勢すうせいもあり、ゆっくりと着実に崩壊に向かっていた。


 そのような状況下で、暫定的に組長代行の座に就いたワシはかつての栄光を取り戻さんと、躍起になって勢力図を拡げていた。


 使えない者、裏切り者、否定し、反対する者、身内とは言え障害になる存在は、次から次へと粛清して組織の立て直しを図った。その甲斐もあって組織全体がワシの思い通りに動くようになった。膿を出し切るのも時間の問題だと高を括っていたのだが――。


 本来であれば、明朝に先代の命日に合わせて組長襲名式が執り行われる手筈だった。そこでワシは晴れて正真正銘のトップに成る。それがどうして、()()()()()()()()監禁されているのか皆目見当もつかない。自宅から肉盾ボディガードを乗せた専用者で出発した直後、隠れ潜んでいた大勢の覆面姿の連中に襲われてこのざまだ。


 大立ち回りを演じて何人かは再起不能にしてやったが、いくら喧嘩が強かろうが一人では限界がある。漫画じゃあるまいし道具をもった多数相手に一個人が勝てるはずもない。多勢に無勢で今は何処かもわからぬ廃工場に拉致され、長時間の暴行の末に虫の息となっている。


「まったく、若くはないとは言え、よくそこまで抵抗できるものですね」


 声のした方へ顔を向けると、資材に腰掛けていた男が立ち上がって近づいてきた。月光が差すと男の姿が鮮明となる。グレーのストライプのスーツに、銀行員じみた固められたヘアスタイル、神経質な性格を表しているチタンフレームの眼鏡を指で押し上げながら、ワシの前で足を止めると苦虫を噛みつぶしたような顔で見下ろしてきた。


「野方か、お前は相変わらずやることがこすいな。足がつかないよう組員名簿にも載ってないガキを雇って俺を襲わせるとは」

「なんとでも言ってください。しかしまあ……それなりの人員を集めたと思ったのですが、あなたの頑丈さを舐めてました。人がせっかく十名の愚連隊アホを集めて襲わせたというのに、こちらの陣営のほうがダメージを負うなんて笑えませんね」

「半端モンの使えないガキを雇う奴が能無しなだけだろうが」


 血反吐を吐き捨てながら睨みつける。元証券マンだった野方は、内に秘めた野心の大きさと抜群の金儲けのセンスを買われて数年前にヘッドハンティングされた異色の経歴の持ち主である。


 だが、頭はキレても流れる血は所詮はカタギ――関西の昇り竜と謳われたワシを相手に、謀反を画策するほどの度胸はないはず。おおかた、裏でこうなるよう絵を描いた奴がいるに違いない。可能性を挙げればキリがなかった。


「あなたの考えていることくらい手に取るように分かります。でもね、勘違いしないでくださいよ。こうなることを望んだのは、幹部の皆様全員です」

「なんだと? どういう意味だコラ!」

「誰からも嫌われすぎていたのですよ。確かに暴対法成立以前の混沌とした時代であれば、過剰な暴力も立派な武器になり得たでしょう。ですが現在いまは令和です。反社同士ですら手を取り合い、話し合いでトラブルを手打ちにする時代に、力業で相手を捻じ伏せるやり方はとっくに時代遅れであることに、あなただけ気づかなかった」


 せせり笑うと、スーツの胸ポケットに手を差し入れながら近づいてくる。


「万が一、剛田さんがトップの座に就こうものなら、早晩大鉾組は立ち行かなくなります。ですので、申し訳ありませんが〝暫定〟組長にはここで退場してもらいます」


 そう言うと、取り出したオートマチックの拳銃を構える。銃口にはサイレンサーがついていた。確かにここなら、誰の目も気にすることなく邪魔者を始末するのにうってつけなわけだ。


「ワシを殺したとして、そのあとどうするつもりだ? まさか自分が組長になろうって腹積もりか」

「死んだ後のことなど知る必要もないでしょう。いずれにせよ心配はご無用です。既に幹部の皆さんから大鉾組組長の座に就くことをお許し頂いてますので」


 なるほど、全て用意周到に計画されていたわけか――。欺かれていたことなど、まったく気が付かなかった。小物だと侮って視界にも入れていなかった。自分の愚かさと、行き場のない怒りで奥歯が砕ける音がした。


「明日は襲名式で忙しくなるので、このへんでお別れと致しましょう。せめて来世はまともな人間になれるといいですね」


 軽い口調で銃口が俺の眉間を捉えると、次の瞬間に発砲音を聞く間もなく俺の意識は途絶えた。ああ、組長……今なら少し、やり直したいってう気持ちが少し分かるかもしれない。


 















    Tо Be Cоntinued?

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