25、鳶
「3匹のうち、1番体の大きい1匹がボスの様です。他の2匹はその1匹に従っています」
空を見上げながらトールがそう言った。
テラの活性化が解けた事によって、森の空気は元通りに戻っていた。俺ももう怖いとは思わない。何の躊躇もなく中に入る事が出来た。そして俺達は今、森の中に建つナバラ城の中の、高い位置にあるテラス状の場から空を見ている。
俺が森に入れなかった原因は、テラ自身が活性化する事によって発していたオーラの様な物の所為だったらしい。人を傷つけない様に、襲わない様にと、害する恐れのある存在を自分に近づかない様にしていたのだそうだ。だから、1番傷付けてしまうリスクの高い人物である俺が、最も影響を受けていたという訳らしい。
何故俺だったのか、何故俺に対する耀の恨み辛みが詰まった棘が刺さっていたのか、その原因は分からないままだ。
棘は、テラの友人のアーロという名の色黒の男が持って来た物だった。アーロと耀が一緒に居るのか、はたまた偶々その棘がアーロの手に渡っただけなのか、真相は謎である。
青い空に、黒い点が3つ見える。ゆっくりと俺達の頭上を旋回するその点は、活性化した魔物の残り。
地上で暴れていた猪や狐やイナゴ等の活性化した魔物達は、ナバラ兵とハザンが殲滅した。俺があの板状の悪意の塊(?)を消してからは、新たな魔物は現れていないし、テラが元に戻ってからは領内への魔物の侵入は防がれているので、残るはあの3匹のみ。
「流石にあの高さじゃ、弓矢も届かないよな」
未来の副作用(?)で、まだ十分に力の入らない体をトールが肩を貸して支えてくれている。正直体を縦にしているだけでもしんどい。けど寝てるわけにも行かないので、トールの肩に寄り掛かりながら、俺は同じく空を見上げてそう聞いた。
「残念ながら」
申し訳なさそうにそう答えるトール。
「テラは何とか出来ないの?」
少し離れた所で、同じ様に空を見上げるテラにも聞いてみた。
「・・・総じて簡単ではない」
・・・答えが難しい。
俺はテラを見ながら眉を寄せて悩んでしまった。出来るのか出来ないのか、どっちなのかよく分からない。政治家みたいな答え方だった。
「全てには属性が有ります。空は空の者の方が有利、という事ではないでしょうか」
トールが助け舟を出してくれる。
「地上に降りて来れば活性化を解ける。あの高さまで行けるが、逃げられたら追い付けないだろう」
答えるテラ。
成る程、やり方次第という事だな。
「地上に来たら、トールやハザンでも何とか出来るよな」
「はい。活性化を解く事は出来ませんが、仕留められます」
「魔物があそこから動かなければ、飛んでてもテラが活性化を解けるんだな」
「可能だ」
テラとトールの意見を聞いて、俺は鳶を討伐すべく計画を立てる。
「魔物の死体ってまだ残ってる?あと、活性化してない鳶を何匹か捕まえられるかな、生きたままで」
側に控えていたナバラ兵に、トールが訳して聞いた。
「魔物の死体は火葬にするのですが、数が多いのでまだ全て火葬出来ていないので残っているそうです。鳶はこの時期多く飛んでいるので、捕獲可能だと思うと」
「良かった。そしたらその2つを用意して欲しい。トールとハザンと、あとテラ、手を貸してくれ」
俺の言葉をそのままナバラ兵に伝えると、指示通りに準備に向かった兵を目で追ってから、俺を見るトールとテラ。
「トール、ハザン呼んで来て。最後の魔物狩りだ」
空からでも良く見えるであろう開けた場所に、魔物の死体をばら撒く。鼠や狐、そしてイナゴ。本来ならばそんなに大きくない筈なのに、活性化したまま倒されたそいつらは、みんな人間の大人位の大きさで、切り付けられた所から多量の血や臓器が溢れ出て来て酷い匂いがした。
腐臭。
そもそも鳶は、腐肉を食べる。生きた小動物も食べるらしいが、ハイエナやハゲワシ等と一緒で自然の掃除屋だ。
