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妖殺しの刀  作者: 宮凜猫
序章『待ち続ける狐』
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十一話 仮面越しの会話

「起きろ」


「痛っ!?」


 淡々とした声と共に、顔面に衝撃が走る。痛みに悶えていれば、顔を蹴られたのだと分かり、なんとも納得のいかない感情が胸をまさぐるが、文句を言って改めてくれるほどミツルギが千秋に対して好意的とも思えないので、黙ってそれを受け流す。


「どうしたの、ミツルギ」


「客が来ている」


「え?」


 その言葉の意味を考え、それからすぐに玄関のほうへ意識を向ければ──


「千秋ー!!」


「こんな早くに来てよかったのかなぁ?」


「別にいいんじゃねぇの? 千秋は休日寝てばっかだし動いた方が健康的だろ」


 ラフな私服に身を包み、窓から顔を覗かせる千秋に向かって遥斗たちが手を振る。その光景を見て、千秋は暫し状況の把握に苦心し──、


「あっ!!」


「なんだ、騒々しい」


「昨日の夜、遊ぶってラインきてたの忘れてた!!」


 思い出す。鏡の世界で戦闘をした上に自習もこなし、気力も体力もガッツリ削られた千秋が倒れるように布団に倒れ込んだ時に、スマホに確かに通知が来ていた。本当に疲れていたから、適当にスタンプで返答してしまったのだけれど。


「貴様は本当に頭が悪いな」


 ミツルギの冷たい言葉がチクチクと刺さるが、千秋はそれに構わずシャツに腕を通す。スマホを手に取り会話履歴を見直すが、記憶の通り行先は──


「図書館だもんな。ラフな格好でいっか」


 動きやすいシャツとズボンを身にまとい、千秋は急いで玄関へ向かう。腰に着けたベルトに刀を差して。


「ごめん!! 遅れてっ……」


「ううん、私たちの方こそ早く来すぎちゃったもん。ね?」


「そうだよ! 気にすることないって」


「てか、千秋のことだから忘れて寝てたんだろ」


「うっ、図星……」


 雷斗の言葉に項垂れれば、萌奈と遥斗が楽しそうにけらけらと笑う。雷斗の顔に目を向けるも、特段疑いや不信感のようなものは見えなかった。その事実に千秋は安心して胸を撫で下ろす。が、


「おい、貴様」


 突如として耳元に声が響く。隣に狐の面が見え、千秋はその意味を悟る。


「うわっ!?」


「きゃっ」


 驚いて声を上げれば、目の前にいた萌奈が驚いたように肩を揺らす。しかしそれもすぐになりを潜め、いつものように柔らかい笑みを浮かべていたが。


「どうしたの? 千秋くん。私何か変かな?」


「えっ!? あ……ごめん、そうじゃなくて」


 髪を梳いてみたり襟を整えてみたり、萌奈は全身に気を張り巡らせる。恐らくは「見た目に違和感があったのか」と遠回しに伝えているのだと気付き、千秋は急いで首を横に振る。


「虫でもいたとか?」


「えっ、あー……うん。そうそう、虫がいて……」


「本当にビビりだな。お前は」


「雷斗の肝が座りすぎてるんだと思うけど?」


 そんなふうに軽口の押収を済ませ、千秋はミツルギの方へちらりと目線を向ける。狐の面を被ったミツルギはいつも通り感情の見えないままだが、何か用があったのだろう。単純な嫌がらせで話しかけてきたのなら、救えないが。


「──ミツルギ」


 小声でミツルギにだけ聴こえるように言葉を発する。すると、狐の面がからんと音を立てて千秋の横で動く。


「──なんだ」


「何だじゃなくて、何か用があったんじゃ……」


「ああ。貴様に忠告をしにな」


「忠告?」


 千秋が眉を寄せれば、ミツルギが「ああ」と短く言い、柱の近くで千秋を待つ萌奈たちの方を真っ直ぐに指さす。


「貴様の持つ刀は全ての妖にとって都合の悪いものだ。それを滅ぼし安寧を手にせんとするものも、それを我がものとし妖を蹂躙せんとする者もいる」


「長いな……つまりどういうことなの?」


 要領を得ず、よく分からないと言いたげに千秋がミツルギの瞳を見つめれば、仮面の奥の瞳が鬱陶しそうに揺らいだ後、苛立ちをまとった吐息が漏れる。そして、


「──いや、本当は忠告してやろうと思ったが、気が削がれた。忠告してやらん」


「はぁ!?」


 ミツルギの言い分に、千秋は思わず大きな声を上げてしまう。ミツルギの言葉の原因が自分であると、千秋は気付くことがなかったが、その投げやりな言い方に僅かな苛立ちを感じとったのか、それ以上それについて言うことは無かった。


「──仮面外してくれないと、何考えてるかなんて分からない……」


 ──敵なのか味方なのかも、分からないのに。そう、声を掠れさせて呟く千秋の声がミツルギに届いていたかどうかは、わからない。


「──気に食わん」


 そう呟くミツルギの声も、千秋には届いていなかった。


******************


「なんか今日暗くない? 千秋」


 窓の外で桜が散る図書館の中。他に客もおらず、司書も事務作業に勤しんでいるので、小声程度なら私語を許された緩んだ空気の中、遥斗がそう口にする。


「えっ、そんなことないと思うけど……」


「私もそう思ってたなぁ。悩み事? 私たちで良ければ聞くよ」


 萌奈がカーディガンを背もたれにかけながらそう言い、笑う。その笑顔を見て、千秋は息を詰まらせる。

話していいのなら話したい。ただ、ミツルギの話が本当なら、刀は多くの妖に狙われているとのことだ。千秋は頭が良くないから、きちんと理解出来ているかは分からないけれど。とにかく、


