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どうせ異世界に来るのなら転生の方が良かったよ  作者: まゐ


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20/28

20、それは誰の所為なのか

 何の兆しも無かった。


 その夜、突如マーリの悲鳴が頭に響いた。


 人間と違って眠る必要の無い俺は、その時月を見ていた。


 月はセーライが作ったと聞いた。セーライとは巨神の一族の末の息子で、何度か会った事がある。手も身体も大きいが、細かい作業が得意で、気が小さく声も小さい奴だった。聖母よりも妹の聖女に恋焦がれていた印象があるのに、よく聖母の頼みを聞いて月など作ったものだ。


 そんな事を、薄ぼんやりと考えていた、まさにその時だった。


 俺はマーリの悲鳴を感じ取ると、瞬時にマーリの元へと行った。


「どうした」


 そう言ったものの、聞くまでも無かった。領主である1番上の兄と、マーリの5番目の子が、血塗れで床の上で事切れていたのだ。


 当のマーリは4番目の子を守る様に腕に抱き、そしてその周りに他の3人の子供達がすがるように集まっていた。


 そして、領主の横には、血に塗れた剣を持ち自らも血塗れになっている2番目の兄と、それに対峙するように剣を構えた3番目の兄。離れた所では他の血の匂いもする。その血の匂いの濃さからいって、そこで倒れているのは半端な人数では無い事が分かった。


「皆んな、滅んでしまえば良いのだ。俺を、俺だけを除け者にして・・・」


 2番目の兄がそう言い、そして剣を振り上げる。


 剣術など習った事もない男だった筈だ。持ち方もなっていない。剣の重さに腕が負けて、振り上げるだけでやっとなのが分かる。頭上まで上げると、剣の重さで腕を背中側に引っ張られている。支えるだけの筋力が無いのだ。


 だが2番目の兄は転ぶ事なくそのまま前に出て、3番目の兄へと剣を振り下ろした。


 避ける3番目の兄。だが、その避けた筈の剣が時間を巻き戻すように振り下ろす前の位置まで戻り、軌道を修正して3番目の兄を襲った。


 早い・・・。


 2番目の兄は、その早い動きの剣に振り回されるようにタタラを踏んだ。


「うぅっ!」


 避け切れずに切られて呻き声を上げる3番目の兄。その腕から血が吹き出す。太い血管をやられたらしい。


 俺は、3番目の兄を引き寄せて傷口を直接強く押さえた。そしてそのままマーリの方に押し出して「強く押せ」と申し伝える。目は2番目の兄を捉えたままで。


 何かが起きていた。


 温和な性格の2番目の兄。算術が得意で、政務に熱心で、自分と妻の間に子が出来ないからと言ってマーリの子を我が子の様に可愛がっていた。領主の兄を支え、兵長の弟との仲も良く、理想的な4兄妹に見えた。


 それが、今はどうだ・・・。


 2番目の兄は、震えていた。単純に筋力の限界という訳では無さそうだ。初めて人を殺めた事への恐怖か、不条理な怒りの所為か。


 持った剣に引かれる様にして俺に向かって来る2番目の兄。振り上げられた剣は迷い無く俺の胸の真ん中へと伸ばされた。身体をずらして避けつつ刃を掴んで止める。と、剣身が震えて黒く染まる。


「あ、あぁぁぁー」


 驚いた様な、恐れた様な声を発する2番目の兄。力み震えながら、その感情に呼応する様に身体中から黒いモヤの様な物が出て来た。


 それを見て、俺は理解した。


 全ては、俺の所為だ・・・。


 俺は、剣を捻って奪い取り、首に手刀を入れて2番目の兄を気絶させた。そして襟元から服を剥がして肩口を露わにして、そこに刺さった黒い棘を引き抜く。


 剣と棘を持って、窓から外へと飛び出した。


「テラ!」


 マーリが俺を呼んだ。


「・・・すまない・・・」


 一言残して、俺は空へ飛んだ。




 聖母は、世界の外側の者がこの世界の人間に危害を加える事を許さない。そんな事があれば、危害を加えた者は厳しく罰せられる。だから・・・。


 この世界の人間に危害を加えたいと思ったら、この世界の者を操って危害を加えさせる。


 そんな事が出来る者は限られていた。


 そんな手間のかかる事をやろうと思う者も、限られていた。


 悪意操作。


 主に人間の負の感情を集めて結晶化して、それを意図的に特定の者に浴びせる。


 知能の低い生き物程操作が容易く、高度な生き物は扱いが難しい。知能が高い人間に対してそれを出来る者は、数えるほどしか居ない。しかもそれを実際にやる者など、ほぼ居ないに等しい。