捕まえて来た鳶は5匹いた。その全ての足を紐で縛って杭で地面に打ち付ける。飛んで逃げられない様にしておいて放つと、みんな魔物の死体を啄み始めた。
周囲のナバラ兵達の間から嘔吐く様な声が聞こえて来る。ちょっと俺も目を背けたくなるが、何とか耐えて見続ける。トールとハザン、そしてテラは顔色ひとつ変えずにその様子を見続けていた。
木の影に隠れて暫くそのまま待った。
と、その時はすぐにやって来た。
頭上からピーピピピピという鳴き声が聞こえて来た。上を見ると、黒い点が3個。真上だ。
その3個の黒い点は、狭目に旋回を何度か繰り返すと、うちの1匹だけが真っ直ぐに落ちて来た。嘴を下に、風の抵抗を受けない様に細く長く、黒い線の様に。距離が近づいて来ると点の様だったその姿はどんどん大きくなり、目前では視界に上手く収まらない程になる。
全長3m程だろうか。予想より遥かに大きなその見た目に体が固まる。
コワッ・・・。
「ボスです。アキラの予想通り、ボスだけ降りて来ましたね」
横でトールが囁いた。
俺は頷いて、そしてハザンとテラに目配せをした。
頷いて動き出す2人。
まず、ハザンが落ちて来たボスに挑発を掛けた。ボスの首がハザンの方に向く。ハザンを睨み、大きな嘴を開けて金属を引っ掻く様な奇声を上げた。大きな翼を広げ羽ばたかせて、ハザンに向かって突進して来る。
効いてる。
挑発の効果を確認すると、テラが空へと飛んだ。目で追えない程のスピードで2つの点の位置まで上昇する。2つの点は、その場から動く様子は無い。
上手くいきそうだ。
「トール、ハザンのサポート」
俺はトールにそう言った。頷いて前に飛び出すトール。
ハザンは両手に剣と盾、では無く、一本の太い鎖を持っていた。その鎖でボスの首を絡め取る。
トールも同じ鎖を持ち、その鎖でボスの足を絡め取った。
異変を感じ、バサバサと音を立てて暴れて逃げようとする5羽の鳶達。けれども縛られた紐のせいでその場から飛び立てずにパニックになる。
その鳶達の様子を見て、ボスが我に返った。首を跨げて上を見る。けれども、待機していた筈の2匹の魔物の姿はもう無かった。逃げた訳では無い。テラが活性化を解いて普通の鳶に戻し、悪意の呪縛から解放したのだ。
再び奇声を上げるボス。凄い力でトールが引き摺られる。
俺は、まだ十分に動かない体に鞭打ってトールを手伝う為その背中を押さえた。それでも引き摺られてしまう。
2本の足を纏めて縛り付けていた鎖から、1本外れてしまう。自由になった足で踏ん張り、繋がれた方の足を振り回そうとするボス。鎖ごと俺とトールはあらぬ方向へと投げ出されそうになった。
「あー!他の兵達、手伝って。逃げられちゃうよ!」
俺は他の兵達に向かってそう叫んだ。すかさずトールが訳して叫ぶ。トールの注意が兵達に向いた所為で、1本の足だけに絡みついている鎖が外れてしまいそうになった。
間一髪、兵達の加勢が加わり何とか堪える。が、ジワジワと引き摺られて、押さえていられない。
ハザンが何かを叫んだ。
「無理そうだから、倒すと言っています」
「待って、もうちょっとでテラが帰って来る」
訳すトールに俺は叫ぶ様に答えた。
瞬間、ハザンが鎖を離してボスに飛び掛かった。
待てって言ってるのに!
そう心の中で叫んだ時、テラが空から降って来た。そしてボスの嘴の上側を掴む。掴んで注意を引いて、ボスの目を見た。見つめ合うテラとボス。
活性化を解くというのが、具体的にどういう事なのかは分からない。けれども目が合った途端にボスが瞬きをした。ボスの開き切っていた瞳孔が窄まり、そして体が縮み始める。
スーッと小さく。
引っ張られていたトールが止まる。鎖が緩み、ジャラジャラと音を立てて地面に落ちる。
ボスは、普通の鳶の大きさに戻った。戻って周囲を一度見回すと、青空へと飛び立った。
・・・。
戻った・・・、終わった・・・。
兵達から歓声が上がった。
ナバラ領内の、最後の魔物が居なくなった。




