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妖殺しの刀  作者: 宮凜猫
序章『待ち続ける狐』
6/22

六話 忘れ物

「はぁ〜……おなかいっぱい……」


「人間は難儀だな。いちいち食事を摂らねばならぬとは」


「妖は食べなくてもいいのか?」


「嗚呼。低級は必要とするが、我は大気中から妖気を吸える。食事など要らぬ」


「へぇ〜……なんかそれもそれでつまんなそうだけど」


言えば、ミツルギがやや不満そうにこちらを見る。

けれど、本当に千秋はそう思うのだ。

食事は千秋にとって楽しいものだから、それがないというのは少し損に思えて。


「あ、俺がなんか作ってあげようか? 食事自体はできるんだろ?」


「出来るが、貴様のは食わん」


「えっ、なんで!?」


「──忘れるな。我はあくまで刀のために貴様と共にあるということをな」


仮面の奥は見えないが、なんだかとても冷たい瞳で睨まれた気分になり、千秋は動きを止めて顔を逸らす。

やっぱり、簡単に仲良くなれそうはなかった。


********************


「おはよう、千秋!」


「遥斗!!」


校門をくぐろうとすると、後ろから遥斗に思い切り背中を叩かれる。

その快活な笑顔には体調不良を感じさせるものなど微塵もなく、何事もなく回復したのを感じさせてくれた。


「よかった、心配したんだぞ?」


「いやあ、ごめんな? お母さんから千秋が俺を背負って家まで届けてくれたって言われた時はびっくりしたけど……もしかして、ほんとにコックリさん来たのか!?」


わくわくと瞳を輝かせる遥斗に、千秋は苦笑いを返す。

あれを来たとカウントしていいのか分からないが、真相を知れば流石の遥斗でも心労を負うことになるだろう。

余計なストレスをかけるのは避けたい。


「いや? 遥斗と萌奈は急に倒れただけー。コックリさんなんて来なかったし、二人は起きないし、大変だったんだからな?」


「そっかあ……なんか迷惑かけちゃったみたいでごめん……」


「別にいいよ。ていうか、萌奈と雷斗は……」


「こっちだよ。千秋くん」


後ろから柔らかい声が聞こえ振り返ると、にこにこと微笑みながら緩やかに手を振る萌奈の姿があった。

その少し後ろには、ヘッドフォンを外してこちらを見つめる雷斗の姿も。


「聞いたよ。私たちが倒れたのを千秋くんが運んでくれたって……ね、雷斗くん」


「──ああ。……千秋、あれは夢だったのか?」


雷斗の問いに、千秋は心臓が跳ねる思いをする。

雷斗は、丑の橋姫の姿を見ているし、千秋が刀を引き抜く寸前までは意識があった。

でも、話してどうなるというのか。

雷斗に心配をかけ、危険に巻き込むだけでは無いのか。


「……あれって?」


瞳を一瞬だけ逸らし、それから雷斗の目を見て千秋はそう口にする。

嘘をつくことに千秋の良心は酷く軋むが、あんなことに雷斗を巻き込むわけにはいかない。

そもそも、千秋だって殺す殺されるだの物騒な話は嫌いなのだから。


「……心当たり、ないのか?」


「──うん」


「──じゃあ、俺が見た夢だな。気にしないでくれ、千秋」


そう言って、雷斗は千秋に優しく笑いかける。

その笑顔を見た瞬間、千秋の心臓は何かを訴えるように足を早めたが、それを何とか押さえつけて耐える。

千秋は身を守るために戦わなければならないが、雷斗や遥斗たちはそんなことに巻き込まれる理由なんてないのだから。


「二人ともどうしたの? 遅刻しちゃうよ?」


「ほんとだ! 千秋、雷斗! 早く!」


「行くか、千秋」


「──うん、そうだね」


**********


「────」


桜が舞い散る中庭を眺めながら、千秋は退屈な授業を聞き流す。

妖を殺す刀を手にしても、妖を殺しても、妖の過去を覗いても、授業が退屈であることは変わらない。

それは、今の千秋にとっては少し安心できることでもあったのだが。


「──桜、今年は散るの早いな」


「おい、貴様」


「だぁっ!?」


目の前に狐の面が現れ、千秋は間抜けな声をあげながら椅子から転げ落ちる。

ミツルギは窓の外に浮遊したまま、千秋を静かに見つめている。

というより、一般人に見られてはまずいという話ではなかったのか。


「煩いぞー、神薙。彼女とメッセでもしてんのか?」


「先生、もうそれは死語です」


一人で騒ぐ千秋に野次を飛ばす先生を、雷斗が静かに諌める。

雷斗はこちらを見つめ、窓の外に何かいるのかと身を捩ろうとする。


