4、小さくてもトカゲは火を吹く
7月13日、修正を加えました。
天気は良かった。晴れた空は青く、雲ひとつ無い。晴天である。
「良い天気だ」
ポツリと呟く俺。
邸宅の正面口は酷い有様だった。
扉は外れて、エントランスのインテリアはグチャグチャ。陶器の類は、ほぼ全部粉々になってしまっている。
正面門から続く生垣は、根っ子から抜けて裂けているか、もしくは炭灰と化しているか、そうで無ければまだ燃えていた。
火を吹く大トカゲ、なんてモノが出たんだ。仕方がない。
第3夫人に支えている使用人や護衛の兵隊達が片付けをしている横で、トールとハザンが出立の準備をしながら立ち話をしていた。
邸宅の使用人から馬の手綱を受け取り、その使用人からトカゲが暴れ始めた時の様子でも聞いているのかも知れない。
ハザン、トール、そして使用人、話す3人の横の、厩の柵の上に、俺は座っていた。
3人の話す言葉が分からず、ボンヤリと準備が終わるのを待っている。
俺の呟きに反応して、使用人が俺の顔を見た。
その視線に気付いて使用人を見ると、そいつは嫌な顔をして俺から目を背ける。
「・・・」
こちらに来てからというもの、ずっとこんな調子だった。
俺の声を、話す言葉を、聞く度に顔を顰め背ける人々。
みんな日本語にアレルギーでも持っているみたいだ。
何だか、やってらんないな・・・。
口を尖らせて、頬杖を付いて、俺も使用人から顔を背けた。
顔を背けた先で、何かが日光を遮った気がした。
空を見上げると、晴天の空に白い点が見える。
見ていると徐々に大きくなり、それが近づいて来る鳥だと言う事が分かった。
鳥は、迷う事なく一直線に落ちて来て、ハザンの肩の上に止まる。
俺は、体を傾けて、覗き込むようにしてその鳥を見た。体は鳩なのに頭だけ羊みたいだった。その予想外のフォルムにちょっと驚く。が、トカゲが巨大化して火を吐く様な世界だ。そんな奇妙な鳥がいても、おかしくはないのかも知れない。
見ていると、その鳥は俺を見た。視線が合うと、俺を威嚇する様にオギャアと鳴いた。
鳴き声は人の赤ん坊のようだった。
ハザンは、その鳥の鳴き声を無視して足元に手を伸ばす。そこには、筒のようなモノが取り付けられていて、開けると中から細く巻いた紙が出て来た。
手紙みたいだった。
という事は、この羊みたいな鳩は、いわゆる伝書鳩といった所だろうか。
ハザンはその手紙にひと通り目を通すと、そのままトールに渡す。目を通すトールと少しやり取りをし、鳥はその様子を確認して飛び立った。
手紙の差出人のところに戻るのだろう。
「アキラ」
徐々に小さくなって行く鳥の影を目で追っていると、トールに呼ばれた。
「ここから半日程移動した所で、活性化した『魔物』の目撃証言があったと王城から連絡が入りました。私達に調査を命じています。すみませんが、一緒に来て頂けないでしょうか」
王城に向かい王に会う。
その約束事を実行出来ていない事に、トールは少なからず申し訳ない思いを抱いている様だった。
「良いよ別に」
俺はそう答えた。
トールは、どうやら他人に気を使う優しい人柄の様だった。
「申し訳ない。王城には調査の後向かう」
俺に対して、常に下手に出てくれる。明らかに歳下で弱々しいと言うのに。
それがトール本人の性格故なのか、はたまた何か訳あっての事なのか。それは追々分かってくる事なのだろう。
ハザンが騎乗する。トールの手に使用人が手綱を渡した。
2本ある・・・。
当然渡された馬も2頭。俺の分の馬を調達してくれたようだ。
ああ、また乗るのか・・・。
その思いが顔に出ていたのか、トールが俺を慰める様な表情で優しく肩を叩いた。
「すぐ慣れますよ」
落胆する俺を、そう言って励ますトール。
やっぱり、単に優しい人なのかも知れない。
その時、草むらの中で何かが動きカサカサと音を立てたのだが、俺は気付かなかった。
「ノワ様は現国王の妹君の息子、つまり甥に当たられる方です」
道中、両脚の疲労感と再び戦う俺の為に、2人は時々休憩時間を儲けてくれた。
その間木陰に馬を繋ぎ、その横に腰を下ろして俺は腰と脚を揉む。普通に痛い。
その休憩中、トールが俺に教えてくれた。
「訳あって王家を離れ平民に降られた王妹セシリア様と、『外側』の『神族』との間にお生まれになった大変尊いお方です。なのに、あの様に気さくで、懐っこい性格をしておられます」
言いながら顔を上に向け、目を閉じて頷くトール。
どうやらトールはノワに憧れを抱いているみたいだ。
確かに、とてつもなく強い奴なのだろうという事は俺にも分かった。ハザンとトールの2人に加えて、あの邸宅の護衛の兵隊達が寄って集っても手を焼いていたトカゲを、あっという間に鎮静化して無力化してしまったのだ。
俺なんかよりも、余程召喚されるに相応しい存在だと思ってしまう。いや、召喚されるまでも無く、既にこの世界に存在しているのだから、ノワが1人いればそれで良いのではないだろうか・・・。
そんな事を考えながらも、俺は、気になるワードがいくつか登場したのに引っ掛かりを覚えた。
『外側』?『神族』?
