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妖殺しの刀  作者: 宮凜猫
序章『待ち続ける狐』
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十四話 白狐の思惑

「──ミツルギ……?」


千秋が刀を握りしめたまま、驚いたように硬直する。

ミツルギが纏う妖力もそうだが、それだけじゃなくて──


「何でここに……てか、なんだその髪」


いつもの綺麗な白髪の中に黒髪が混じっている。

触れようと手を伸ばすも、疲労で体が上手く動かず、倒れ込んでしまう。


「ふん、余計な事ばかりに気づく鼠を三匹ほど足止めしたまでよ。目撃者もいない上閉鎖的な空間だからな。時間停止も怪しまれまい」


ミツルギが何を言っているのか分からず、千秋はぽかんと呆ける。

と、ミツルギが千秋の隣で下駄を鳴らし、千秋の頭を叩く。


「──あれは鬼だ」


「見ればわかるって……」


角が生えたその風貌は、誰がなんと言おうと鬼だろう。

それくらいは千秋にだってわかる。


「──ミツルギ、あのさ」


「ちょっと待ちなさい。アンタ、本気なの?」


千秋の言葉を遮り、紅葉が怒りを顕にそう怒声を響かせる。

ミツルギは感情を伺わせぬ雰囲気のまま紅葉を一瞥し、鬱陶しそうに息を吐く。


「──本気も何も無いだろう。此奴には利用価値があり、今殺すのはあまりに損だ」


「違う、違うわ。アタシがそんな話をしたいわけじゃないってアンタはわかっているでしょう?」


紅葉が黒髪を掻き乱し、苛立ちを顕にこちらを睨みつける。


「──そもそも、何でアンタがここにいるのかしら?外には──そうだわ。アンタが来た方向には、アタシの使いの妖が……」


「なんのことか見当もつかんな。強いて言うなら、侵入するのに邪魔だった故、妖を数匹消し炭にはしたが」


ミツルギの言葉に紅葉は瞳を見開き、怒りに身体を震わせる。


「──呆れたわ。アンタ、本当に格下に成り下がってしまったのね。長い間連合に顔も出さずに……それでも、あの人はアンタのことを待っていたのよ」


「勝手に待っていたのだろう。そもそも、我は確固たる目的がある。そのために、貴様らより此奴の方が有用だと判断したまでだ」


紅葉とミツルギが何を言っているのか、千秋には分からない。

ただ、紅葉の言葉には失望と哀しみ、拭いきれない怒りがあった。

そして、ミツルギからは、昔なくした宝物を追い求めるような焦燥が感じられて。


「お話にならないわね。もう、アンタと話すことなんてないわ。消えなさい」


そう言って、紅葉は瞳に怒りを込めたまま、刀を振るう。


「ミツルギっ……!」


「囂しい。わかっている」


斬撃を片手でいなし、ミツルギは足元に転がっていた椅子を手に取り、それで紅葉の頭を撲り付ける。


「────!」


間合いになんの躊躇もなく入り、相手に確実な一撃を与える。

動揺して隙ができたとはいえ千秋を痛めつけた紅葉にそれほどまでの動きができるミツルギを見て、千秋は再び刀を握る手に力を入れる。


「──ぅ」


「大人しくしていろ。死なれたら適合者を探す手間が増える」


「────」


言われ、千秋は壁にもたれて体力の回復を図る。

刀を持っていると、心做しか回復速度が早まる気がするのだ。

それでも紅葉から受けた傷は未だ塞がらないのだから、生身ならほぼ助からない重傷を負ったのだろう。

そんなことを他人事のように考えながら、目の前で繰り広げられる攻防を静かに見つめる。


「何なの、アンタは!」


「哀れだな、鬼の娘よ。たかだか百年やそこらで我に勝てると慢心してしまったのか?」


紅葉が刀を振り下ろす。

が、ミツルギはその全てを躱した上で紅葉の顔面に蹴りを入れる。

紅葉が苦しそうに呻き、壁に叩きつけられる。

誰がどう見ても劣勢とわかる状況。

