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6、転生者と召喚者

7月13日、修正を加えました。

「『蚊帳の外』って言葉知ってる?」


「・・・」


「分からない?じゃあ『村八分』とか『爪弾き』は?知らない?」


「・・・全部分かります・・・」


 俺の前で、トールが額に汗を浮かべながら引き攣った笑顔でそう言った。


「分かるんだ。じゃあさ、何で俺が今こんな事を聞いてるか、理由分かる?」


 トールは、俺に問い詰められてガックリと肩を落として頷く様に俯いた。そして目を閉じて下を向いたまま動かなくなる。


()()俺、この世界に呼ばれたの?」


「・・・復活したと思われる『魔王』討伐の、為・・・」


「『魔王』を討伐するのは、何の為?」


「・・・『魔物』の活性化の増加を食い止める、為・・・」


「じゃあさ、『魔物』の活性化の調査に俺が参加出来ないのは何で?」


「・・・」


 小声で答えていたトールが、無言になる。何度聞いてもここで止まる。


 神殿の入り口で待たされた後、中から出て来たハザンは王城から調査の為に派遣されていた兵を編成して雨の中調査に向かった。


 俺と一緒に残ったトールに聞いても、詳しい場所も、何があったのかも、どう調査するのかも、何を聞いても教えて貰えない。


 ただ『待っていて下さい』と言われるだけ。


 『魔王』を倒して帰れるんなら早く帰りたいし、耀がどうなったかも気になるから探したい。俺と耀を呼び出した張本人である国王に会うまで、俺は何もしてはいけないのだろうか?


 何も出来ない『今』に苛立つ。


 その苛立ちを、俺はトールにぶつけてしまっていた。


「俺に教えちゃいけない理由があるの?」


「・・・」


 無言のままのトールを見ているのがちょっと辛い。こっちが悪いみたいな気分になってくる。


 俺は溜め息を吐いて水を飲んだ。


 今いるのは宿屋の食堂。


 2階と3階が個室で、1階が食堂と受付と、雨風だけ防げて床に雑魚寝する大部屋。


 俺達は2階の端に一部屋借りて、村に滞在している間交代で休む事になった。


 窓際の席で、目の荒いパンみたいな穀物の団子と、炙った干し肉みたいなのを齧った。粉の味と獣臭い油の味しかしない。お世辞にも上手いとは言えないその食事を、喧嘩腰で口に運ぶ。楽しい要素なんて一つも無い。


 ただ、水だけが美味かった。


 窓から外を見る。雨は弱いまま降り続き、水捌けの悪い中央広場のあちこちにデカい水溜りを作っている。悪天候なのに人通りはそれなりにある。神官や農作業の野良着を着た人、工具を持った職人、それに子供が沢山遊んでいた。


 雨なのに。


 その遊んでいる子供達のうち、広場から薄暗い細道へと繋がる境目辺りの一塊りの様子が少しおかしい事に、俺は気付いた。


 薄汚い格好をした小さな女の子が、周りの少し大きな子供達に囲まれている。髪を掴まれ棒で突かれ、そのうちに足を掛けられて転んだ。転んだ所がたまたま水溜まりになっていたのか、派手に水飛沫があがる。それを見て笑っているであろう周りの子供達は、それぞれに足で水を蹴り上げて小さな女の子に引っ掛けていた。


