Episode.7 緊急会議
備忘録が見つかったその日の夜――仕事を終えて一段落ついたリナを部屋に呼ぶと、これからどう攻略していくかについて話し合いの場を設けた。一にも二にもゲームの内容について深く理解しなければ話にならないからだ。
その前に、これまでの経緯(殺され方)について教えてくれと言われたので、恥を晒すようで屈辱的だったが一から十まで詳らかに説明してやると、ぜ話の途中で急に噴き出して笑いやがった。
「いや、流石に未経験者さんでも、そこまで数ある地雷を踏み抜いてバッドエンドに向かう人は稀ですよ。もしかしてわざとやってるんですか? 死亡フラグ全部かっさらう地雷処理部隊のつもりなんですか?」
それはもうゲラゲラと愉快そうに、転げ回ったり床をバンバン叩いたりして、しまいには引き笑いを起こしていた。リナがなにを言ってるのか半分も理解できないが、馬鹿にされていることだけは誰でもわかる。
額に青筋は浮かぶわ、顔は引き攣つるわで、ここまでワシを怒らせた奴は記憶を遡ってもそうはいない。ワシを殺した野方でさえ、ここまで舐め腐った態度を取ってはいなかったんだが。
いっそ斬り捨てて豚の餌にでもしてやろうかと思ったが、さすがに貴重な情報源など思い留まる。リナの言葉を借りれば、ただのモブキャラなら今頃足元に転がっていたはずだ。
「お前な、利用価値があるからといってあまり調子にのんじゃねえぞ。その気になれば家族諸共路頭に迷わすことだってできることを忘れるなよ」
「あ、すみません……調子に乗りすぎました。反省してます」
まあ実際にそんなことはしないのだが、カタギに舐めれっぱなしでは極道のメンツが丸潰れになる。なので締めるところはキチンと締めなくてはならない。何度も殺されるのは度し難いが、それ以上に舐められる方がもっと許せない。
「コホン……。話を戻しますけど、とりあえず私がいる限りは同じ殺され方はしないはずので、安心してください。いずれも対処法は分かってるので」
「どうすればワシは殺されなくて済むというんだ。ぶっちゃけ、この屋敷で働く使用人はおろか、身内からも殺されてるんだが」
「まずなによりも先に、NPCに嫌われないように立ち回る方法を覚えることが大事です。というか、それが出来ないと一歩も前に進みません」
NPCとは、ゲームの中に登場するプレイヤーが操作できないキャラクターを指す用語だと教わった。一言にNPCと言っても、物語の進行に関わる重要なキャラクターもいれば、ゲームの世界観を〝演出〟するためだけに存在するキャラクターもいる。
このドーバーフロイラインゲで肝心なのは、一見するとただのモブキャラであるNPCにも、それぞれ好感度が設定されているという点だ。だいぶ昔に、『クマ』と『ゴリラ』を足して二で割ったような風貌の構成員が、ワシがいない間に事務所で恋愛なんちゃらゲームってやつで遊んでいたような――。
恋愛シミュレーションゲームと訂正されたうえで、『似て非なるものですね』なんてすました言い方に再びイラッとさせられた。オタクという生き物とワシみたいな裏社会の人間は、とことん相性が悪いようだ。
好感度が存在するという点では同じだが、中身が全く異なる。一昔二昔前のゲームであれば、あらかじめ決められている選択肢を選ぶことで勝手に好感度が増していくわけだが、このゲームでは最新のAI――つまり人工知能によってNPCの動作が制御されている。
「一言で表すと、このゲームには明確な答えがないのです」
「おい、ワシは禅問答をしてるつもりはないんだが」
「それ以外に例えようがないんですって。プレイヤーの選択や行動に応じて、NPCの好感度もまたその都度変わってしまうのです。自分に置き換えて考えてみてください。例えば、まだ寝ていたいのに無理やり起こされたらどうですか?」
「それは腹が立つに決まってる。現にセバスチャンはぶん殴ってやったわ」
「相手が、付き合ってる彼女や妻でも、同じ行動を取ると言えますか? 取らないとしても、全日に喧嘩をしていたら対応は変わりますよね?」
言われて想像してみる。生まれてこの方、他人の気持ちなど斟酌したことがないワシにとって、〝嫌われないように立ち回る〟というのは、あまりにも弱腰で有り得ない考えだった。まだ裸一貫で抗争相手の事務所に飛び込んでこいと命令されるれるほうが、単純でわかりやすい。
「嫌われないようにと言われてもよ、もう十分嫌われてるんだよ。でないといきなり背後からブスリと刺してきやしないだろうが」
