7、禁断の果実
7月13日、修正を加えました。
「雷神って呼ばれてるの?」
水を飲みながら俺は聞いた。
「・・・顔赤いですよ・・・」
トールにそう返されて、ブッと水を吹いてしまった。
「見るな。勝手に赤くなってるんだよ。初めてだったんだからしょうがないだろ・・・」
濡れてしまった口を拭きながら俺はそう言った。
それを聞いて、トールがガタッと音を立てて腰を浮かして俺を見る。
「も、申し訳ない。初めてだったとは・・・。あの子にそんな素振りを全く感じなかったから反応出来なかった・・・。次からは、お守りします」
そう言って頭を下げた。
「え、待って。何言ってるんだよ。別にトールがそんな、責任感じることじゃ無いし」
「いえ、要人警護が近衛の仕事です。私は今『召喚者』であるアキラの警護を任されています。よってアキラの身と貞操を守るのが務め。相手が小さな子供とはいえ『転生者』です。性的対象という考えが及ばなかった私の落ち度」
「いやいや、性的対象ってやめてくれよ。俺ロリコンじゃ無いし・・・。全然、ノーカウント、だよ・・・」
言ってて何だか虚しくなってくる。
「では、以降このような事があっても対処しなくてよろしいでしょうか?」
真面目にそんな風に聞かれて、恥ずかしいやら情けないやら。
俺は、悩みに悩んで、頷いた。
「まあ、そんな事はどうでも良くてさ。トールは・・・」
俺は改めてさっきの質問をしようとした。けれども質問の言葉を言い終わる前にトールは話し始めた。
「私の祖父は『転生者』で、『トール』という名は祖父が名付けてくれました。あちらの世界の神話に出て来る軍神・雷神の名なのだそうです。私は三男で、家督を継がず兵役に付くのが産まれながらに決まっていましたので、強い兵になるようにとそう名付けられました。近衛になる以前は第2騎士団の弓兵をしていました。私の射る矢が誰よりも速く、まるで雷の様だと言われ。それで、分不相応では有りますが雷神と呼ばれる様になったのです」
しっかりと聞く前に答えてくれた。何だかさっきの女の子と話す前に比べて、トールの表情が割り切った様に見える。
続けて俺は聞いた。
「爺さんが『転生者』だから日本語を?」
「はい。2人の兄とは違い、政治的な事には関わらないだろうと。日本語に留まらず日本の歴史や文化、それに転生後のこちらの世界での事を色々と教えられました」
「政治的な事に関わる場合は、色々教えられない理由とか、聞いても良いの?」
「祖父は『転生者は禁断の果実だ』と言っていました」
禁断の果実とは、有名なアダムとイブのあの話の事だろうか。
アダムとイブは禁じられていた知恵の実を食べてしまった事によって無垢を失い、そして楽園から追放され死すべき定めを負う。生きるには厳しすぎる環境の中で苦役をしなければならなくなる。
「『転生者』の知恵によって文明の進化は加速し、人は多くを知って純粋さを無くし、やがて人が人を騙し殺め、純粋な『魔物』の住めない世界になる。代償の方が大きな世界がやって来るだろうと。それを防ぐ為に、『転生者』を迫害するのもやむを得ない。そう言っていました」
・・・。
トールの話を聞いても、今ひとつ納得出来ない。そう思ってしまうのは、生まれ育った環境の差、なのだろうか。
「今回アキラの警護に選ばれたのは、日本語が堪能だからという一点のみによりますが、言葉以外にもお役に立てる事があると思います」
「役に立てる、ね」
意味深な感じで俺がそう言うと、トールは改まった感じに座り直して俺を見た。
「今この地で起こっていると思われる『魔物』の活性化の現場は、村の南部の根菜の畑です」
ずっと、聞きたいと思っていた事を教えてくれる。その事に俺は驚き、口を開けて固まってしまう。
「ハザンは我々とは別動で、王都から派遣されていた兵を編成して詳しい調査に向かっています。今の所、人への被害は有りませんが、畑の作物と家畜の類がかなりの数消えてしまったと」
「・・・何で、急に教えてくれるの?」
ビックリして聞いた。
「先程『転生者』の言葉を聞いて、考えを改めました」
さっきの女の子との話の最後を思い出す。
「管轄が違うとかって言ってたっけ?」
