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どうせ異世界に来るのなら転生の方が良かったよ  作者: まゐ


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27、心を染める淀んだ瞳

 王城から次の指令が届いた。それをトールに伝えた後、先に馬の準備をしようとした所を呼び止められた。


「ハザン」


 アキラの手が俺の腕に掛かる。無視しようにもここまでされるとそうも行かない。仕方無く顔だけ向けると、アキラは引き攣った表情で俺を見上げてきた。


「・・・」


 何の用かと思い、暫くそのまま顔を見続けた。そんな俺に向かってアキラは、


「お前、帰れよ」


 そう、言い放った。


 耳を疑った。俺に向かって『帰れ』とはどういう事だろうか。


 俺はお前を守る為にいるというのに。俺が望んだ事ではない。ただ、命じられたから。


 転生者は異世界の言葉を話し、異世界の常識を押し付けて来る。召喚者も似たような物だ。正直、こんな任務耐え難い。だが、他に適任者は居なかった。だから引き受けたのだ。


 最初は、年若くこの世界の事を知らない弱い存在に見えた。言葉も通じず、1人では何も出来ない哀れな者。けれども共に過ごすうちに、その芯の強さや鋭い洞察力、先を見据えた行動に圧倒された。


 やはり、異界の者なのだ。


 何かをする度に、この世界に大きな影響をもたらす危険な存在。


 俺は、可能な限りアキラに何もさせない様に気を配った。内向的に、その影響力が外に漏れ出さないように。


 言葉を交わさず、何もさせない。


 しかし、アキラを抑え込む事は出来なかった。


 何をしても結局、アキラのする事が功をなし、誰もがアキラに感謝する。


 おまけに、光の加護を持つ俺よりも、光に愛されている。祝福を受け、危機には俺を召喚までした。


 腹が立った。


 嫉妬すらした。


 今後も警護を続けなければならないかと思うと、うんざりする。


 そんな矢先に。


「俺と居るの嫌なんだろ?俺のやる事なす事ムカつくんだろ?」


 俺を下から見上げて来るアキラ。


 俺はアキラに向き直り、その顔を見た。強い言葉とは裏腹に、その表情は複雑だ。下がった眉、口角の下がった口。悲しみに満ちている。


「何で、そんな顔してる・・・」


 俺は、思わずアキラにそう言った。言ったが、こちらの言葉だからアキラには伝わらなかっただろう。それがまた良くなかったのか、アキラの喋る声が大きくなる。


「そうやってさ、俺に分からない言葉でわざと話す。嫌がらせ以外の何物でもないよな」


 口調も声色も強く怒っている。けれども、顔は泣いている。俺を気遣っているようにしか見えない。


 俺の心の中の、アキラに対する『罪悪感』を全てお見通しだとでも言うかのようなその表情。


 分かっているんだ。アキラ自身は何も悪く無い。ただ召喚されただけ。同意もなく協力させられているだけ。


 そんなアキラを無視して、あえて知らない言葉を投げ掛ける自分。


 自覚はある。悪いのは、俺だ。


「お前、要らないよ。一緒に居るのが苦痛でしかないよ」


 アキラの目が赤くなって行く。罵倒しながら、自分の心を痛め付けている。それが何の為かと言ったら、俺の為なんだろう?


 それが、分かってしまう。


「目の前から消えてくれない?」


 俺を、理不尽な使命から解放しようとしてくれている。


 ああ、コイツは本当に。俺より弱く小さいのに、俺よりも全てにおいて上手(うわて)だ。


 ならば、その小芝居に、乗ろう。


「警護は2人以上が基本だ」


 俺はこちらの言葉でそう言った。それを駆け寄って来たトールが訳す。


「だったら、他のヤツ寄越せよ。どーせ日本語話さないんだから、元々話せない奴でも変わんないよ」


 途中からテラも話に加わって来た。この神も、いつの間にかアキラを認めている。


 俺は厩に向かい歩き始めた。振り向かずに一言残す。


「王都に着いたら、代わりの者を来させる」


 完敗だった。




「ハザン、第3夫人がお呼びだ。早急に向かうように」


 王城に戻り、近衛詰所にて報告の後、そう命じられて第3夫人の邸宅へと出向いた。


 アキラを連れて訪れた時に、トカゲ型の魔物と戦った傷跡はすっかり修正されていた。まるであの時の事が夢だったかのような錯覚を受ける。


 謁見の間、玉座の横に立つ夫人を見、敬礼をする。


「よく来てくれたわね、不運なヒト・・・」


 南方の国の出と言う夫人は、その国の民特有の大きな瞳とクッキリとした目鼻立ちをしている。メリハリのある体つきで、その大きな腹部をも目立たせる様な出で立ちをしていた。


 不運・・・とは?


