五話 つかの間の休息
「ミツルギ」
「なんだ」
「雷斗たち起きないんだけど……これって大丈夫なのか?」
「──大方、部屋の中にいた男と女は丑の橋姫の妖気に充てられて気が飛んでいる。外にいた男の方は我の妖気に充てられたようだが……まあ、両方明日の朝日が昇る頃には意識を取り戻すだろう」
「そうか……!! よかった……!!」
言い、千秋は三人を担ぐ。
刀を腰に刺したままだから些か動きづらいが、耐えられる範囲だ。
「おい貴様、そいつらをどうする」
「え? 運ぶんだよ。三人の家は知ってるから」
「──三人も人を担いでいては、不審に思われるんじゃないのか? 人間は体裁を気にする生き物であろう」
「うーん……でも、しょうがないよ。そうする以外にないし」
「────」
正直に答えただけなのだけれど、ミツルギは変な顔をしたまま固まってしまった。
そんなに変なことを言っただろうか。
車でも出せればいいのだけれど──、
「あ!! 倉島さんに電話してみよ!!」
「クラハシ……?」
「俺を引き取ってくれてる人だよ。車持ってたはずだから……」
そう言い、電話をかける。
その間も、ミツルギは不思議なものを見るかのように千秋を見つめていた。
その視線の意味に、千秋が気づくことは無かったが。
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「珍しいですね、君の方から連絡をくれるなんて」
「ごめんなさい、忙しかったですか?」
「いいえ、君の頼みを聞く以上に優先すべきことなどありませんから」
「ありがとう……いつもごめんなさい」
「いえ、お気になさらず。たまの頼みくらい聞きますよ」
心地よい、車の振動が体を揺らす。
千秋が話す相手は、真面目を絵に書いたような見た目をした──倉橋という男だ。
敬語で話す姿は冷たく感じられるかもしれないが、その言葉には温もりがある。
千秋はそれをきちんと理解していた。
「それにしても、お友達が昏倒なさるとは──今日は不思議な事故も多発していたようですし、何かの前兆かもしれませんねえ」
「──不思議な事故?」
「ええ。車が突如転倒したり、電柱が破損したり──、ちょうど、君の学校の方角でしたが……お友達の昏倒ともなにか関係があるんですかね?」
倉橋がそう言って千秋の方を見るが、千秋は心臓を掴まれたような心地であった。
倉橋にそのつもりはないだろうが、千秋としては、幽霊や刀のことは隠しておきたい。
ただでさえ迷惑をかけているのだ。
これ以上は千秋の良心が痛む。
「──わ、かんないですけど……変なこともあるんですね」
「そうですね……千秋くん、その腰の刀は……」
「えっ!? あ、これは……」
「ご両親の形見、ですね? 今まで避けているように見えていましたが──、それに触れるくらいにはなれたようで、良かったです」
「──怒らないんですか?」
「怒りませんよ。君のものですし……それに、その刀に刀身はありませんからね。その割には重いですけど」
その言葉に、再び体がピシッと固まる。
そう、この刀に刀身は無い。
ミツルギにちょっかいを出されてしまったから一瞬しか見えなかったけれど、髪が伸びたりするまでは柄の部分しか無かったのだ。
髪が伸びたり目もなんだか変になったり、刀の色が変わったり──、要するに、戦う時以外はただの柄になるということだ。
「そうですね……あ、倉橋さん、ここで最後です」
「ああ、では私はここで待っていますので、その子を送り届けたならまたここに」
「はい。ありがとうございます」
車から降りて、雷斗を担いで真っ直ぐに走る。
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「よし、これで……」
雷斗を雷斗の家族に引き渡し、車に戻ろうとする。
と、
「おい」
「うわっ!?」
ミツルギが突如眼前に現れる。
「さっきまでどこに居たんだ? 姿が見えなかったけど……」
