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どうせ異世界に来るのなら転生の方が良かったよ  作者: まゐ


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22、苦しみと守るべき者

一部修正、サブタイトル付け忘れてたので付けました。

 その後、マーリの長男からその子供、そのまた子供へと領主の座は受け継がれていった。皆マーリに良く似た、美しく聡明で素直な子供達。


 銀を始め金属加工の技術は、世代が変わる度に新しい技が取り入れられ、ナバラの名を世界中に知らしめた。


 発展するナバラ。とても晴れがましい事。


 が・・・。


 俺の心の中は、いつも空洞の様だった。


 どんなに素晴らしい銀細工を見せられても、新しい子供の名付けを任されても、何も感じなくなってしまった。


 変わらずナバラを護り、子供達からの相談事には丁寧に答え道を示した。けれども・・・。


 ただ、それだけ・・・。


 マーリが居ない。ドニも居ない。


 その事実が、俺の気力を削いだ。


 そのうち俺は、城を出て森の中で暮らす様になった。マーリと出会った時に引き寄せられた純度の高い巨大な銀塊だけを持って。


 それだけは相変わらず良い香りで、触れると俺を酔わせ気分を高揚させた。しかしながら、普通に置いておくとグレムが寄って来てしまうので、深い穴蔵を掘り進み、1番奥に銀塊を置いて、その前に小さな家を建ててそこで1人で暮らす事にした。


 稀に領民の手に追えない魔物が出て来たが、倒しに行くのが億劫なので魔物自体が領内に入り込まない様にした。そうしてしまうと、俺はその家から出て行く必要が無くなった。


 時折、マーリの血を引く子供達が俺を訪ねて来る。


 ただ、それだけになった・・・。


 そんな、ある日の事だった。


 森に、悪意が降って来た。




 悪意は森の端に落ちて、森の生き物を活性化させた。


 猪、鼠、イナゴ、鳶、狐、テン、オコジョ・・・、次々と魔物になり、領民の畑とそこにいる領民を襲った。


 無論、俺はそれをどうにかしようとした。けれども、あいつがやって来たのだ。


 浅黒い肌に黒い癖毛、先だけ少し石に変わった指の爪は長く伸ばされていて、そこに摘まれた黒い棘。


「これが何だか分かるか?」


 そう言って俺を見るのは、あの日別れたきりの俺の友人だった。


「お前がやったのか」


 俺は聞いた。


「質問に質問で返すな。似ているだろう?あの時の棘に。でも違うんだ。あの時の棘は『南の門前』で作った。知っているか?あそこはこの世界の内で最も悪意に満ちている。良質な悪意で、人間をも活性化しかけていた」


 友人は相変わらずよく喋る。聞いてもいないのにベラベラと。


「けれどもこの棘は『異世界』の物らしい。俺は今から、この棘をお前に刺そうと思う」


 どうでも良かった。ただ、友人がナバラに手を出す事だけが許せなかった。


 言った筈なのに。聞いていなかったのか、忘れてしまったのか、或いは、無視するつもりなのか。


「悪意を拾い、ナバラから消えろ」


 俺は友人に警告した。


「これを刺したらお前、活性化するかな」


 俺の言葉を無視して、摘んだ棘を掲げて片目で見上げる。


「アーロ」


 俺は友人の名を呼んだ。俺を見る友人。


 俺も友人を見た。視線を絡め取り、指先だけで止まった石化を進めるべく友人を睨み付ける。髪の蛇も友人を見る。


「そうは行かない」


 友人が足を踏み鳴らした。地面から生え上がる様に一本の剣が現れる。友人はそれを掴むと俺の前に掲げた。お互いの視線の間に立ち塞がる様に持つ剣は両刃で、その表面は鏡の様に周囲を映し出す。


 俺の目が、剣身に映り込む。視線を遮られた。


 俺は前に出て友人の剣を掴む腕を叩いて剣を落とさせた。そのままの勢いで首を掴む。掴んで顔を合わせる。慌てて目を閉じる友人。


「やめろテラ。ドニの様に俺を石にしてどうする。()()1()()()()()()()()()?」


 何を言っているのだ。


「あの日俺は、お前にドニとの時間を奪われた。とんでもない苦痛だったよ。だがな、それはお前にとってもそうだっただろう?お前もドニとの時間を失ったんだ。何ともないとは言わせない。俺も苦しかったが、お前も苦しかった筈だ」


「・・・」


 違う。俺の苦しみは、友人にナバラを傷付けられた事による物だ。ドニとの時間は関係ない。


「大丈夫だ、俺がお前の孤独を終わらせてやるよ」


 一瞬の迷いが、俺に隙を作った。


 気付くと、友人の首を掴んでいた筈の俺の手は捻り上げられて背後に回されていた。そして右肩に鈍い痛みが走る。


 耳元で友人の声が響いた。


「活性化しろよ、テラ」


 膝から力が抜けた。その場に崩れ落ちて両手と両膝を突いて身体を支えた。


「どうだ?苦しいか?俺の苦しみはそんな物では無い。このまま活性化して、愛する領民達を殺してしまえ」


 そう言い捨てて、友人はその場から笑いながら飛び去った。


 俺は、それから三日三晩その場で苦しんだ。身体中が熱く焼ける様に痛んだ。ひとつ息をする度にジワリと悪意が広がるのが分かった。無意識に呼吸を抑えようとするものの、生命を維持する為にかえって多量の息を吸い込む事となる。


