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妖殺しの刀  作者: 宮凜猫
序章『待ち続ける狐』
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十八話 目覚める

「騒がしいのう……ここらで間違いはないじゃろうが」


 閻魔が皆に聞こえるような声でそう言い、ミツルギも辺りを見渡す。鬼達が忙しなく騒いでおり、決して穏やかではない地獄がいつも以上に五月蝿く、張り詰めた空気を醸し出している。


「──閻魔大王様、恐らくあちらでは?」


 ミツルギが口調を変えたのを見て、閻魔も顔を少し引きしめる。不安と焦りが顔に出る前に自覚させようとしたのだろう。姿と口調も変えられているのだからそう簡単にヘマはしないだろうと分かっているが、念の為だ。


「──あの少女か」


「鬼の片割れ……紅葉が殺されたことに抗議でもしに来たのでは?」


「迷惑な話じゃがな……」


 ミツルギと閻魔の声に気付いたのか、鬼たちが道を開ける。と、その先に、


「やっと来たのね、閻魔大王……!」


 紅葉と瓜二つ──髪型と武器が少し違うが、双子と言うにふさわしいそっくりな顔をした少女がこちらを向く。その表情は怒りに染められたまま、こちらに槍を構えている。閻魔に対しての不敬もあり周りの鬼も止めようとするが、それを意にも介さない。


「──全く、知恵の足りなさまで瓜二つだな」


「何ですって!? ……アンタ、その仮面……」


 ミツルギの正体に気がついたのか槍を持つ手が一瞬緩む。が、すぐに怒りが瞳にこもり、怒声が吐き出される。


「白狐……! よくもアタシのお姉ちゃんを殺したわね!」


「────」


 それを聞き、ミツルギは思わず黙る。千秋が殺したことには気がついていないのか──それとも、同罪だという意味なのか。どちらにしても、余計なことは言うべきではない。


「だったら何だ?」


「──! どうしてお姉ちゃんが殺されなきゃいけなかったの!? お姉ちゃんはアンタのことを大切に思ってたのに!」


「あの女が我を大切に思っていたとして、それでみすみすと均衡を崩すような行いが許されると?」


「均衡……?」


 ミツルギが冷たく吐き捨てれば、少女は不理解を示すように眉を顰める。それを見て、ミツルギは確信する。少女には教養がなく、自らの行いが招く最悪の想像すらできないのだと。それは哀れなことだが、今回しでかしたことを考えればこの場で首を斬られていないだけ温情だ。


「ああ。閻魔大王様の──こちら側の派閥の妖がそれをすれば、最低限成り立ってきた信頼関係すら崩れる」


「なに……どういうこと?」


「わかりやすく言ってやろうか」


 ミツルギが少女を睨めば、その闘気に恐れをなし、少女だけではなく、そこらにいた鬼たちまでもが一瞬硬直する。閻魔に視線を送るも、特に静止はなかった。話してもいいということだろう。


「日本のみならず、この世界そのものを崩壊させかねん災厄── 虚蟬」


「うつせみ……」


「今の妖は知らんだろうが、千年前の世界を生きた者なら知らぬ者はおらん。勿論、この地獄の王ですらも」


 少女が生きたのはおそらく百年かそこらだ。鬼たちも、長くて四百年といったところか。ミツルギからすれば、その程度で世界や人間を知った気になるのも、全能感に溺れるのも滑稽としか言えないが。


「──来たる日、虚蟬が復活した時に……奴が使える手札は潰しておきたい。その為に、こちら側──王を支持する派閥の妖には、人間の殺害を禁じること。それが、千年前に交わされた盟約だ」


 少女は黙る。自らの行いを悔いてのことか、理解しようとしているからなのかは分からない。が、これだけ言っても、紅葉のしたことと、紅葉を庇おうとした彼女の罪の重さを考えれば、あまりにも優しい。