 そんな様子が見えていない訳が無いであろう周囲の大人達。けれども誰もそれを止めない。当たり前のことの様に見逃し、みんな自分の仕事に忙しそうに動き回っている。


「何だアレ・・・」


 言って俺は立ち上がった。トールと、テーブルの上に置かれた籠の中のトカゲが、立ち上がった俺を目で追う。


「アキラ?」


 呼び掛けてくるトールを無視して、俺は外に出て子供達の所へと走った。


 弱い雨は気にならない。俺は一直線に子供達の中に突っ込んで、水溜りの中で泥まみれになっている女の子を立たせた。


 キャッキャとはしゃぐ様に楽しく声を上げていた周りの子供達がシンと静まり俺を注視する。


 当の立たされた女の子は、俺の事をポカンと口を開けて見た。


「大丈夫?」


 日本語でそう話し掛けてから、通じない事を思い出す。


 そうだった・・・。


 トールに助けを求めなければ、と思う。


 なんだかんだで現状、俺は1人で何も出来ない状態だという事を思い知る。


 間の抜けた顔で口を開けていた女の子の目が見開かれた。周囲の子供達も、驚いた表情で俺から一歩距離を取る。


 この世界の人達の日本語に対する正しい反応。


 が、


 次の瞬間、驚かされるのは俺の方だった。


「お前、日本語話せんの?てか見た目日本人じゃん?え?制服?ナニ?高校生?」


 俺を指差してそう喋る女の子。


 失礼だ。けど、そこじゃ無い。


 この子、日本語喋ってる。


 しかも・・・。


 トールやさっき会った神官や最初に会った手から糸を出す女の子は、日本語を話すことが出来るがイントネーションが不自然で、何というか()()日本語だった。西洋風ゲルマン民族っぽい外見から想像される、来日2年目日本語頑張って覚えました的な感じで、それはそれで俺的に何となくしっくりと来ていた。


 それに比べて、目の前の女の子が喋る日本語はとても自然で、外見が思いっきり外人の子供なのに、逆に違和感が半端ない。


 しかも、なんかギャルっぽい。


「えと、大丈夫・・・?」


 日本語云々では無くて、ギャルっぽいという事実に、内心汗だくだくになりながら俺はそう聞いた。


「何が?」


 ドロドロの格好で、何事もなかった様にあっけらかんと言う女の子。


「いやさ、どつかれて転ばされて泥水掛けられてたから」


「あー、別に」


 含み笑いをして指先に髪を絡ませながら上目遣いに俺を見る。その仕草が、何だかモーションを掛けられてるみたいに感じてしまう・・・。


 そこで、トールが俺を追いかけて小走りにやって来た。


 その姿を見て、いや、その鎧を見て、周囲の子供達が騒めき、お互いに顔を見合わせながら気まずそうにして散って行った。


「近衛の前では流石にイジメないんだな、アイツら」


 散って行った子供達を見てそう言う女の子。


 近衛騎士は、この国では警察や警備員の様な存在なのだろう。彼らの前では、悪い事は出来ないといった所か。


「・・・『転生者』か」


 俺と、女の子が日本語で喋っているのを見てトールがそう言った。


 ・・・聞き逃せないワードが出て来た・・・。


 『転生者』って何だよ。益々ファンタジーだ。




「まともな物食べんの久しぶりだわ」


 雨も降っていたので、女の子を連れて食堂に戻った。そして、空腹だと言うのでさっきまで食べていたのと同じ団子と肉を追加注文してあげた。


 トールが。


「味しなくない?」


 全く美味しいとは思えなかったそれらの食べ物を、嬉しそうに頬張る女の子の姿に、俺は呆れ半分哀れみ半分と戸惑いを掛け合わせたような複雑な気持ちを抱いた。


「しなくは無いよ。粉と油の味がする」


 ぺろりとそれらを食べ干すと、実に美味しそうに水を飲んだ。そして「あー」とオッサンみたいな声を出す。


 気に入ったみたいなので、俺の皿の上の食べ掛けの団子も上げた。


 干し肉の方は、小さく千切ってトカゲのカゴに入れてみた。トカゲは匂いを嗅いで一度咥えてから下に置き、顔を背けてしまう。


 硬かったのか?と思い、一度取り出して指先で柔らかくほぐしてから入れ直す。と、今度は食べた。食べて首を傾げてから俺を見て、そして丸くなって目を閉じた。


「イケメン2人と食事出来て幸せだわ」


 食べ掛けの団子も食べてしまうと、女の子はそう言って袖で口元を拭って笑った。


 イケメン云々は社交辞令と無視して、満腹になったであろうタイミングで俺は聞いた。


「『転生者』って?」


 聞くとトールが固まる。


 固まったトールを見て、女の子は首を傾げた。


「日本語喋ってるのに知らないの?アンタは『転生者』・・・じゃなさそうだよね。見た目そのままだし。もしかして()()されたとか?聞いたことないけど」


()()されたのかも知れない」


 そう答えると、女の子は俺を見てケラケラと笑った。


「自分の事なのに分かんないの?なんかダサっ。私は『転生2回目』だよ。『真ん中』に産まれるのは初。たったの2回だから私もそんなに詳しくないけどさ、『転生者』ってのは日本で死んだヤツっぽいよ?」


 あっけらかんとした喋り方に好感を持てた。包み隠さず、知っている事を何でも話してくれるその姿勢が、今迄この世界に来てから出会った人とは圧倒的に違っていて気持ちが良かった。


