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妖殺しの刀  作者: 宮凜猫
序章『待ち続ける狐』
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四話 共闘

「がっ……!」


千秋の体を丑の橋姫の攻撃が掠める。

反射的に避けたことで直撃は免れたが、それでも腕に切り傷はついた。


「何をしている! 早く刀で奴を殺せ!」


「──んなこと、言われたって……!」


「──嗚呼、忌々しい……! 刀の振り方も知らぬとは……!」


「──ぁ?」


痛みに顔を歪めたまま刀を地面に向けてぶら下げている千秋の背後にミツルギが迫る。

ミツルギはそのままなぞるように千秋の腕に触れ、刀を構えさせる。


「なに、して」


「刀の構え方だ。人の子に与するなど屈辱の極みだが──、奴はここで倒すのが得策だからな」


合理的な判断だ、とミツルギは言い、そのまま千秋の背中を押す──というより、思い切り蹴り飛ばす。


「うわっ!?」


「刀が求めるのは感情だ! 怒りでも悲しみでも、正義感でもなんでもいい! 奴へ向ける殺意でも、そこに転がる男への庇護心でも構わぬ! 感情を刀へ込めろ! そうすれば、刀は必ずそれに答える!」


言い切り、ミツルギは柱の上へと立つ。

こちらを偉そうに見下してくるものだから、千秋も頭にかっと血が上る。


「感情……感情……!?」


刀を握りしめ、自分の根幹にある感情に思いを馳せる。


「────」


丑の橋姫が千秋に向かって攻撃を放つが、それはすんでのところで阻まれる。

何事かと丑の橋姫が視界を見渡すと、


「残念だが、其奴はまだ殺させるわけには行かない。利用するだけ利用して、刀を奪わねばならぬからな」


狐の面の向こうに感情を隠したまま、丑の橋姫の髪を踏みつけ、動きを封じるミツルギの姿があった。


「─────!」


丑の橋姫が叫び、ミツルギはそれを黙って聞いている。

千秋は、そのいずれにも気付かぬまま、刀と向き合っていた。


「──俺は、俺によくしてくれる人を失いたくない」


両親の記憶なんてなくても、両親が繋いでくれた絆がある。

両親が残してくれた家と、両親のおかげで知り合えた人。

そりゃあ、他の家と比べたら家族愛は薄いかもしれないけれど、どうでもいいなんて思わない。


「自分の意思を曲げたら、本当の自分が分からなくなる」


そればかりじゃ生きていけないとわかっていても、それでも、千秋は大切なものを見失いたくない。

目の前で大切な人が踏みつけにされるのが許せない。


──この世の不条理を全てねじふせる気なんてさらさらないけれど、それでも、


「──俺は、俺が守りたいと思う人を守りたい」


根幹にある感情は、親愛だ。

突き刺すような怒りや吐きそうなほどの殺意ではなく、包み込むような愛情。

それが、今の千秋を突き動かしていた。


「──この刀が何なのかは知らねえけどなあ……! 俺は、俺を嫌いになりたくないんだよ!」


髪が揺れ、瞳が色を濃くする。

そして、刀身が色を変える。

それは、刀と魂がリンクした合図だ。


「──喰らえぇっ!」


桜色に染まった刀を振り上げる。


「──なるほど、悪くない」


ミツルギの声が丑の橋姫の鼓膜を揺らしたのと、千秋のひと振りが丑の橋姫の首を跳ねたのは、ほぼ同じタイミングであった。


******************


見返したい。

見返してやりたい。

私はこんなところで燻る人間では無いのだと。

幸せになる。

そうなるために、私を蔑んできた全ての人間に復讐をしてやる。

たとえ、私を形作る全てが泡沫の果てに消えようとも。


********************


女は、名を桜子と言った。

貧しい家に産み落とされ、暴力と暴言の中で女は育った。


女は、美しい黒髪と、美しい顔を持っていた。

しかし、女に生まれたというだけで向けられる嫌な視線に、女はいつしか、何にも変え難い嫌悪感を抱くようになっていた。


女は、いつしか思う。

「私は、道具では無い。私に価値なんてつけさせない」と。


しかし、現実は残酷だ。

女には、才が無かった。

勉学に励もうとも、それが意味を成すことは無かった。

芸を磨こうとも、それは大衆の中に埋もれていった。

