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妖殺しの刀  作者: 宮凜猫
序章『待ち続ける狐』
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八話 恨んだりしない

「雷斗くん、千秋くんに怒ってる?」


「──怒ってはない。ただ、知らない場所で苦しまれるのは嫌なだけだ」


「そうだよね。私もそう思う」


 暖かい風が吹く校舎の中を二人並んで歩き、萌奈と雷斗は千秋の心を案ずる。千秋は自覚がないのだろうが、彼はわりかし自己犠牲の精神が強い。何が彼にそうさせているのかは分からないが、彼はずっと周りに申し訳ない気持ちを抱いているのだろう。大人相手ならまだしも、萌奈たちのような子供にまでそう思わなくてもいいと思うが。


「まあ、とりあえず教室に戻って遥斗くんに薬渡そうか」


「そうだな。──俺一人じゃ、授業抜け出すとサボりって思われるから、萌奈がいて助かった」


「ああ、千秋くんのことが心配だから付き添ってきます、ってやつだね。私も上手くいくとは思ってなかったんだよ? ただ、普段から先生に気に入られるよう計算してた私の勝ちってことかな」


「──お前、意外と強かだよな……」


「ふふっ」


 珍しく驚いたような顔でそう言う雷斗を見て、萌奈は堪えきれずに笑い出す。別に、遥斗や雷斗、千秋のためなら萌奈は体裁くらい簡単に投げ捨てられる。ただ、こういう時に体裁は役に立つから、萌奈は常日頃から人の視線をよく見ているのだ。


「うーん、でも、そろそろ戻った方がいいかな? 遥斗くんが寂しくて泣き出しちゃったら大変だし」


「だな」


 そう口にして、階段を登ろうとしたところで──


「あれ?」


 萌奈は、視界の隅に映ったものに足を止める。不意に立ち止まった萌奈に、雷斗も何かあったのかと足を止める。


「萌奈?」


「雷斗くん、あれ……」


 萌奈が、ついと指を指す。萌奈が指さした先にあるのは──


「──鏡?」


「うん、でも……なんか、変な感じが」


 する、と口にしようとした時、


「────」


 鏡が、ぐにゃりと姿を変える。


「────!」


 雷斗が目を見開き、萌奈は片足を後ろに下げて臨戦態勢に入る。相手を倒すことは考えない。ただ、逃げなければならない。


「雷斗くん!!」


「──分かってる!」


 雷斗に声だけで逃走の意志を示し、萌奈は急いで後ろに跳ね飛ぶ。正面に鏡、そこから目を離してはいけない。雷斗に何かあれば、遥斗は絶対に悲しむ。それがなくとも、萌奈は友人たちが大切だ。だから、絶対に──