今も残る感触を確かめるように、腰のあたりをさすりながら言った。
「とにかく機嫌を損なわせないよう、常に相手の気持ちを考えながら接することです。良好な人間関係を保つための基本のキですけど」
「それが出来てたら極道なんかやってねえよ。こちとら腕っ節の強さと積み上げた上納金の金額で日本最大の暴力団のトップに手を掛けた男だぞコラ」
誰も逆らえないチカラをもっていたからこそ、どんな相手だろうが気に食わなけりゃガキの頃から捻じ伏せて言うことを聞かせていた。反抗的な眼をする奴は、二度と同じような眼ができないよう痛めつける。心を完全に折ってしまえば、どんな奴だろうと従順な手駒となることを本能で理解していたから。
極道の世界に身を投じてから、その傾向は拍車がかかったと言っていい。まさにワシの天職だと思っていた――殺されるまでは。ワシが殺されるきっかけとなった野方との出会いも、遡れば一方的な暴力が始まりだった。
✽✽✽
「な、なにするんですか!?」
「なんでテメエみたいな生っちょろいカタギが組長から盃もらってんだ、ああ!?」
そうそうたる幹部が一堂に揃う大広間に、骨を殴る鈍い音と怒声が響く。袴姿のワシは周囲の目も気にせず、一人の男を殴り飛ばしてい た。
参列者全員が泣く子も黙らせる強面でありながら、そいつだけは兜町を歩いていてもおかしくない風貌で、荒事とは無縁の顔をしていた。男は曲がった鼻を押さえながら、目に涙を浮かべていた。中学時代に虐めていたガリ勉少年、とそっくりな顔に、嗜虐心がむくむくと湧いてきた。
男は数年前に大鉾組に名を連ねた一人で、名を野口という。元々は名前を聞けば誰でもわかる証券会社からヘッドバンドされたカタギだが、当時組の上納金のかなりの割合を株運用で儲けた利益が占めていた。
時代は着々と暴力団排除に動いていて、従来のシノギも警察の目が光るようになると十分なアガリが見込めなくなっていた。その中で野口がもたらした多大な貢献が組に認められ、組長直々の盃を受けることになったのだが、ワシは真っ向から反対していた。
金は稼げるかも知れないが、喧嘩一つもまともにできない経済ヤクザに与えるほど組長直々の盃は軽い代物ではない。だからワシは、全員が見てる前で野口を叩きのめしてやった。コイツがいかに弱いか、いざとなったら組のお荷物にしかならないということを証明するために。
床に転がる野口は鼻から口からも血を流して、畳には折れた歯が数本転がっていた。その場にいた者は誰一人、異議も異論も挙げることはなかった。それどころか、目の前で起きている私刑などまるで見えてないとでもいうように無視を徹底している。わかっているのだ、次代の組長の座に相応しいのは誰なのかを。逆らってはいけない存在であることを。
「やめれ、もうやめれくだはい」
「なに言ってるのかわかんねえよ。言いたいことがあるならハッキリ言わんかい!!」
ガラ空きの腹を蹴り上げると、胃の中の全てをひっくり返して吐き出す。吐瀉物に塗れながらのたうち回る姿をみて、これだけ徹底的に痛めつければワシの力を嫌と言うほど理解するだろう――そう思って留飲を下げた。
「おい、そこまでにしておけ」
部下から受け取ったハンカチで、忌々しい血で汚れた拳を拭いていると仲裁が入った。振り返ると、組長である鬼怒川が険しい顔つきで立っていた。
「組長、しかし」
「これは命令だ。次に身内に手出したら、お前でも許さんぞ」
「……わかりました。申し訳ございません」
「まったく、お前みたいな荒くれ者が野口のような新しい世代と人間を気に入らんのはよくわかるが、これは大鉾組の未来を考えたうえでの決断だ。わかってくれるな?」
ワシは古い人間か――組長の発言には深い意味はなかったかもしれないが、新旧と無意識のうちに区別する発言に自然と拳を握りしめていた。それ以来、野口に手を出すことはなかったが腹の底では常に敵愾心を燃やしていた。
それから数年後、まさか舐めきっていた相手に出し抜かれると、夢にも思っていなかった。
✽✽✽
「あのー、話し聞いてますか?」
「あ? すまんすまん。聞いてなかったわ」
「とにかく、私が生き残る為の指導をビシバシ教えますのでしっかりと頭に叩き込んでください」
リナの呼びかけに我に戻ると、指導は夜遅くまで続いた。頭を働かせることなんて久しぶりすぎて、おかげで眠気は最高潮にある。もしも前世で相手の心を理解しようとしたら――それはもう自分じゃない別の人間のような気がして、深く考えるのを止めた。