女に残ったものは、非情なまでの美しさだけであった。


女の両親は、醜い見た目をしていた。

そのせいか、女は家庭内で酷く嫌われていた。

「美しいだけありがたいと思え」

「お前は普く大衆の一部だ。特別になろうなどと思い上がるな」と。


女の中に、怒りと恨み、憎しみが募っていく。

女の顔には価値が付けられ、血筋しか取り柄のない男の元に斡旋された。

耳元で囁かれる、下卑た欲情の声。

嗚呼、なんて醜いのだろうか。

なんて汚らしいのだろうか。

そんな声で、そんな顔で、


「──私に、触らないで!」


女は、身につけていた簪で男を殺した。

血が跳ね、興奮していたからだは酷く熱くなる。

呼吸も調えぬまま、女はひたすらに夜の街を走る。


「──嗚呼、どうしてなの?」


「どうして私は、幸せになれないの?」


どうして、あんな家に生まれなければならなかった?

どうして、あんな男と添い遂げなければならない?

全て、望んだものでは無かった。

勝手に与えられ、勝手に決め付けられたものだ。


「そんなもの、私は選んでない」


そう、選んでいないのだ。

選ばなければならない。

満足できる選択を。


「──私が幸せになれないのは、私の生まれを知っているやつのせいだ」


藁人形を持ち、釘を力いっぱい刺す。

金物がぶつかり合う音と、女の笑い声だけが、妖しい夜を美しく飾っていた。


女の両親は死に、女の幼馴染は死に、女を知るものは誰もいなくなった。


「嗚呼、漸く! 漸く私は幸せになれる!」


その、瞬間であった。


「──え?」


女の体は、無数の釘で貫かれていた。

赤黒く染まったそれを見て、女は唖然とする。


「──な、ぁ」


人を呪わば穴二つ。

その言葉を、女は知らなかった。

だから、女が最期まで思っていたのは──、


「どうして?」




私ばかりが、不幸になるのだろうか。


******************


「──今のは、」


「此奴の記憶であろうな。恐らくは刀が此奴の血を浴びて共鳴し、見せたものだ」


原理はわからんがな、とミツルギは付け足す。

確かにそれも気になったけれど、聞きたいのはそこじゃない。


「──この人の、人生?」


「──嗚呼、実に空虚なものだろう? 結局、此奴はありもしない幻想に縋っていたのだ」


地面にごとりと落ちた丑の橋姫の頭をミツルギが踏みつけ、言う。


「満足する幸せなどない。皆、大なり小なり不満はあろう。それを飲み込むだけの器量が、此奴にはなかったのだよ」


丑の橋姫は、何も言わない。

恨めしそうにこちらを見たまま、体が崩壊していく。


「──地獄で、償えよ」


そうして、償いを終えたなら、その時は、


「もう少し、まともに生きられるかもしれないぞ」


「──下らん」




「善人といるのは、疲れるな」


********************


「──ぅっ」


千秋が小さく呻いて膝から崩れ落ちる。

刀身の色は無色に戻り、髪や瞳も元に戻る。


「──うぅ、疲れた……」


「おい貴様、刀をぞんざいに扱うな」


「え? あ、ごめん……」


「──なんのつもりだ?」


「え? なにが?」


「──そういうことか……」


何に対して苛立っているのか分からない千秋に背を向け、ミツルギはため息をつく。


「──そこまで大幅に性格が変わることもあるのか……」


ミツルギは、千秋のあの凶暴な性格は半分は素かと思っていた。

が、それは違ったのだ。


「刀のせいで凶暴化していただけで、本体はこの感じと……」


丑の橋姫に同情したり、土壇場で出た感情が親愛であったりと、凶暴化してもなお甘さが抜けきっていないと思っていたが。


「あ、さっきはごめんな? ミツルギ。刀持つとなんかイライラしちゃうみたいで」


「──最悪だ……」


利用するだけして刀を奪うつもりだったのが、そこまでにかなりのストレスをかけられそうだ。


「──早めに殺すか……いやでも、利用する分には惜しいしな……」


「──? なんかブツブツ言ってる……」


黄昏時に並び立つ、妖と人の子。

彼らが歩んでいくのは、長いけれど短い、信念の旅路だ。

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