「貴様が人間を殺すことで、虚蟬の手札を潰す以上のなにかは得られるのか?」


 少女に詰め寄る。少女は顔を青くして黙ったまま、俯いている。これ以上は精神に影響を及ぼすと判断し、少女から離れる。


「──とはいえ、我は一介の妖の身──判断は、閻魔大王様に一任しよう」


「うむ……」


 ミツルギが閻魔の横まで下がり、少女は座り込む。その場の空気を見て、ミツルギは上手くいったのだと悟る。少女の不敬は妖たちの反感を買った。下手すれば、少女が晒し首にされるのを避けられないほどに。が、ミツルギと少女──引いては周りの妖に力量差があるのだと闘気で感じさせ、その上で少女を詰る。そうすることで、妖の溜飲は下がり、少女の頭も冷えたことだろう。


「──紅葉が殺害されたことについては、先程白狐が言った通りじゃ。殺害、と言うより祓魔──除霊に近い。あのまま紅葉が人間を殺していれば、鬼族全てを処刑にかけなければならなかった」


 その言葉に、少女は肩をふるわせる。ミツルギの口からではなく、閻魔の口からこれは知らせる必要があった。『処刑』──その言葉に恐怖を抱いたのは、少女だけではない。地獄で罪人に罰を与える鬼たちも同様だ。それでようやく、少女のやったことの清算になる。


「紅葉が命を落としたことは悲しかったじゃろうが──先に手を出したのは紅葉であるということを、忘れぬようにな」


「───────は、い」


 少女が顔を上げ、先程とは違う表情を浮かべる。


 ──恐らく、本当に少女は頭が足りない子なのだ。だから、閻魔に槍を向けた時も、それが何を意味するのかを理解できなかった。噛み砕かれ、わかりやすい罰を言葉にされて初めて、自分の罪に気がついたのだ。


「──して、お主はこれからどうしたいかね?」


「──わたし、は」


 少女が震えた声で紡ぐ。瞳は泳いだまま、手も震えている。あまりに強大すぎる恐怖と自らの行いの愚かさを前に、頭を地につけることしか出来ないほどに。


「お姉ちゃんが殺されたことに納得がいってなくて……」


「うむ」


「でも……お姉ちゃんが、悪かったんですか? 殺されなきゃいけないくらい」


「──そうしなければ、止まらなかったじゃろう。それは、妹であるお主もわかっているはずじゃ」


 紅葉は弱くはなかった。が、あくまで狭い空間の中で強いだけで、ミツルギが相手なら簡単に負けてしまう。技を防御することすら出来ない、鍛錬の怠り具合。それに加えて、後先を考えずに行動するバーサーカーな気質。紅葉を殺さなければ、紅葉は大罪を犯していた。それを、少女も理解できたのだろう。


「────わかり、ました」


「────」


「────!」


 少女が何かを思い出したように顔を上げ、閻魔を──正確には、その後ろの空を見つめる。酷く、動揺したように。


「──なら、誰が?」


「──?」


「集落の鬼を殺したのは、白狐だって言われたのに」


「────」


 言葉の意味を考える。この状況で、少女がミツルギを悪者にするメリットなどなかったはずだ。そもそも、鬼など束になってもミツルギには勝てないのだから。言われた? 誰に、何を? その言葉にしばし思考を巡らせた後、ミツルギは、


「────!」


 嵌められたのだと、気付いた。瞬間、焦燥と後悔と──とにかく色々な感情を隅に追いやり、最速で最悪の答えにたどり着く。


「閻魔──大王!」


「────!」


「この女は囮だ! 今すぐ妖を閉じ込めている檻の鍵を確認し──」


 刹那、爆発音が響く。嫌な予感はしていた。それが少女のことだと思ってしまった時点で、ミツルギは一歩遅かった。そんなふうに悔いながら、そちらを向けば、轟々と立ち昇る煙と共に──


「──ッ! 最悪だ……!」


 悪霊が解き放たれるのを、確認した。

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