「はい。この世界には多くの『神』が存在します。祖父は『転生者』の管理をしているのは1人の『女神』だと言っていました。生まれ変わる度にその『女神』と話すのだと。アキラ、貴方はここに来る時に『神』に会いましたか?」
会った記憶は無かった。俺は左右に首を振る。
「ではやはり、アキラには別の意味と、使命があるのでしょう。アキラが呼ばれ、そのアキラの元に私とハザンが呼ばれた。先程の危機にはノワ様が呼ばれた。これにはやはり、大きな意味を感じます。アキラがすべきと考える事に、私は従います」
そう言って、俺の前で立ち上がり、その場で片膝を付く。見上げる様に俺を見た。
頭の中で、ロープレゲームの仲間が増える音楽が鳴った気がした。
「ここが、昨夜活性化した魔物が暴れたと言う畑です。収穫間際だった芋がゴッソリと消えて、横の牛舎の牛全8頭、全てが消えました。先行していた兵達が張込みをしていた所、日没とほぼ同時に羽虫の群が現れ、慌てているうちに何か大きな『魔物』が現れて、気付いたら芋と牛が消えていたとの事」
細い畦道に仕切られた畑が整然と並ぶ広い農園だった。本来ならば鮮やかな緑の葉が輝いていただろうそこは、無惨にも大勢の兵達に踏み荒らされて、砂まみれの千切れた蔓や葉っぱで散らかってしまっている。
横にある牛舎のドアは外れて横に立て掛けてあり、半分以上が割れてしまっている窓は全開にされて、舍の向こう側の無事な畑が覗けた。
畑の中も外も、ざっと見た感じ兵達以外の足跡は見当たらない。牛舎の方も同じだった。
「大きな『魔物』はどの辺にいたの?」
俺が聞くと、農園の持ち主のオッサンにトールが聞いてくれた。そして通訳して俺に教えてくれる。
急に名探偵にでもなった気分だった。忠実な助手を従えて、事件の解決に挑む俺。
遊びじゃ無いのは分かってる。実際に多くの人が被害に遭って困っているのだ。真剣に向かわなくてはならない。しっかりと分かっている。
けど・・・。
俺は、自分に自信が無かった。そもそも俺で合ってるのか?という疑問が付き纏って消えない。
俺は警察でも探偵でも無い。単なる高校生だ。そんな俺が、突然ホンモノの事件を解決する為の中心人物になる。
でも、と、俺はトールを見た。
俺の為に一生懸命になってくれるトール。俺を頼ってくれる農園の人。
出来るだけの事を、やってみよう。
俺は、そう思った。
「急に畑の真ん中に現れて、そして牛舎に行って、気が付いたら居なかったと」
何だかよく分からない。
「とにかく羽虫が凄くて、何も見えなかったのだそうです」
「その羽虫は『魔物』が出る時はいつも出て来る?」
「いつもだそうです」
「『魔物』が出ない時は?」
「出ない時は居ない、と」
「ふーん。一回見てみないと分からなそうだけど」
言いながら俺は周囲を見回した。
急に湧いて出るのか、それとも何処かから移動して来るのか、もしくは目立たない状態でここまで移動して来てから、ここで大きくなるなり増えるなりして目に見える様になるのか。
沈みかけの日の方向に、こんもりとした木に覆われた低い山があった。反対側は見渡す限り畑。山側の畑から順番に襲われているのか、昨夜襲われたここから山の反対側へと続く畑は無傷だった。
「山側から順番に襲われた?」
「そうだとの事」
「・・・山に行ってみても良い?」
聞いて俺達は山へと歩き始めた。
山に着く途中でハザンに会った。俺達を見て驚く。そしてトールにこっちの言葉で詰め寄った。それに対して日本語で言い返すトール。
「アキラが調査に参加したいそうだ。だから連れて来た」
その言葉が頼もしい。が、ハザンも引き下がらない。トールの言った、ハザンが日本語が分かるのに話さない理由を思い出す。国の保守的な体制の意味が、今ならよく分かる。ハザンに悪気がある訳では無いのだ。ただ、この国の為にやっているだけ。
が、だからと言って引き下がる訳には行かない。俺がこの世界に呼ばれた意味が無くなってしまう。
らしい。
そのまましばらく言い合いになった。それは、こちらからは日本語、向こうからはこちらの世界の言葉。俺からしてみたら一方的に言いたいことを言うだけの、ある意味不毛な一人芝居みたいな感じだった。結局最後まで和解には至らず、俺とトールと農園の主人の組と、ハザンと兵達の組とに別れて、それぞれのやり方で一晩張込みをする事になったのだった。