「倉橋という男が現れてからは空から見ていた。一般人に見られるとそれなりに厄介なのでな」
「厄介?」
「我は目立つ訳にはいかん。理由は──」
「理由は?」
「貴様に話す義理はない」
「何なんだ……」
ミツルギは狐の仮面をつけたまま、ふよふよと空中に浮遊している。
最初に千秋を殺そうとした時と同じで、その言葉は固く、距離を保ったままだ。
だが、刀に手をかけてこないところを見ると、諦めてくれたのだろうか。
「貴様」
「何?」
「──刀は、貴様が死んだ時に貰う」
「え?」
「貴様には死ぬまでその刀でこの国に蔓延る悪霊や妖の類を除霊してもらうのでな」
「──どうして?」
「──何より、その刀を持った時点で貴様の周りには自動的にその類が集まる。死にたくないなら除霊は絶対条件だ」
「お願いみたいな雰囲気を出した意味は……?」
その言葉に返答はなく、ミツルギは刀をじっと見つめていた。
絶対にあげたくなんてないけど、どうしてそんなにこの刀に固執しているのだろうか。
父と母は、どうして妖を殺すような物騒な刀を千秋に遺したのだろうか。
「──ま、考えても仕方ないか」
「戻るのだろう? 貴様。早くせねば怪しまれるぞ」
「ほんとだ……ミツルギは? 一緒に帰らないの?」
「我は浮いて帰る。先に着くだろうが待たぬぞ」
「そっかあ」
宙へ浮いてどんどん距離が開いていくミツルギを見ながら、千秋はため息を吐く。
待ってなんて頼んでいないのだけれど、変なところで律儀な妖だ。
「──俺に冷たいのは変わらないけど」
妖と人では価値観が違うのだろうか。
なら仕方ないけど。
「──千秋くん、迎えに来ました」
「あっ、ごめんなさい。倉橋さん」
遅かったので、と付け足す倉橋に千秋は頭を下げるが、心配していただけで怒ってはいなかったのか、早く行きましょうと促された。
「──雨が降りそう」
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「千秋くん、今日の夜は何がいいですか?」
「えっ、あー……シチューとか……?」
「分かりました。出来上がったら呼ぶので、部屋にいてくれていいですよ」
「分かりました。ありがとうございます」
倉橋さんに一礼し、本堂にある自室に向かう。
「──さっきの言い方硬かったかな……」
「何を百面相しておるのだ、貴様」
「うわっ」
突如と現れた狐の面に、心臓が跳ねるような感覚を味わう。
着物の裾を翻して着地するミツルギは、驚いたままの千秋を静かに見据えている。
「ミツルギ、戻ってたのか」
「貴様、我の話を聞いていなかったのか? 先に戻ると言っただろう」
「そういえば……」
忘れていたと言いたげに瞳を閉じれば、ミツルギが嫌そうに顔を顰めるのがわかる。
別に聞いていなかったのではなく、他に考えることがあったから忘れてしまっただけだ。
変わらないと怒鳴られそうだから言わないけれど。
「──貴様、刀を腰に差しているのか」
「うん。一応親の形見だから……触れてた方が安心するし」
「そうか。殊勝な事だな」
ミツルギの横を通り過ぎ部屋へ向かうと、ミツルギも浮遊しながら着いてくる。
「──ミツルギは、なんでこの刀を欲しがってたんだ?」
何気なく発した千秋の疑問に、ミツルギが仮面の奥の瞳を細める。
そこにあるのがどんな感情であるか、千秋に知る由はないのだが。
「──何でもいいだろう」
「いいけどさあ……」
千秋を追い越し、勝手に部屋に入るミツルギ。
そこまで会話を拒否されてはさすがに傷つく。
それに、少なくともしばらくはミツルギと千秋は共に行動するのだから、もう少し歩み寄って欲しい。
仮面をつけたままだから表情も分からないし、正直やりづらい。
「──おい、貴様」
「うぇ? なに?」
「呼ばれているぞ」
「え? あ、今行きますー!」
台所から倉橋の声がする。
千秋がどたばたと向かえば、ミツルギの静かな視線が刺さる。
千秋はそれに気づかなかったが。
「──喧しい奴だ」