「えーっと……体調悪いので、保健室に行ってきます……」


「神薙が体調不良!? 槍でも降るのか?」


教室のドアを開けて小走りで廊下を渡れば、後ろから笑い混じりの声でそう聞こえる。

確かに千秋は体が強いが、そこまで言われると人間でないみたいで悲しい。

というか──


「ミツルギ、なんで学校にいるんだ!?」


「囀るな、早急に伝えるべき事柄が発生した故、武士の情けで伝えに来た迄よ」


「早急に……? ていうか、みんなに姿見られたらまずいって……」


「それなのだが、我は人間としばらく接しておらぬ。だから忘れていたのだが──」


「なに?」


「調整すれば霊力のないものには姿を見せぬことが出来るのだ」


「なんでそれ忘れてたの?」


そう言われれば、確かにいつもより何だか色が薄い。

と言っても、いくら色が薄かろうが目の前にいきなり狐の面を被った妖が現れれば吃驚する。


「そんなくだらないことを話すために来たのでは無い。本題に入るぞ」


「──早急に伝えるべき事柄、って?」


「──貴様は気づいていなかったのだろうがな。昨晩から、寺の周りに不穏な妖気が漂っていた。と言っても、病弱な者にとっては体に障る程度で、健康な者には害のない程度だった。が──」


狐の面の奥から、ミツルギの鋭い眼光が届く。

一瞬身構えるが、ミツルギが睨んでいたのは千秋ではなく、その奥──旧校舎だった。


「今朝から様子が変わった。貴様がここに出向いたあとから、妖気がここに集まり、何やら禍々しい気配を醸し出している」


「──家からでも、分かるくらいに?」


「我以外は気づかんだろうな。我が気づけたのは、貴様が無様にも刀を奪われるような事態になってはならぬと思い、気を張っていたからよ。──我でもそうせねば気づかなかったのだ。そこらの有象無象など、気づくことなど不可能だろうな」


そう言われ、気を張ってみたのだけれど、気配のひとつすら感じとれない。

旧校舎は昨日と同じ、嫌な妖しさを醸し出したまま──


「──!! そうだ、昨日!!」


「何だ」


「丑の橋姫をコックリさんで呼び出したのは旧校舎だったんだ!! それとなにか関係があるんじゃ──」


「──ない、とは言いきれんな。……しかし、よくもまあそのようなくだらん事をできるものだ。命が惜しくないのか、今の子は」


「それはすごく分かってる……というか、中にいるやつって危ないのか? 退治しないとダメなくらい……?」


「──強さは未知数だ。が、ここは貴様の懇意にしているあの男や学友が通っているのだろう? おかしなことがあれば困るんじゃないのか」


「──それは……」


思わず言い淀む。

ミツルギも、千秋が言い返せないとわかってこの言い方をしている。

それがミツルギの優しさなのではと千秋は思うが、やはり狡い言い方だ。

そんな言い方をされては、断ることは──


「──千秋?」


「──!! 雷斗っ……と、萌奈……?」


「千秋くん、体調悪かったんじゃ……なんて、白々しいからやめとくね。実は、遥斗くんが昨日旧校舎に薬落としたんだって。遥斗くんは別に大丈夫って言ってたけど……悪化したらダメだから、私たちで取りに行こうと思って」


授業をちょくちょくサボるが成績のいい雷斗はともかく、優等生な萌奈までサボるとは珍しい。

それほど遥斗は愛されているということなのだが──


「千秋くんはここで何してたの?」


「──あ、えーっと……俺も、旧校舎に忘れ物があって……」


「嘘、千秋くんも? 奇遇だね! 来てよかったね、雷斗くん」


「──ああ。千秋は何を忘れたんだ?」


「──え、っと……」


思わず言葉に詰まる。

まずい。

怪しまれてしまう。

隣で見ているミツルギに「馬鹿が。適当に躱せばよかろう」と言われている。

言い訳が思いつかなくなってしまうから静かにしてて欲しい。


「──!! えっと、スマホのキーホルダー? 忘れたような気がして!」


言い、耳元で強く心臓の音が聞こえる。

雷斗の方をちらりと見れば、どこか遠い目でこちらを見ている。

嘘だと、思われてしまっただろうか。


「──なるほどな……じゃあ、一緒に入るか」


「──わかった!!」


雷斗がいつものように笑うから、何とかごまかせたのだと悟り、千秋は安堵したように笑う。

走って旧校舎に入る千秋と雷斗を萌奈が追いかける。

そして、ミツルギは、それを静かに見つめていた。


「──人間は、難儀だな」

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