26、別々の方へ
「何故、空に残った2匹は逃げなかったのでしょうか」
喜びに湧き立つ兵達に囲まれながらトールにそう聞かれた。
「ボスにそう言われてたからじゃないかな」
俺は、地面に繋ぎ止められたままになっている5匹の鳶を放ちながらそう答えた。
鳶は群れない鳥だったと思う。それが纏まって行動していたんだ。恐らくあのボスに支配されてたんだろう、と俺は思った。きっと、支配されて逆らう事が出来なかったのだ。
そこで俺は、奴等の縄張り内で勝手に腐肉を食べる普通の鳶がいたらどうなるか?と考えたのだ。
怒って襲い掛かって来るんじゃないだろうか。
そして、襲い掛かる方法として2つのパターンを予想した。
1つは、ボスが手下の2匹に命じて普通の鳶を追い払わせるというもの。
もし降りて来たのが手下の2匹だったら、そのままテラに活性化を解いて貰うつもりでいた。それに気付いたボスが続いて降りて来た場合には、ハザンとトールに捕獲して貰う、そんな計画。けれども、もしかしたらボスは降りて来ずにそのまま何処かへ飛び去ってしまっていたかも知れない。
そっちにならなくて良かった。
もう1つは、ボスだけが降りて来るというもの。
腹が立ったら自分が直に来るんじゃないか、と思ったらやっぱりそうなった。手下達はボスに上空での待機を命じられていたのだろう、だからテラが来てもそのままそこから動かなかったのだ。
トールに思ってた事をひと通り説明した。なるほどと納得しつつ、トールはもう一つ聞いて来る。
「3匹で一緒に降りて来た方が、手下にすぐに指示を出せて有利だったでしょうに、何でそうしなかったのですかね」
「最初、森の入り口でハザンがヘッドロックをして1匹倒した時、加勢する形で1匹だけが降りて来ただろ?あれを見て、3匹揃って降りて来る事は無いと思ったんだ」
野生の世界で種が生き残る為の本能なのか、複数いる場合は二手に分かれて、片方に何かあった場合はもう片方が生き残るように出来てる。
遺伝子に組み込まれたそういうものは、活性化しても消えないのかも知れない。レニア神殿のオッサンにこの話をしたら喜びそうだな。
まぁ、上手くいって良かった。
繋がれていた全ての鳶を放つと、俺は周囲を見回して、そしてハザンを見た。
事が片付いてみんなの表情が明るく希望に満ちている中で、1人だけ硬く沈んだ顔をしている。
納得、してない顔だな。
俺はそう思った。
何故倒さずにわざわざ活性化を解いて普通の鳶に戻すのか。他は全て倒した。鳶も一緒で良いではないか。
そんな様な事を言っていたとトールに教えて貰った。
確かにひとつ余計に手間の掛かる事だった。でも、テラの力を借りれば救える命。倒してしまう方が、無駄に命を消してしまう事になる。それに、無益な殺生はマーリが望まない。そんな事をしたら、テラが不快に思う。
俺のそういう考え方も、ハザンには納得いかないのかも知れない。そもそも俺のやる事は全て納得行かないのだろう。俺の、と言うか異世界人のやる事は。
真面目で誠実で、強くて行動力も指導力もある。でも、いやだからこそ・・・。
俺と一緒に行動するのは、ストレス以外の何物でもない、よな。
散らかった魔物の死骸を拾い集める作業をしながら、俺は一つの考えを頭の中で纏めた。
と、その時、空から例の伝書鳩がやって来た。ナバラでの事件が片付いたタイミングを狙ったかの様な登場の仕方に少し呆れる。
伝書鳩は、ハザンの肩に止まった。気付いて脚の筒から手紙を取り出すハザン。目を通し、トールを呼ぶ。
俺は、見ない。
トールに手紙を見せながら何かを話す。トールと一言二言会話をすると、そのまま歩き出した。その方向は俺達が乗って来た馬を休ませている厩のある方向。
トールが俺の方に駆け寄る。
「アキラ、王城から次の場所へ行く様にとの指示です」
俺に向かって駆け寄りながらそう言うトール。悪いがそれを無視して、正面に向き合うトールの肩を横に押し退けて、俺は大股でハザンの背中を追い掛けた。
「ハザン」
追い付いたところで俺はハザンに呼び掛けた。そして手を伸ばしてハザンの腕を掴みこちらを向かせる。
「・・・」
無言で俺を見るハザン。その表情は『無』。
「お前、帰れよ」
俺は、そう言い放った。
ハザンの顔が引き攣る。その目が「何言ってんだお前」と言っている。
「俺と居るの嫌なんだろ?俺のやる事なす事ムカつくんだろ?」
背の高いハザンを、下から見上げる俺。
ハザンが俺に向き直った。そしてこちらの言葉で何かを言う。勿論、俺はそれを理解出来ない。
「そうやってさ、俺に分からない言葉でわざと話す。嫌がらせ以外の何物でもないよな」
そう言いながら、心の中では違う事を思った。
『俺に合わせて異世界の言葉を使う自分を許せないんだろ?』
「お前、要らないよ。一緒に居るのが苦痛でしかないよ」
『異世界の文化を受け入れないという姿勢を貫く事で、この国を守ってるんだよな?それなのに、日本語を話せるからって俺の警護を任されて、一緒に過ごさなきゃならなくて、辛いんだろ?』
「目の前から消えてくれない?」
『もう、十分だよ。我慢してるハザンを、見てるのが辛いよ』
ハザンがもう一度、こちらの言葉で何かを言った。
俺を追いかけて駆け付けたトールが、小声でそれを訳してくれる。
「警護は2人以上が基本だ。と」
あくまでも真面目。
「だったら、他のヤツ寄越せよ。どーせ日本語話さないんだから、元々話せない奴でも変わんないよ」
無言で俺を見るハザン。俺も無言でハザンを見た。
お互い、無表情。
「・・・代わりに俺が付いて行こうか」
少し離れたところから、テラの声が聞こえた。想定外の申し出にちょっと拍子抜けしてしまった。
活性化が解けたテラは、終始俺達に協力的だった。
そもそもテラはナバラを最優先に考えているのだから、ナバラの為になる事をしている俺達に協力的なのはおかしな事では無い。けど、付いて来るというのはちょっと違う・・・。
「テラは俺に付いて来るよりも他にやるべき事があるだろ?まずドニを元に戻さないと」
さっきそう話したじゃないか。
そう思いながら、俺はテラにそう言った。
「・・・そうだな。今のは忘れてくれ」
テラは、良い奴だ。気軽に何でも手伝いを申し出てくれる。誰に対してでも、分け隔てなく。
・・・自分の事は常に後回し。
素直で真っ直ぐで、裏表が無くて、そして強い。
誰かテラを理解する人が側に居て、優先順位を教えてあげられれば良いのに。
俺はそう思った。
そんなやり取りを見てから、ハザンは俺達に背中を向けた。そして厩に向かい歩き始める。こちらを見ないままで何かを言う。
「王都に着いたら、代わりの者を来させるそうです・・・。アキラ、良いのですか?ハザン程腕の良い近衛はこの国には居ませんよ」
トールがハザンの言葉を訳し、そして自分の意見も付け加える様に言った。顔が困っている。けれどもそこまで強く言って来ないのは、トールにも思う所があるからだろう。
「良いんだよ。お互いその方が」
ハザンの背中を見たままで俺はそう言った。
短い期間だったけど、何度か助けてもらった。強くて頼りになるハザン。お互いに、もっと違う立場で出会えていたら、そんな風に考えてしまう。
せめて、ありがとうと言いたかった・・・。