「──うーん……悩みってほどでもないんだ。昨日の疲れが残ってるのかも?」


「そうなの? まあ、昨日は色々大変だったからねぇ。いくら千秋くんでも疲れちゃうよねぇ」


「ちゃんと寝たのか?」


 萌奈がそんな風に目を伏せて笑い、その横で遥斗が借りてきた本を机の上に広げるのを横目に、雷斗は呆れたように千秋を見る。正直、千秋が小学生の時に三徹して階段から落ちたという事件を知っている雷斗が気が気でないのは仕方ないことなのだけれど。


「まあ、そんなしんどいわけでもないし、平気だよ」


「そうか」


 そう言うと、雷斗は遥斗が広げた本に目線を動かす。千秋もそっちを見ると、


「──なにこれ」


「すごい、独特だよねぇ……遥斗くんのセンスって」


「独特とかそういうレベルじゃねぇだろこれは」


 千秋が呆れたような声を出せば、萌奈が口元に手を当ててくすくすと笑う。雷斗も千秋と同じことを思ったのか、目を細めて冷たい視線を送っていたが。


「ねー! これすごくない!? 全国にいる妖怪辞典だって!」


 キラキラと瞳を輝かせてそう言う遥斗を見て、千秋は──


「──小学生?」


 純粋無垢な目の前の少年に向かって、そういう他なかった。


********************


「遥斗くんが妖怪とかそういうの好きなのは知ってたけどねぇ……隣町の大きな図書館に来て調べたいことがこれだとは……遥斗くんはいつまでも私を驚かせてくれるね」


 笑いを堪えるように──否、堪えきれていないが、萌奈は遥斗を慈しむような目線で見つめ、遥斗の頭をするっと撫でる。遥斗は構わず本をめくり続けているけれど。


「何だこれ……聞いたことねぇ様なやつばっかりだな」


「確かに……普通こういうのって花子さんとかそういう系なのに」


 遥斗の捲る本には、聞いたこともないような怪異の名前が書かれている。それはどれも、都市伝説の類にあるものではなく。


「色々乗ってるよ! えーっと……顔が見えない、虚ろな妖……快楽殺人を行う鬼……鏡に巣食う少女?

……うーん、でも、名前の部分だけで、説明の部分は読めないよ」


 読み上げる文章はどれも、千秋には関係の無いものだった。だが、最後だけは違った。


「──遥斗、ちょっと俺も読んでいい?」


「ん? いいよ!!」


「あれ? 意外。千秋くんこういうの興味あるんだ?」


「怖がりの癖に」


 雷斗に痛いところを突かれるが、構ってはいられない。ぺらぺらとページをめくる。そして、そこには。


「──読める。全部」


 鏡から腕を伸ばし、生徒たちを鏡の世界に閉じ込めようとした、あの少女についての記述があった。


*******************


鏡に巣食う少女


その少女は、哀れな少女である。

生まれから不完全であったその少女は、多忙な両親に悲しみを覚えていた。

生きているだけで金のかかるその少女を生きておかせるため、両親は寝る間も惜しんで働いていたのだが、幼く愚かな少女はそれに気づくことは無かった。


利用するには?


まずは、彼女の入院する個室に呪術についての書物を置くこと。

そうすれば、彼女の方から動きがあるだろう。

媒介を必要とするであろうから、彼女に鏡を与えること。

恨みで増強されるであろうが、そこまでの戦力としての期待はできない。

好きに動かさせ、死んだとしても捨て置くこ


「────!!」


 思わず、本を机にばんっと叩きつけてしまう。そんな千秋の蛮行を見て遥斗は驚いたように目を見開き、萌奈は不安げに立ち上がった。


「千秋くん? 大丈夫……?」


「──あ、ごめん……。ちょっと、気分が悪くなっちゃって」


「は? おい、大丈夫なのか?……遥斗、窓開けてくれ」


「あ、わかった!」


 萌奈が千秋の背中を摩り、雷斗は不安げにこちらを見ている。だが、違う。違うのだ。


「──これ、は……」


 イタズラならいい。妄想を書き散らかし、それを図書館に置いた誰かがいたなら、千秋はそれを笑い飛ばしてやれる。だが、これはおそらくその類では無い。遥斗が読めなかったのは、これが妖力の込められた文字だからだ。


「……ミツルギじゃないから、細かいことは分からないけど」


 この本は、妖の書いたものだ。そして、文面からして、日記の類いだろうか。恐らくは、普通の文献と共に混じってしまったのだろう。


「──こんなの、呪物だろ」


 そう、青い顔で呟く。とりあえず本を閉じ、深呼吸する。そして顔を上げれば、雷斗と遥斗がこちらを見つめていた。


「千秋……大丈夫?」


「気分悪いなら座ってろ。本は俺が返してくる」


 そう言って雷斗が千秋の手から本を取る。そして、近くの返却機にかけるが、


「──あ?」


「どうしたの? 雷斗くん」


「なんかおかしいんだよこれ……エラー起こして全然読み込めねぇ」


「え? 何でだろ……」


 遥斗が雷斗の元へ駆け寄り、それを見ようとする。すると、


「──?」


 千秋の脳に、なにか違和感が走る。なんだ? なんだ──


「────」


 音がする。下駄の音だ。どうして下駄の音がする? ここは図書館なのに。


「────」


 次に、刀を引き摺るような音がした。その音の意味を考える。考えて──


「────!」


 千秋の視界に、下駄を履いた女が映る。赤髪を伸ばした女だ。それが──


「遥斗!!」


「えっ?」


 遥斗に向かって、真っ直ぐ刀を振り下ろしていた。

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