本人ですらも、自らの勝ちを信じることは出来ていない。


「──げほ、」


「貴様ら鬼族はいつまで猿真似を続けるつもりだ?」


紅葉の胸ぐらをつかみ、床へと叩きつける。

紅葉が苦しそうに息を吐き出す音と、床が割れる音が交差する。

上手く息を吸えずに動き出せない紅葉を冷たく見下げたまま、ミツルギは紅葉の持っていた刀を手に取る。


「──ぁ、ぐ」


それを目にした瞬間、紅葉は動き出そうとするが、ミツルギに顔を蹴られ、それを一蹴される。


「──ミツルギ、待、て」


「──なぜ待つ必要がある?刀を狙って来た刺客だぞ、此奴は」


「分かってるけど……」


ミツルギの雰囲気がいつもと違った。

だから、紅葉となにか因縁があるのであろうことも、紅葉の持つ刀がミツルギの心に幾許かの漣を生じさせたのであろうことも分かっているけれど、


「──女の子相手に、そこまでする必要ないだろ」


「────」


刀に力を込め、何とか立ち上がる。

血は止まらないが、動くぶんには平気なほどに回復した。

ミツルギは千秋を見つめたまま、何も口にしない。


「除霊するなら、俺がやる。そんな、痛めつけるだけみたいなことする必要ない」


「──理解が出来んな。此奴が何をしたか、まだ分からないのか?」


「────」


「刀を奪おうとした上に、貴様の友人を人質にとった。妖に卑怯だのなんだのと言うつもりは無いが、此奴は敵だぞ。完膚なきまでに痛めつけてから殺すべきだ」


ずっと感じていた、ミツルギと千秋の価値観の違和。

それは最早、どうにもならないものだと千秋は理解している。

生まれた場所が違う。

育った環境が違う。

見てきた景色が違う。

ミツルギと千秋が理解し合うことは、きっとすごく難しいことなのだと。


「──殺すんじゃなくて、除霊だろ」


「────」


ふらふらと覚束無い足元を何とか支え、紅葉の近くへと歩み寄る。


「──ぉ、」


「──え?」


「ど、うして……アタシじゃ、なくて……貴方が、」


小さく、掠れるような声が響く。

鬼は生命力が高いと聞いたことがあるが、紅葉の口からは血が漏れ、満身創痍を絵に書いたような状態だ。

生命力の高さなど、なりを潜めている。


「────」


紅葉を許すとか許さないとか、そんな話がしたいんじゃない。

千秋は、遥斗たちを狙った紅葉を許せない。

卑怯で、何より酷いやり方だ。

でも、千秋はあまりに刀のことを知らない。

形見だから大切だけど、元の持ち主が誰なのかは知らない。

誰のために、なんのために作られたのかを知らない。

それを知ることが、両親を知ることに繋がるのかもしれないけど。


「──殺さないのか」


「──除霊するよ。でも」


今までも、除霊はしてきた。

除霊が妖を殺す行為だとわかっていたけど、被害を留めるためには──大切な人を守るためには仕方ないと思っていた。

だが、妖を殺し、その過去を覗き見る度に、千秋の中でどうしようもなくやるせなさが高まっていた。


「──どうして、言葉が通じるのに分かり合えないんだろう」


「────」


ミツルギが、仮面をからんと鳴らし、感情の揺れを珍しく外面に出す。


「──言葉が使えたとして、殺しが常に浮かぶ選択肢である妖と、貴様のような甘い人間は理解し合えまいよ」


ミツルギの言葉に、千秋はすごく気分が重くなる。

二人も妖を殺しておいて都合がいいことを言うけれど、千秋は妖とちゃんと話し合いたい。

そうでなければ、千秋の中に、殺しが日常的に現れるようになる。

そんな風には、なりたくなかった。


「──そんなことでは、殺されるぞ。人の悪意に」


ミツルギのつぶやきを振り払うように、刀を振るう。

淡い藤色が、鬼の命に手を伸ばす。

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