 俺が苦しむ間にも、降って来た悪意によって森の生き物達が次々と活性化して行った。


 どうにも止めようが無い。焦る気持ちに比例して、自らが悪意に染まって行く。


 そしてとうとう、俺は悪意に呑まれた・・・。




 現領主のマースが兵を引き連れて俺を訪ねて来た。俺は、今にもマース達に襲い掛かりそうになる自分を抑えた。何に対しても殺意が湧き上がる。右肩から中に潜り込んだ棘を感じて、左手で必死に押さえて目を閉じる。


 俺に逢えず、引き返して行くマース達。


「マース・・・」


 俺は、小さな声でマースにだけ聞こえる様に名を呼んだ。


 振り返るマース。最後尾にいたマースは、俺の下まで静かに歩み寄った。


「テラ、テラなのかい?」


 目を閉じ、小さく丸くなる俺を、マースは見付けてくれた。


 側にいて欲しいという思いと、近付くなという拒絶とが、俺の中で反芻する。


 このままでは、マースを手に掛けてしまいそうだ。


「テラ、大丈夫か?大きな音がした。みんな心配している」


 優しい声で語り掛けるマース。


 ああ、ダメだ。このままでは・・・。


 俺は必死に自制して、髪の蛇をひとつだけ動かし、何とかマースを眠らせた。そして、奥の家の中で保護する。そのまま、うっかり殺してしまわない様に、大切に大切に寝かした。その前で俺はまた肩を押さえて小さく丸くなって耐えた。




 どれくらい時間が経ったか分からない。が、突然頭の中にマージュの悲鳴が聞こえた。


 マーリの血を引く子供達。それが、何者かに傷付けられている。


『許さない』


 俺は、マージュの元に急いだ。森のすぐ横で、マージュが男に押さえ付けられているのを見付けた。


 俺は急ぎ寄って、その男をどかした。どかした勢いそのままに、木の幹に叩き付けてやる。


 男が気を失ったのを確認すると、俺はマージュを起こしてそのまま抱き上げた。


 マージュは泣いていた。沢山涙を流した目で、俺を見上げる。


「え、トール・・・?」


 少し離れた所から声が聞こえた。見ると、見慣れない、だが作りの良い服に身を包んだ少年がいた。歳の頃はマージュと同じくらいだろうか。中途半端な長さの髪は黒く柔らかで、瞳も黒く、彫りの浅い顔立ちをしている。


 王家の者に、似ている。だが、アレは・・・。


「・・・テラ・・・」


 腕の中でマージュが呟いた。不安気な表情で俺を見上げる。泣いた目は赤く、押さえ付けられた腕も腫れて痛々しい。


 俺の中で、沸々と怒りが湧き上がる。と、同時に膨れ上がる悪意。右肩が熱い。熱くて痛くて、暴れ出しそうだ。


『ナバラに害を為す者は許さない』


 俺は吐き出す様に言った。言葉にする事で、敵を明確にする。撃つべきはナバラに害をなす者。マージュや、ナバラの領民では無い。


「テラ、テラ、良かった。無事だったのね。ねぇ、兄様は?テラを探しに行ったまま帰らないの。兄様は無事かしら?」


 俺の腕の中で、マージュが言った。


『大丈夫だ。マースは保護している』


 俺はそう答えた。安堵の息を吐くマージュ。マージュが落ち着いたのを確認してから再び少年を見た。


「あちらは、異界の勇者様よ。義姉様が、私に勇者様と結婚する様にって。それがナバラにとって1番いい事だって言うの。だから私、勇者様が私の事を好きになる様に媚薬を飲んで貰おうと・・・」


 俺の視線に気付いたマージュが、聞かれてもいないのに説明してくる。少し早口なのは、後ろめたさがあるからだろう。早く言い終えてしまいたいという焦りがある喋り方だ。


 成る程、マースの嫁としてナバラに来た、あの他領の娘に命じられての事か。


 マージュは、大好きな兄が惚れた他領の娘に憧れを抱いていた。あの娘の様になれば兄好みになれる。あの娘の言う事は正しい。進める事には従うべし。そう思ってしまう節があるのだ。


『アレはダメだ。良くない』


 マージュの言葉を途中で遮ってそう答えた。


 その少年が何故『異界の勇者』等と呼ばれているのかは分からない。あの少年は、()()だ。もしマージュがあの少年を婿に迎えたとしたならば、最悪ナバラは滅ぼされてしまい兼ねない。


「そんな、良くないって何?義姉様は勧めて下さっているのに。ねぇ、どうしてダメなの?」


 駄々を捏ねるマージュを地面に立たせた。そして『離れていなさい』と言うと、俺は少年に向かって歩き出した。


 少年が後退りをする。


 俺が一歩進むと少年が一歩下がる。距離が変わらないまま少し進むと、俺の中の悪意が暴れ始める。


 理由は分からないが、散漫と周囲の者全てに向かっていた俺の中の悪意が、その少年1人に向かって焦点を合わせていく。


 あの少年が、憎い・・・。


 アイツが、憎い・・・ズルい・・・、アイツばかり、いつも褒められて、目立って、アイツさえ居なければ、みんなが俺を見る筈なのに・・・同じ顔のはずなのに・・・!


 その時、体から悪意が吹き出した。憎しみが増加して激しくなる。熱さと痛さと苦しさが俺を占める。


 身体が、膨れ上がる。俺が大きくなっているのか、世界が縮んでいるのか分からない。


「テラ!」


 マージュが悲鳴のような声で叫んだ。


 憎い、憎い、憎い!


『許さない』


 それは、俺の声なのか?それとも、この憎しみの主のものなのか。


 少年が何かを探す様に周囲を見回した。右、左、後ろ、あちこち見て、そして空を見上げた。


『・・・テラ・・・』


 少年が見上げた、高い所。そこから声が聞こえた様な気がした。高く澄んだ美しい声。美しく、そして懐かしい声。


 ・・・マーリ・・・。

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