24、58%の光で
しゃがんで両膝に肘を乗せて、両手で祈る様な形で顔の前に画面を持って来る。そして恐る恐る電源を入れた。
『バッテリー残量が残り5%です』
一瞬その表示を示して、そのまま落ちて真っ黒になる。
うわ、電池無いじゃん・・・。
俺はガクッと肩を落とした。
上着の内ポケットから取り出したのはスマホ。ちょっと型の古いiPhoneだった。
こんな異世界じゃ充電なんぞ出来る訳ないし、ダメだ。使えないや。
そう思って項垂れた俺の視界に、何かチカチカと光って見えるものがあった。ん?と思い目を開けると、スマホの充電用コネクタの所がバチバチとスパークしているのが見えた。
げっ、これ壊れるヤツか?
こんな所で電源なんか入れるんじゃ無かった・・・。俺のスマホが・・・。
思わず泣きそうになったが、すぐにあれ?と思う。何だか様子が変だった。スパークが一定のリズムで繰り返されていて、故障と言うよりは、何かの信号を送っているみたいに見えたのだ。
何だ、これは・・・。
その時、隠れていた岩が崩れた。追い付いて来たテラが裏側から殴って粉々にしたのだ。それに驚いた拍子に、俺はコネクタに親指を突っ込んでしまう。
スパークするコネクタを触った事なんて無かった。無かったけど、触ったら静電気みたいにビリっという刺激が来るのかなと思っていた。
でも、違った。痺れもしないし熱くもない。痛みも無い。逆にヒヤリとしたちょっと冷たい感触と、何だかスーッと馬力の弱い掃除機で吸われるような変な感じがした。
テラの手が、しゃがんでスマホを見る俺の頭に伸びて来た。
捕まったら石にされてしまう。
俺はそう思って、その手をかわして走り出す。そして走りながら考えた。
スマホを発見した時、俺はカメラモードにして画面にテラを写しながら見ればと思った。けれども、リアルと画面表示とにタイムラグがあるし、そもそも電池が無いのだからどうにもならない。
だったら、黒い画面のままの反射で何とかならないか?暗闇の中で動画を見てて、消した途端にニヤつく自分の顔が見えて普通に焦った事が何度あった事か・・・。俺の顔が写ったみたいにテラの顔を写して・・・。いやいや、この画面じゃ小さいし、黒い画面じゃ鏡よりは不鮮明で見辛い。それならトールの腰から剣を抜いて剣身に写した方がマシだな。
そう思ってトールの方を見ると、木の幹に寄りかかったまま伸びている姿が見えた。少し距離が有るけど、全力で走れば何とかなりそうだ。
走る速さはテラより遥かに俺の方が早かった。そのまま直進してある程度俺とテラとの距離が離れると、俺は方向転換をしてトールの方へと向かう。
「残り30秒だ」
その時急に耳元で鳥の声が聞こえた。声だけで鳥の姿は見えない。何の前触れもなく聞こえてきたこの声に、俺は再びビックリした。
もう居なくなったかと思ったのに、急にやめて欲しい。しかも残り30秒って何がだ?もしかすると強くなっている今の状態の残り時間って事なのか?そうならまずいじゃないか。もっと早く教えてくれよ。早くと言うか、終了時間が分かってるんなら最初から言っといてくれ。
声を出して不満を爆発させたくなる気持ちをグッと抑えて、スマホの画面を見る。すると、驚いた事に真っ黒だった筈のその画面にリンゴのマークが出て来ていた。
あれ?電池無かった筈なのに。
走りながらしばらく見てると、時計と58%充電済み、という文字が出て来た。
58%!なんか溜まってる!