「『外側』って?」
よく分からないワードが出てくる度に俺は質問した。トールはその一つ一つに丁寧に答えてくれた。誠実で根気の良い、そして面倒見の良い性格をしている。
「世界はこの『真ん中』を中心に、周囲にいくつかの国や、人の住めない土地が点在しています。そしてその外周、世界の端には『高い壁』が有り、その向こうが『外側』です」
トールは、落ちていた枝で地面に簡単な地図を描いた。小さな丸と、それを囲む大きな丸。大きな丸の外側に枝を何度かトントンと突いた。小さな丸が今いる『真ん中』で、大きな丸が世界の端にあるという『高い壁』なのだろう。
「『高い壁』は果てなく高く、何をもってしても越えることは出来ません。東西南北に4つの『門』があり、『外側』との行き来は『門』を通る事で可能です」
覗き込む俺の顔を確認しながら、大きな丸の上下左右に4つの点を打つ。
「行き来が可能、とは言われていますが・・・。『門』の『外側』は神々の住まう地、人の暮らせる世界ではありません。行って戻って来た者はおりませんし、そもそも『門』まで行く事自体が困難で、『高い壁』を見たという者にすら、私は会った事がありません」
「へぇー・・・」
随分とファンタジーな話だ。
感心した所で、ハザンがこちらに向かって声を掛けて来た。分からない言葉で・・・。
俺はトールを見る。「そろそろ行くそうです」と、トールが通訳してくれた。
ハザンは自分の馬に乗り先を行く。もうこちらは振り返らない。
「なぁ、アイツは日本語が喋れるんだろ?」
枝を捨てて騎乗するトールに向かって俺は言った。「ええ」と答えるトール。
「何であえて、こっちの言葉で喋るんだろう?俺には伝わらないって分かってるのに」
憮然とする俺に、トールは眉を下げて言う。
「彼に悪気は無いんです。強いて言えば、国の保守的な体制の所為でしょうかね」
「保守的?」
聞きながら俺も馬に騎乗する。
と、俺の足が地面から離れたその瞬間、草むらから小さな生き物が飛び出して来た。俺の足に噛みつこうとして間一髪届かず、地面に落ちて小さく炎のゲップをする。
「何だ?」
俺は、妙な気配を感じて見下ろした。するとそこには、第3夫人の邸宅前で大暴れをした『魔物』のトカゲの成れの果てがいた。
俺は一旦馬から降りて、そのトカゲの首根っこを摘み上げる。
4本の脚と尻尾を振り回して暴れるトカゲ。
俺は、そいつを顔の前まで持って来てよく見てみた。
茶色っぽい体に背中に3本の黒い筋が入っている。見た感じ何の変哲もない、普通のトカゲだ。
が、喉が膨らんだかと思うと、口を開けて小さな炎を吹いた。
「ぅわっ!」
鼻先が熱くなる。同時に焦げた匂いがして、慌てた様子のトールが俺の前髪を叩いた。火が付いていたみたいだ。
「こいつ、さっきの」
呟く俺の手から、トールがトカゲを取り上げた。
「荷物に紛れて付いて来たのでしょうか」
トールはそう言いながら、そのトカゲを通りの横に広がる湿地に向かってポイっと投げた。
・・・捨ててる・・・。
「あれって『魔物』なの?」
「ええ、そうです」
質問する俺に答えてくれるトール。
「さっきも思ったんだけど、『魔物』なのにその辺に放置しといて良いの?」
俺は、小さくなったとはいえ、火も吹くみたいだし大丈夫なんだろうか?と心配になる。
火事にでもなるんじゃ無いだろうか・・・。
その心配が顔に出たのか、トールが教えてくれる。
「活性化さえしていなければ問題無いです。元々そこら中にいくらでも存在するモノなので」
何事も無く答えるトールに、何も知らない俺は単純にそういうものなのかと思った。
が、湿地に生える草が、こちらに向かって一直線の線を描く様になびくのを見て、慌ててトールの顔を見た。
「おや?」と言いながらトールの顔が引き攣っている。
どうやらこれは予想外の事態らしい。
トールの顔から湿地の方に顔を向け直すと、さっき投げ捨てたトカゲがピョンと俺に飛びかかって来る所だった。
「おわっ!」
顔に向かって来たので、咄嗟に両腕を出してガードする。と、左二の腕の真ん中ら辺に痛みが走った。見るとトカゲが小さな口で俺の腕に噛み付いている。制服の上からなのにかなり痛かった。
慌ててトールが馬から降りて、俺の腕からトカゲを外す。けれども持った所が尻尾だったから、切れて本体の方が地面に落ちる。落ちたトカゲが再びピョンと跳ねて、今度は俺の脚の脛に噛み付いた。制服の上からでもやはり痛い。
「イテッ!」
俺はイラっとして、ギュッと首を掴んで捕まえた。今度は火を吹かないように喉も押さえる。それでもトカゲは、必死に俺を襲おうと暴れ続けた。
「変、ですね。こんなのは見た事がない・・・」
尻尾を摘んで眺めるトール。
「アキラだけを執拗に襲おうとするなんて・・・。丁度これから向かう町に『魔物』に詳しい方が居ます。なのでその方に見て貰いましょうか」
考えながらそう言うトール。言うは簡単だが・・・、
「・・・これ、どうやって持ってくんだ?」
俺は、首と喉を掴んだトカゲの顔をトールに向けて、そう聞いた。
「・・・そうですね・・・」
それから俺とトールは、2人で苦労しながら俺のスニーカーの靴紐を解いてそれでトカゲの口と喉を縛り、制服のネクタイの筒状の中にトカゲを押し込んで、ついでに尻尾も入れて、キュッと縛って閉じ込めた。(布だから呼吸は出来るだろうと思った)
何度かトカゲを落っことし、その都度俺が噛まれてあちこち傷だらけ火傷だらけになってしまった。
事態を知らぬまま、先に行ってしまったハザンに追いついたのは、目的の地に着いてからだった。