「漫画みたいに、死んでこの世界で産まれ直す感じ?」


「そそ。結構居るみたい」


「なら俺と違ってこっちの言葉も分かるんだ・・・」


「そこ羨ましがるんだ、ウケる。分かるよ。言葉分かんないとか不便じゃん」


 楽しそうに笑う彼女の顔に青痣がある。悪いと思いながらも、自然と目がそこを見てしまう。


「ああ、コレ?」


 俺の視線に気付いて彼女が自分の顔の痣を指す。


「日本で死んで最初に『転生』した時、つまりここに来る前はもっと南の方の国に生まれてさ。そこは『転生者』に優しい国だったんだよ。新しい知識をもたらしてくれるからって、ありがたがられて。私なんかバカだけど、だからってキツく当たるヤツなんて1人もいなかった。けどさ」


 そこまで言って、彼女は自分の手を見た。小さな手は荒れ果てて、栄養不足なのか細く、爪もボロボロになっている。


 酷い扱いを受けている感じだった。


「『真ん中』は『転生者』にキツいって話は聞いてたんだ。有名なんだよ。酷い扱いを受けるって。だから向こうで死んで、新たに生まれたのが『真ん中』だって分かった時は絶望したよ。赤ん坊ながらに」


 俺はトールを見た。トールは表情の無いまま頷いた。


 俺は何となく分かった気がした。日本語を喋る俺を見る度に、顔を背けたり距離を取ったりされる理由。


「身包み剥がされてマワされて、通りの真ん中にでも捨てられるのがオチかと思った」


 凄い事を言うなと思って、でもそのまま黙って聞いた。


「でもそういうんじゃなかった。単にハズされてシカトされて、軽く嫌がらせされる程度。たまにさっきみたいに囲まれる事もあるけど、全然ヌルい。子供騙しなゆるーいイジメだよ。要はさ、ここの連中は善人なんだよ。『悪い』事を知らない田舎者」


「『真ん中』の国民性として目指す所がそれです。田舎者は心外ですが、イノセントで思いやりのある、助け合い精神を大切にする人間性を育てています」


 トールがそう言った。それを聞いて女の子は鼻で笑う。


「そんでイジメを奨励すんの?矛盾してない?」


「『転生者』は危険です。受け入れることによって国がどうなって行くか、ご存知ですよね?」


「危険ねぇ。何かを得れば何かを無くす。そんなの当たり前じゃん?怖がってるばっかりじゃ何も変わんないよ」


「変わらなくて良いのです。我々は、この国民性を守る為、日々努力しているのです」


「・・・」


 段々と言い合いのようになっていってしまった。女の子とトールの間で俺はオロオロしてしまう。ヒートアップしつつも、そんな俺の様子に気付いて女の子が言葉を止める。見た目は幼いが、3人の中で恐らく一番人生経験が豊富なその女の子が場の空気を変えた。


「まぁ、その守られている善人気質のお陰で、この国は平和で争いが少ない。心の美しい人ばかりだから、『魔物』も『活性化』しない。『魔物』にとっても良い国だからみんなここに集まって来る。今じゃ人がいる土地で『魔物』が住めるのはこの国くらいだしな」


 肩をすくめてコップを持ち、中の水を一気に飲み干す。


「行くわ。沢山ご馳走様。帰りが遅いとまた殴られるから。あの母親(ひと)、殴っといて後で泣くんだよ。だからあんまり殴られないようにしてあげないといけないんだ」


 女の子は立ち上がってニコッと笑った。


「今日は久しぶりに日本語話せて楽しかったよ。アンタさ」


 そこまで言ってトールを見る。


「近衛なのに日本語上手いのな。聞いた事あるよ、アンタの噂。()()って呼ばれてんのアンタ?」


「・・・ええ」


 トールは、また表情を変えないままで答えた。


「どうせ、()()()も『転生者』とおんなじ様な扱いしてんだろ?それ、違うと思うよ?」


「・・・違う、とは?」


 トールが眉を顰めて聞く。


「管轄が違うんだよ。アンタなら分かるだろ?」


 女の子はそう言った後、俺を見た。そして指差す。


「名前なんだっけ?」


 別れ際に名前を聞くという・・・。


「アキラだけど」


「アキラね、覚えとくわ。アキラ今めっちゃ悩んでる顔してる。でも、アンタは自分の思う通りに動けば良いんだよ。それが使命だ。ガンバレ」


 そう言って俺の横まで来て、俺の頬を荒れた小さな手で挟んで自分の方に向けて唇にキスをした。


「なっ!」


 何すんだこのガキは。


「イケメンの唇、頂き!」


 そう言い残して、女の子は逃げるように出て行った。

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