そして時間が無い。トールの所まで走っている時間は無さそうだ。
ならば。
俺はその場で立ち止まった。そのまま振り返ってテラと対峙する。顔を直接見ないように注意しながら、俺はテラに向かってスマホを掲げた。
掲げてそこでフラッシュを焚く。
強い光がテラに向かって走った。普通のフラッシュよりも強い光がテラを襲う。その所為でテラのスピードが緩んだ。緩んで立ち止まり、そして眩しいのだろう、両腕を顔の前に翳して光を遮るようにした。髪の蛇達も光から逃げるように揃って後ろを向く。
完全な隙が生まれた。
俺は、そのままテラの上へと飛び上がり、テラの真上で回転して背後を取る。目の前に現れた棘に手を伸ばして、躊躇なく引っこ抜いた。抵抗は無い。無いけど、すんなり抜けたその棘は、抜けた途端に気体に変わり、黒いモヤになって俺の腕に絡み付いてきた。
俺は無意識にスマホのフラッシュを再び焚いた。強い光で、黒いモヤは一瞬ビクッとなり、そしてシュッと蒸発するみたいに消えていった。
そして、テラの背中に向かって、もう一度フラッシュを焚いた。その光の中で、テラの体中に刻まれていたタトゥーが薄くなり、消えて行く。髪の毛の蛇がのたうち回って、そして力を失うみたいに重力に従順に従うようになった。
テラは、そのままそこに膝を付いて、顔を庇うようにしていた両腕も地面に付いた。
突然、頭の中でカチッカチッという音が響き始めた。全部で5回カチッと鳴ると、それっきり静かになり、その静けさの中で俺は脱力。その場に崩れるようにしゃがみ込んで動けなくなった。
恐らく30秒経ったのだろう。やっぱり引き寄せた未来の終了時間だったのだ。
体が重い。スマホも重い。俺はスマホを持っている事も出来なくなって地面に落としてしまう。呼吸も苦しかった。喘ぐように息をして、しゃがんでいるのもしんどいから、そのままそこに仰向けに倒れた。
今俺、無防備だな。
そう思った。思ったけど、もう指一本動かす事も出来そうに無い。かつて無いほどの疲労感に襲われて、そのまま空を眺めた。
空は、青い・・・。
「・・・」
暫くの間、そのままの姿勢でいると、マージュが駆け寄って来て、俺とテラの間に立って何かを言いながらオロオロしていた。
何をする事も出来ず、そのまま寝てると、マージュが顔を覗いてきた。そして、そのすぐ横にテラが現れる。
2人とも、無言で俺を見下ろした。表情は無。敵意も何も感じられない。とりあえず、テラの活性化は解けた様だった。良かった。
「あのさ」
俺はテラに話し掛けた。
「俺、見たよ。お前がナバラ領に来てからどんな事をして、どんな経験をして来たのかを」
マージュには分からないのだろう。顔にクエッションマークが浮かんでいる。けど、テラは俺の言葉がわかる筈だ。俺は、そのまま言った。
「テラが優しくて良い奴だって事は分かった。でもさ、優し過ぎるよ。可哀想だからって周りの声全部聞いてたら、いつかうまく行かなくなるんだぜ」
テラは黙って聞いている。タトゥーの消えた顔は、さっきよりも怖くない。今のテラなら、俺が何を言ってもキレて殴りかかってくる事は無さそうだ。例え殴りかかって来たとしても、俺は喋るのを止めるつもりはないが。
「そういうの、八方美人って言うんだよ。みんなに良い顔して、挙げ句の果てにキレて、迷惑掛けて。自覚ある?」
テラに甘えた周囲も悪いのかも知れない。友人も、ドニも、マーリも、その家族も。でも、甘えられる事に依ってる面もあった。
「マーリの事が好きだったんだろ?だからずっと側に居たかったんだよな」
マーリの名前が出て来ると、テラは少しだけ反応した。
もしかしたら、テラは自分の気持ちに疎かったのかも知れない。マーリの側に居たいけど、それが何でなのかが分かっていなかったのかも。
相談するような相手もいなかったしな・・・。
「15年もドニの事ほったらかしにして、振るのが可哀想だとでも思ってたんじゃね?そういうの、逆に酷だから。ちゃんと振ってやらないと、ドニも次に行けないじゃん。オマケに2度と会えなくなる石化の呪いまで掛けて」
「俺は・・・」
テラが喋った。でも、待っても続きが出て来ない。
混乱、してるのかな。
まぁ、急にこんな言われたら、普通そうなるよな。
俺は、体を起こした。
「まずさ、ドニに謝ったら?自分が死んだ後にしか目覚めない呪い、なんとかなんないの?自分でやったんだろ?自分が死ぬ前に呪い解いて、謝って、それでしっかりと振れよ。それからよく考えてさ、迷惑掛けた人に謝れよ」
神様なんてモノは、結局人間とそんなに変わんないのかも知れない。同じ様に悩んで、苦しんで、色々経験して、成長してく。そういうモノなのかも知れない。ただ、500年とか1000年とか平気で生きてるくらい長生きだから、年の功?経験豊富で色々知ってる。長い時間の中で色んな力を身に付けている。そんな存在なんじゃないだろうか。
未来の力で疲れ切ってバラバラになりそうな体を必死に繋ぎ止めながら、俺はそんな事を考えていた。