 引っ掛かるものを感じながら夫人を見た。


「あんな子供に振り回されて、可哀想に」


 子供と言うのは、アキラの事だろう。振り回された覚えは無い。どちらかと言えば、理不尽な命令に振り回されたのだが。


 そして、その命令を出したのは、他でも無い。今目の前にいる第3夫人その人だ。


 第3夫人が王に進言したのだ。異界から力のある者を召喚し、魔王を討つべしと。そして召喚の儀を取り行い、アキラともう1人の人間を呼び出した。


 もう1人・・・、そう言えば、呼び出した異界の者は2人だった筈だ。俺はアキラの方を任されたが、もう1人の方はどうなったのだろう。


「あの子供は、やはり失敗だったわ。だからこれから、再び召喚の儀を取り行う準備をしているの。ハザン、お前には2度目の召喚の儀を手伝って貰いたい」


 失敗?


 召喚の儀を行い、召喚したアキラをこの邸宅へ連れて来た時、第3夫人は言った。『使えるか使えぬか、見定めよ』と。事の元凶である魔王を見つけ出し、打ち取れるかどうか。不可能だと判断した場合はいち早く報告せよと。


 だから活性化した魔物の出現現場でのアキラの動きを事細かく報告してきた。実際、アキラの活躍のお陰で事件は早々に解決に至ってきた。アキラが居なければ、被害はもっと多くなっただろうし、最悪解決しなかったかも知れない。その旨を伝えていた筈である。


 使えるか使えぬか、聞かれたら答えは『使える』だ。決して失敗では無い。


 確かに見た目は子供だ。戦ってもそんなに強くない。だが、そうじゃない何かを持っている。


「ごめんなさいね、嫌な思いをさせてしまって。でも大丈夫。次の召喚の儀では、必ずホンモノの勇者たる者を呼び出すから」


 顔を伏せて、申し訳なさそうに言う第3夫人。


「お言葉ですが、再三報告した通り、アキラは有益な動きを多く行いました。失敗では・・・」


「アレは失敗じゃ!」


 言い返した俺の言葉を遮って、第3夫人が叫ぶように言った。


「ハザンを追い返すなどと・・・考えられぬ事じゃ。ハザン程の兵はこの国には居らぬぞ」


 段を降りて俺に歩み寄り、そして俺の肩に手を添えて訴えて来る。


「異界の者の分際で、この国の兵に暴言を吐くなど許されぬ。この国を思っての行動を否定するかのような発言、私には許す事が出来ぬ」


 暴言・・・、俺は、暴言を吐かれたのか?


「トールもトールじゃ。ハザンが追い返されたのならば、付き従ってアレを捨てて来れば良いものを。やはり転生者の孫は、転生者・召喚者の味方をするものなのかのう」


 トールまで引き上げたら、アキラを1人にしてしまうという事が分からないのだろうか。


 第3夫人の言葉には、矛盾しか感じない。


 こんな方だっただろうか・・・、このお方は・・・。


 そう思った時、第3夫人が我に帰ったように顎を引き、片手で口元を覆った。


「すまぬ、つい・・・声を荒げてしまった」


「・・・いえ」


 俺は、直視する事に不快感を感じ、少し視線をずらした。


「そうじゃ、ハザンに紹介したい者がおるのじゃ」


 突如、第3夫人はそう言った。そして視線を奥の間へと続く扉に向けて、そして手を2度打つ。


 ゆっくりと押し開かれる扉。その向こうから1人の少年がやって来る。


 その少年を見て、俺は驚いた。


「アキラ・・・?」


 思わず口からその名が出て来る。


 何故ここに居る?ナバラ領に居た筈だ。俺だけ王都に来た筈なのに。


 混乱しながらアキラを見詰めた。


 そして、気付いた。


 ナバラ領で別れたアキラより、少し髪が長く見える。それに、身長こそ同じものの、こんなに線が細かっただろうか・・・。肌の色も、健康的に日に焼けた印象があったのに、今目の前に居るアキラは、何処となく青白く、病的に見える。


「アレとは別の者じゃ」


 そう言う第3夫人。


 同じ服を着ているが、確かに別人の様だ。


 その、アキラに似た少年が俺を見た。


 淀んだ瞳。


「よく似ておるじゃろう?だが、コッチの方が使える」


 第3夫人の声が、遠ざかって行くような錯覚を覚えた。少年の目が俺を見て、そして俺の中に何かを植え付けて行くような奇妙な感覚を味わう。


 目眩を感じた。呼吸が荒くなる。


「抵抗せずとも良い。真っ直ぐに受け止めよ」


 頭の中に直接響いて来る、第3夫人の声。まるで神々や外側の者の様だ。


「アキラ、と言ったか。あの者は失敗じゃ。そうだな?ハザン」


 アキラは、失敗・・・。そうか。だから俺は、追い返された・・・。


『お前、要らないよ。一緒に居るのが苦痛でしかないよ』


 言われた言葉が脳裏で木霊する。


 そうだ、失敗だ。


 そう思った途端、俺の中に怒りが湧き上がる。


 何で俺が、追い返されなければならなかったのか。


 アイツよりも強いのに、有能なのに。


「新たな召喚の儀、手伝ってくれるかの?」


 耳元で第3夫人の声が聞こえた。


「・・・はい」


 アイツは、要らない・・・。

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