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Prologue.1 剛田竜也の憂鬱

「なんでこんな事態になっちまったんだ……」


 鏡の前で自分の顔をベタベタ触りながら、この世界に()()()()()()()何度目か分からない溜息を吐いた。鏡面に映るのは、黒髪オールバックの(いか)めしい面した五十路の極道……ではなく、金髪サラサラロングヘアーの十代かそこらの目見麗しい若き乙女。

 

 この世界のワシの名は、前世の剛田竜也(ごうだたつや)ではなく『レディアナ・クロウリー』と呼ばれている。クロウリーが日本で言うところの苗字にあたり、代々伯爵の地位を授かっている由緒正しい血筋の人間である。


「何度見ても見慣れんな。このフワフワなドレスも、リボンもよお」


 侍女(メイド)長に巻かれた赤いリボンが、頭を左右に振る度に髪と一緒に揺れている。香水をまとっているわけてもないのに、首筋から甘ったる香りがして朝から晩まで気分が落ち着かない。


 レディアナという女性は、よほど赤が好きなのかクローゼットの中には赤いドレスしか見当たらない。部屋着として着ていたモスリンたっぷりのドレスも、血を吸ったような深紅に染まっていた。


 対照的に少女の肌は病的なまでに白い。まるで血を抜いた死体のように蒼白だ。真紅のドレスと相まって儚さが際立っている。寸分の狂いがない顔に、スタイルは……ワシの好みからするとやや凹凸に欠けるか。


 眼光鋭い点が評価が分かれるところだが、総合的に見てなかなかお目にかかれないレベルの美人だと太鼓判を押せる。中身がワシという時点でロマネ・コンティに小便混ぜたようなものだが。


「もういい加減、頭では理解しとってもこの世界が()()()()()だとは、にわかに信じ難いな」


 窓を開け放つと、風にひるがえるレースカーテンの向うに、手入れの行き届いた庭園が左右対称(シンメトリー)に広がっている。燦々と降り注ぐ陽の光が草花を明るく照らして眩しい。


 他所から飛んできた小鳥たちが、宙を飛び交いながら時々蜜を吸っている。吹き込んできた風に乗って寝室に色とりどりの花束(ブーケ)の香りが満ちていた。


 五感で感じる感覚は紛れもなく本物。色も、香りも、味も、触り心地も、それに痛みも、苦しみも――。


 剪定鋏(せんていばさみ)で木の枝葉を刈っていた庭師のペーターは、ワシの視線に目敏く気がつく。首から提げていた布切れで額を拭うと、二階の窓から覗いているワシに会釈をした。それに応えて一度深呼吸をすると、さんざん()()()()笑顔で返す。


「ペーター、今日も仕事に性が出るわね」

「へい。御嬢様に頂いた新しい鋏が、使いやすいこと使いやすいこと。このような高級品を下賜して頂いて感謝の極みでございます」

「近頃暑くなってきたので、あまり無理はなさらないでくださいね。水分はしっかり摂るのですよ」

「はは! お任せくだされ! クロウリー家万歳!!」


 暑苦しい男の視線をカーテンで遮ると、やわな肩に疲労感が重く伸し掛かる。ワシが何故このような演技を続けなければならないのか――。


「なんやかんや言って、令嬢の仕草が板についてきたじゃないですか?」


 振り返ると侍女の一人であるリナが、後ろ手で扉を閉めながらニヤニヤと気味悪い笑顔で部屋に入ってきた。特徴的な赤毛の癖っ毛が肩の上で跳ねている。小学生にしか見えないサイズの身体で、()()()二十歳を超えている。本人は「リアルコ◯ン君ですね」と言っていたが、意味が分からないのでスルーした。


「あんまし調子に乗るなよ。ワシの一言でお前は即座に職を失って路頭に迷うことになるんだからな。故郷の家族への仕送りも滞ることになるぞ」

「家族を盾に使うなんて卑怯です! 職権乱用です! そんなことしたら、今後一切剛田さんが()()()()()()を回避する手助けなんてしてあげませんからねイタタタタタッ!!」


 思い切り頬をつねってやると、リナは宙に浮きながら涙目で強引に振り解いた。このリナという女――本名を若槻朋子(わかつきともこ)というが、これでもれっきとして()()()()で、生前は大学に通いながら趣味で同人誌を書いていた経歴を持つ。


 コミケという日本最大の催し物に参加が決まっていたのだが、入稿日ギリギリまで作品の完成が間に合わず、エナジードリンクを大量摂取しながら迎えた四徹目に無理が祟って死んだらしい。バカじゃないのか?


 なんとも情けない死にっぷりであるのはさておき、目覚めたらゲームのキャラに転生していたという共通点がある。ワシも若槻と同じく死んで目覚めたらこのザマだ。しかも日本の裏社会よりよっぽど()()()()があってスリリングな日々を送っている。

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