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妖殺しの刀  作者: 宮凜猫
序章『待ち続ける狐』
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九話 反射する未来

 げほげほ、げほげほ。


 聞くだけで不快になる音が、少女の喉から絶え間なく響く。


「────」


 鉄の味がする。それは、少女の近くにいつもいて、忘れるなと肩を強く掴んでくる悪夢だった。


「──おかあさん」


 呼んでも、ほしい声は返ってこない。あるのは、どこまでも広がる暗澹たる暗い海だけだった。


「──どうして?」


 苦い薬をたくさん飲んでも、痛い手術を我慢しても、少女に平穏は訪れない。白くて冷たいベッドの上に横たわったまま、少女は羨望と嫉妬の眼差しを外の世界に向けることしか出来ない。


「わたし、ずっとこうなの?」


 友達を作れることも無いまま、一人きりで生きていくのだろうか。


 ただ、体が弱く生まれただけで?


「──いや。そんなの、ぜったい、いや」


 少女の胸の内に、嫉妬と嫌悪と、怨恨が広がっていく。許さない。赦さない。私だけが一人になるなんて、許さない。


「──おともだちを、つくればいいのね」


 冷たくて白くて、狭い空間からは出られない。なら──


「せんせいがおしえてくれたごほんにあった、じゅじゅつ? を、つかえばいいんだ」


 棚にある本を手に取り、少女は知る。触媒を通じて、他者と接触する手段を。寂しさを埋めるための方法を。


「──おともだちに、なってね」


 孤独な少女は知る由もない。それが、どれだけおぞましいものなのか。それをして、彼女が何を失うのかを。


******************


「──あ、れ」


 目の前にいた少女の体が、崩れていく。その口からは事態を飲み込めていないような呆然とした声が漏れ、表情は気力の抜けた顔のまま、変わることは無かった。


「切れた……」


 刀を見つめ、千秋は安心したように頬を緩める。


「──あの物量を切れるなんて」


 少女が顕現させた影の手は、鏡から伸びて千秋の首を絞めたものよりもずっと多く、射程距離も長いものだった。実際、千秋の振り下ろした刀が少女を切り伏せるのと少女が伸ばした影の手が千秋の体を搦め取ろうとするのは、刹那の違いだった。千秋が一瞬でも刀を遅く振り下ろしていたら負けていた。


「──はぁ……」


 力を抜くと、急激に疲労が体にのしかかる。だが、まだ倒れるわけにはいかない。なぜなら──


「急げ、人の子! この世界はもうすぐ閉じるぞ!」


 萌奈と雷斗を雑に抱えたまま、ミツルギが一枚の鏡に触れて叫ぶ。おそらく、ミツルギの触れている鏡が千秋たちの通ってきた鏡なのだろう。そして、


「閉じる……この子が消えるからか!」


 その事実に瞳を見開き、千秋はミツルギのいる方へと足を踏み込み、思い切り飛ぶ。物理法則を無視した動きができるのは、ここが鏡の中の世界だからか。それとも、


「──刀のおかげか……?」


 実際、少女を斬る時も、千秋だけなら上手くは切れなかっただろう。原理は分からないが、刀が千秋の動きを支えているのが、感覚的にわかるのだ。ミツルギの話なら、刀が千秋の魂と共鳴し、色を変えたり身体能力の底上げをしているという話であったが。


「──そこは、刀がサービスしてくれてるってことなのかな」


 海のように美しい青を見せる刀に語り掛けるが、当然返事は無い。


「急げと言っているのが聞こえんのかこの凡骨! 空間に取り残されれば脱出は不可能だぞ!」


「今行くって!」


 ミツルギに怒鳴られ、千秋は急いでミツルギの隣まで移動する。そして──


「──これ、触ったら戻れるのか?」


「嗚呼。この二人は隣の鏡に投げろ。こやつらが通じてきたのは隣の鏡らしいからな」


「──わかるのか」


「妖気の流れを見ればな」


 起きる前に早くしろ、と促され、千秋は萌奈と雷斗を隣の鏡へと近づける。ず、と鏡の中に二人の体が入る。


「わ、これ離して大丈夫……?」


「怪我はせん。心配なら我の妖気で膜を張っておいてやる」


「なんかいつになく親切で怪し……」


「早くしろ!」


「いたっ」


 背中をドンッと蹴られ、萌奈と雷斗が鏡の中──現実世界へと投げ出される。


「痛いな……いきなり蹴らなくてもいいだろ」


「喧しい。それよりも、我等も急ぐぞ。世界が閉じる」


「うわっ」


 ミツルギに襟を掴まれ、千秋は鏡の外に投げ出される。世界が青白く染まったあと、見慣れた旧校舎の景色が目の前に広がる。そして、刀から刀身が消え、千秋の髪や瞳が元に戻る。


「──う」


「全く、貴様は少し考えて動け。凡愚が」


「ごめん……」


 ミツルギに殴られ、千秋は素直に謝意を示す。ミツルギもこの状態の千秋にはあまり怒る気にならないのか、二発殴って黙り込む。


「──ていうか、萌奈と雷斗は……」


 平気だろうか、と口にしたところで、旧校舎の外──校舎の方から、騒々しく人の声が聞こえる。


「何だったんだ? 今のは……」

「分かりませんが、全校生徒が昏倒するなんておかしいですよね……」

「二年一組! 二名の生徒が保健室に行ったまま戻ってません!」

「その子なら、三階にいたと──」


「──えっ!? なに、どういうこと!?」


「たわけが。まだ気付かんのか?」


 千秋が驚きを隠せぬまま玄関の方へ走れば、後ろにいたミツルギに冷たい目で見られる。


「貴様の連れ合いが鏡に引き込まれていたのだぞ。ついでに言うと、同じ服装をした人間も十数名居た。つまり」


「──萌奈たちの他にも連れてかれてた子がいるってこと……!? なんで、そういうことは早く……」


「千秋くん!!」


 ミツルギに掴みかかろうとしたところで、萌奈の柔らかな声が鼓膜を揺らす。驚いたような顔で振り返れば、カーディガンを軽く羽織ったまま、息を乱した萌奈の姿があった。


「萌奈……!!」


「千秋くん、まだ捜し物してたの?」


「うん、……萌奈はなんでここに」


「──何でかわかんないんだけど、学校で皆が昏倒しちゃって……それに、何人か教室に居ない子がいたの。みんな校舎の中で見つかったんだけど、みんな錯乱してて……だから、姿が見えない千秋くんを先生が心配してるのよ」


「そっか……えっ、みんな……見つかったの? 行方不明の子とかいない?」


「? いないよ? トイレに行ってた子とか保健室に行ってた子とかが戻ってこなくて探したら、ちゃんと校舎の中で見つかったって。さっき点呼して、いないのは千秋くんだけだったもん」


「そ、なんだ……」


 千秋が神妙な顔をしているのを見ながら、萌奈は千秋の腕を掴んで外へと連れ出す。「みんな心配してるんだよ」と言いながら。かくも、千秋は眉を顰めたまま──


「だって、取り残されたら出れないって……」


「────」


 ミツルギの方を見れば、シラを切るように目線を逸らされる。それは、つまり。


「つまんない嘘つかないでくれる!?」


「わっ、千秋くん?」


「ふん、下らんな」


 ミツルギはすごく性格が悪い。

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