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8、芋を守る

7月14日、修正を加えました。

 巨大な太陽が沈んで行く。夕陽に染まって、辺りは暖色の世界。


 こういうところはあちらの世界と変わらないんだな。


 畑の脇の畦道に直に胡座をかいて、3本のロープをまとめて腕に巻き付けて、俺はゆったりと田舎の日の入りの風景を楽しんでいた。


「のんびりしてて良いんですか?と聞かれています」


 俺の横では、トールが周囲を警戒しながら立っている。


 表情こそ平常で変わらないが、左手は腰に下げた剣の鞘と柄に置かれたまま微動だにしない。


 トールの向こう側では、農園の主人が顔に不安そうな表情を浮かべている。こちらはオロオロと所在なく動き回り、見るからに落ち着きがない。


 時々トールに何か言ってはまた右往左往。


 見てるとこっちが焦ってくるので、俺は敢えて視界に入れないようにしていた。


「日が沈むまで何も起こらないんだから、待ってるしかないだろ」


 地平線辺りまで広がった広大な畑は、整然と規則正しい形に区画整理されている。その縁に向かって沈み行く巨大な太陽。その際が少しずつ畑の土に飲み込まれて行くその様は広大で、実に見応えがあった。


 俺の返事を律儀に訳して伝えるトール。


 それを聞いてまた農園の主人が何か言う。


 それを訳そうとしたトールに向かって俺は言った。


「いや、あのさ。いちいち訳さなくて良いから。無視しといてよ」


 トールは一瞬固まって「はぁ」と呟き、以降静かになった。


 ただ農園の主人だけが、日が沈み切るまでの間ウロウロと動き回り、何かをブツブツと呟き続けた。


 目の前の大きな畑の中では、等間隔に兵が配置されていた。大きさは大体、学校のプール3個分。だから50×45で2,250㎡。


 この畑の側には家畜の舍は無いが、他と比べて畑自体がかなり大きかった。


 それだけの広さから一気に丸々芋だけを持ち去る方法が、俺には思い付かない。


 順番通りに襲われるとしたら、今夜はここの畑のはずだった。


 念の為だろう、まだ襲われていない他の畑にも何人かの兵が立ち、周囲を警戒しているのが見える。


 ハザン達は、芋を取りに来るであろう魔物を取り押さえる気満々だ。


 けれども俺は、今まで聞いた様子からそれが難しそうだと思った。なので、逆に持ち去られる芋の方に注視してみる事にしてみたのだ。


 そこで、腕に巻き付けたロープだ。


 ロープは俺の腕から伸びて、畑の土の中へと続いている。先は、蔓と繋がったまま掘り出した芋に結び付けて、そのまま埋め戻してある。


 つまり、芋で魔物を釣る感覚だ。


 そもそも先行して来ていた兵達が、何度も魔物を捕らえようとして失敗しているのだ。俺みたいな何の変哲もない高校生が、捕らえようとして捉えられるものでもないだろうし、第一同じ事を繰り返す事に何の意味も感じられない。


 違う事、試してみないとな。


 