「──?」


 瞬間、背後から気配を感じとる。後ろには──


「──鏡……?」


 萌奈が、思わず瞳を見開く。こんなところに、鏡なんてあっただろうか。でも、そんなことを考えている場合ではない。異変は正面の鏡。それだけを考えて──


「────!」


 正面を睨みつけ、息を吸い直す。だが、雷斗の様子が変だ。鏡に背を向けて、こちらに手を伸ばしている。ダメだ。鏡から手が伸ばされている。


「雷斗くん!! 後ろにっ……」

「駄目だ萌奈! 後ろだ!」


「えっ……?」


 互いの言葉が交差し、ふたりが同時に後ろを向く。すると、


「こっちにも手がっ……!?」


「クソ、萌奈!」


 ふたつの鏡から手が伸ばされ、萌奈と雷斗は鏡に吸い込まれる。急いで鏡を蹴り割ろうとするが、ダメだ。間に合わない。どうにか雷斗の方を向くが──


「────」


 雷斗も、既に動きを封じられていた。為す術もなく、萌奈と雷斗は──


「──ごめん、遥斗くん」


 鏡の世界へと、拐かされる。


**************


「ミツルギ、どうしたらいい!?」


「囀るな! ……このまま向かってもいいが、困るのは貴様だぞ」


「はぁ? 何言っ……」


「我は妖だから姿を眩ませる。だが、貴様は人の子だ。幾ら刀で力を得たとしても、その有り様を変えることはできない」


 暗に、千秋は姿を隠せないのだと言われ、思わず頬を硬くする。


「──そんなこと、言ってる場合じゃ」


「そうだ。だが、貴様は人の子──体裁は大事だろう?」


「──何が言いたいんだよ」


「鏡の中は繋がっている。鏡の中で、あの女を見つけ出す。さすれば、勝機はある」


「────っ!」


 瞳を強く閉じ、千秋は刀を携えて旧校舎内の鏡へと走る。刀とリンクしている精神が、いつもよりも粗雑な言葉を吐く。


「お前、俺の味方なのか敵なのかどっちなんだよ!」


「どちらでもない。我は我の味方だ。心の方角に従い、行動する迄よ」


「──ほんと、お前みたいなやつ嫌いだ!」


「奇遇だな、我も貴様は好かん」


 鏡は目前。青白く光るそれに手を伸ばし、ミツルギと千秋は、鏡の世界へと、行く。


「────」


 その中は、まるで濁った海のようだった。乱雑に流れていく景色とそこかしこから聞こえる怨嗟が、空間の持ち主の心の有り様を表しているようだった。


「──ここ、は」


「鏡の世界……通じる鏡の数も多いが、取り込まれた者もそれなりだな」


「──うん」


 濁った世界では個人を判別することは難しいが、大半は、少年少女。狙って拐かしているのかは分からないが、少なくとも、今回が初めての犯行と断ずるにはあまりにも状況証拠が揃いすぎていた。


「──あの子を探さないと……」


「──! 避けろ!」


「っ──!?」


 真横から重い一撃を食らう。ミツルギの言葉に反応するよりも前に、鈍い痛みが体をなぞる。何事かと視線を動かすと、


「──きみ、は」


「──おにいさん、どうしてきたの?」


 あの時の、少女がいた。こちらを、酷く恨めしそうに睨んで。


「俺は、君を止めに来た」


「どうして? みんな、このせかいだと、としをとらないの。しななくていいのよ」


「──みんながみんな、そう在りたいわけじゃないだろ」


「──? しにたいってこと?」


「そうじゃない。そうじゃない、けど……」


 少女の考え方は、あまりに歪だ。ここにいる全ての人間がそう望んだのか。そんなわけがない。生きることはすなわち死ぬことだ。だが、目の前にある未来を投げ出せるほど覚悟の強い人間ばかりでは無いのだ。辛い辛いと喚きながら明日を生きる。それが──その矛盾が、人間らしさでは無いのか。


「──おい、貴様」


「何だ、今──」


「貴様の家に寝ていた黒髪の男と、女がこの空間にいる」


「──本当か……!?」


「嗚呼、両方とも意識は無いが──この空間に満ちた妖力を考えれば、廃人になるまで半刻あるかどうかだ」


「廃人っ……!?」


 ミツルギが顎で方向を指す。そちらに目を向ければ、青白い顔で空間を漂う二人の姿があった。それを見れば、ミツルギの言葉はあながち嘘でないのだとわかる。


「どういうことだ、死なないんじゃないのか!」


「しなないわ。いしきをてばなして、わたしのおともだちになるだけ」


「──許さない……!」


 千秋が刀を構え、迸る殺気を刀に込める。刀は真紅に色を変え、千秋の魂に絡みつくように共鳴する。


「──二人を返せ……ッ!」


「どうして? もうわたしのおともだちなのに」


「巫山戯るな! あの二人は……ッ」


 そう言い返したところで、ミツルギに頭を強く殴られる。苛立ちを混ぜた瞳で振り向けば、狐の面の向こうの表情は見えぬまま、口を噤むミツルギの姿があった。


「ミツルギ、何を……」


「奴にのせられるな。所詮は死に損ないの戯言──動物に吠えられたのだと思え」


 ミツルギの言葉に、千秋の頭は落ち着きを取り戻していく。刀によって凶暴的にされただけではない。悪意を伴い、この空間が、千秋の苛立ちと殺意を誘発したのだ。普段なら、絶対にありえないのに。


「──貴様の取り柄はその底抜けの明るさとお人好し加減のみだ。それを損なえば貴様に価値は無い」


「言い過ぎだろ……でも、ごめん。助かった、ありがとう」


「──ふん、畳み掛けるように礼を言われてもな」


 狐の面がふいと顔を逸らすのが見える。素直じゃないやつだ。


「──まあ、それはお互い様、だよな」


 刀を構える。色は、深い青。心の中に満ちるのは、自分ならやれるのだという、少し揺らいではいるけれど、深い深い、信頼。


「──行くぞ、鏡女!」


「そんななまえじゃ、ないよ」


 深い青が、黒い海を、切り裂く。

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