 日が沈んだ。辺りが暗くなる。


 と、


「ックシュ!」


 俺はくしゃみをしてしまった。


 突然の音に、辺りの兵全員が俺を見る。


「大丈夫ですか?」


 トールだけが俺を見ずに、周囲に目を配りながらそう聞いた。


 特に返事を期待している訳では無いだろう。そう思って、俺は何も言わずにおく。と言うか、返信をする事が出来なかったのだ。


 最初、日が陰った所為で冷えたのかと思った。実際少し寒くなったし。


 だがしかし、それにしては俺のくしゃみは止まらない。


 連発して出る上に、鼻水も出て来た。おまけに目も痒い。


 これは、間違いない。


 花粉によるアレルギー症状だ。


 俺は上着のポケットからハンカチを引っ張り出して、広げて三角にして鼻と口を覆った。目は剥き出しだが仕方が無い。


 何故急激に症状が出始めたのかは分からない。俺だけがこんな事になっている状況に納得は行かないが、ハンカチのお陰で多少はマシになる筈だ。


「ぁー・・・」


 俺は変な声を出しながら、落ち込んだ気分を持ち上げるように頭を左右に振った。


 その時だった。畑に動きが現れたのは。


 兵達が互いに声を掛け合いながら抜刀し、千鳥足で動き始める。


 目線は宙を仰いて。


 トールも抜刀した。が、そのまま動かず、周囲に緊張を走らせる。隙なく集中する顔が、怖い。


 横で農園の主人が蚊の鳴くような声を出して腰を抜かした。何も無い宙を指差し、何事かを呟いて、両腕で頭を守るようにうつ伏せに抱え込む。


 畑のど真ん中にハザンが立った。仁王立ちで宙を見詰める。そこにいる兵達の誰よりも大きな剣を抜刀し、盾を前に出し、声と共に気合いを入れた。


 と、ハザンの体から光の粒が飛び出す。無数の光が周囲に散らばると、次の瞬間再びハザンに向かって集まり、集まった分強くなった光が弾けてハザンの中に入った。


「何だ?」


 誰にともなく、俺は声に出してそう聞いた。トールが答えてくれる。


「ハザンの『挑発』です。周囲の羽虫をまとめて自分に集中させるつもりでしょう」


「羽虫?」


 そんなの、どこにも居ないのに・・・。


 思いながら疑問を呟いた瞬間、突然強い力で腕を引っ張られた。


「うわ!」


 ロープがピンと張り詰める。土の中に向かって俺は引き摺り込まれそうになった。慌てて踏ん張ろうとしたものの、引く力が強くて一瞬で畦道から畑に移動させられてしまう。


「アキラ!」


 気付いたトールが俺の胴を抱えて押さえた。


 3本あるうちのロープの2本が、針の外れた釣り糸の様に戻って来る。結び付けていた芋から外れてしまったのかも知れない。


 残り1本になったロープを綱引きの要領で両手で引っ張る。が、本数が減っても引く力は衰えず、俺は支えるトールごと、土の中に引き摺り込まれてしまった・・・。




 ドサッという音と共にどこかへと落っこちた。暮れて間もない屋外と比べてここは、まるで光の無い暗闇。


 立ちあがろうと両手を付く。自分の下にあるのが、積もった土と芋の山だという事は感触で分かった。


 頭上からは、ぱらぱらと土が落ちて来て、時折ドサッと多量の土と芋が落ちて来る。


 パラパラ、ドサッ、パラパラ、ドサッ。


 その不定期に落ちて来る土と芋のウェーブの中、運悪く大きめの芋が俺の頭に当たった。


「イテッ」


 声を上げると、少し離れた所からシュッという音が聞こえて、周囲が少し明るくなる。


「アキラ、無事ですか?」


 音の出所を見ると、発煙筒の様なものを持ったトールがいた。


「ああ、無事だ」


 俺はその発煙筒の明かりを頼りに周囲を見回した。土と芋と、そしてトールの他には何も無い。


 ただの空間。


「何だココ」


 言いながら立ち上がり、とりあえず芋と土の降り落ちて来ない場所に移動してから上を見上げる。


 小さく星の様に明るく見えるのは天井に開いた穴だろうか。


「・・・!」


 突然、息を呑む様な小さな声が聞こえた。


 驚いて振り向くと、今まで何も無かったはずの場所、ただの空間の、その隅っこに少女が立っていた。


「えっ?」


 急に湧いた少女に驚いて、俺は声を漏らした。


 トールが少女と俺の間に立ち庇い、剣を構える。


 少女はもう一度息を呑んで、怯えた顔をした。


「待ってトール、この子・・・」


 その少女には見覚えがあった。


 昼間、いじめられていた『転生者』の女の子を、遠巻きに見ていた子。


 村の子供だった。


 トールもそれに気付いたのか、構えた剣の剣先を少し下げた。


 と、その時、意を決した様に少女がこちらに向かって何かを撒いた。


 キラキラと発煙筒の明かりに反射して光る大量の粉。


 途端に、俺はくしゃみを連発した。


 アレルギー反応の原因はこれだ。


 少女の撒いた量が多くて、ハンカチの間から口や鼻に侵入し吸い込んでしまう。目が痒い。鼻もむず痒い。くしゃみと涙が止まらない。


「クッ!」


 トールの呻く様な声が聞こえた。


 俺は、目を擦りなら顔を上げてトールの方を見て、そして驚く。


 その空間いっぱいに、今迄影も形も無かった筈の羽虫が舞い広がっていたのだ。


「何だコレは」


 呟いて目を凝らす。


 気味悪いな。


 そう思いながら手を伸ばすと、俺の手から逃げる様に羽虫が避けて行く。捕まえようとする度に軌道を変えて、羽虫に触れる事が出来ない。


 ・・・変だな、と、思った。


 こんなに大量にいる。


 そこらじゅうに広がり飛び回るのは、虫自体がパニック状態になっているからなのだろう。


 なのに賢く逃げ回り、捕らえる事が出来ない。触れる事も出来ない。


 矛盾を感じる。


 頭の中で、いくつかの光景と言葉が浮かび、重なる。


 何も無い宙を仰ぐ兵達。宙を指差し、怯え、疼くまる農園の主人。何もいない宙に向けて挑発を掛けるハザンと、トールの言葉。


「ハザンの『挑発』です。()()()()()()まとめて自分に集中させるつもりでしょう」


 俺だけハンカチで口と鼻を覆っていたから、()()()()()()()()()()


「幻覚だ。トール、吸い込むな」


 言って俺は、ハンカチを手で押さえて隙間を無くした。


 トールは俺の声に反応して、口と鼻を袖口で覆う。すぐに羽虫が見えなくなったのだろう。状況を理解したトールは、懐から布を取り出して口と鼻を覆い、頭の後ろで縛った。


 クリアになる視界。それによって、羽虫に隠される様に見えなくなっていた少女が、よく見える様になる。


 少女と、その少女を守るようにその前に浮かぶ、巨大な『蛾』。


「『魔物』です」


 トールが言った。

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