「やっと来たか。待ちかねたぞ」


 何の悪びれも無く俺を迎える、友人。


「花の盛んな時期だ。婚礼にはもってこいだな」


 言いながら、俺の肩に手を置く。そして、気付いた。俺が持っている剣と棘に。


「何だ、持ち帰って来たのか」


 俺はソレらを床に投げ出した。そして、そのままソレらを見詰める。


 やはり、とそう思った。友人は、コレに覚えがあるのだ。


 俺の中から、ふつふつと湧き上がって来る物があった。その湧き上がって来る物を押さえ込みながら、俺は言った。


「・・・・・すな・・・」


「何か言ったか?」


 大きな声は出なかった。俺の声が聞こえなかったのか、聞き返す友人。


「・・・に手を出すな・・・」


 同じ事をもう一度言った。が、感情が溢れ出しそうで、思った様に声が出ない。


「・・・何だ?」


 再び聞き返す友人。だが、俺の様子がおかしい事に気付いたのか、肩に置いた手を下ろして、そして俺から一歩離れた。


「ナバラに手を出すなと言っている」


 声が震えていた。寒さや恐怖では無い。怒りによってだ。


「何を言っているんだ。ナバラというのはあの人間達の事か?なに、大した事はしていない。ほんのちょっとだ。いつも気付かないフリをしている猜疑心に気付かせてやっただけの事。コレを使いはしたが、ほら、殆ど減ってない」


 友人はそう言いながら、放り投げた棘を摘み上げて目の高さまで掲げた。棘の色は黒く、濃く、悪意に満ちている。元々の棘を見てはいなかったが、今目の前にある棘の満ち具合からして、友人の言うように注がれた悪意は微量なのだろう。


 しかし。


 人は高い知能に反して繊細なのだ。少なからず共に過ごしてみて、その危うさを知った。ひとりひとりが長い棒を担いだヤジロベエのような物だ。2本の足で歩いていても、両足を踏み締めている時もあれば片足を上げて進んでいる時もある。踏みかえる瞬間など、ほんのちょっと、軽く押すだけで簡単に傾いてしまうだろう。


「そもそも、そうなる運命だったんだ。お前の気に止めることでは無い。返って良かったではないか。お前が帰って来てくれたのだから。やはりあの人間達は邪魔だったのだ」


 友人のその言葉に、俺は顔を上げた。友人を見る。柔らかい笑みを浮かべて、俺に向けて腕を広げる。


「早く、俺の弟になれ。()()()()に構って時を無駄にしないでくれ」


 その時、俺はマーリと初めて会った日の事を思い出した。


 マーリは、グレム達の命を惜しみ、グレム達を可哀想だと言い、そしてグレム達を守った。


 マーリの命を大切にする価値観。その時の俺には理解する事が出来なかった。だが今なら分かる。


 誰にも理解されなかったマーリ。でも彼女は、自分を信じ、自分を曲げる事なく貫き通した。その強さを、俺は尊敬する。


 マーリは、マーリだけは正しかったのだ。


 俺は、床に落ちている剣を拾い上げた。


 悪意を帯びた剣。純粋な人間が手にすれば、瞬く間に剣に支配されて、心の奥底に眠る負の感情のままに、我欲のままに、剣に身体を使われるだろう。


 剣よ、俺の中の想いが分かるか?今俺の望む事を感じ取れるか?俺の中の悪意を糧に、俺の望みを叶えてくれ。


 そう思いながら、俺は剣の柄を握り締めた。剣が震えて喜ぶのを感じる。俺の悪意を喰らい、剣が歓喜の歌を唄った。


 その歌に合わせて俺は舞う。舞う度に剣から闇が流れ出す。俺の身体に闇の印を刻んで行く。


「テラ・・・何を!」


 友人が叫んだ。叫んで俺の剣を避ける。避けた先に舞い踊る剣が迫る。友人の浅黒い肌にスッと赤い線が走る。更に剣が踊り、一本また一本と線が増える。


 敢えて俺の目から視線を外す友人を、黒い剣で追い詰めた。追い詰められて逃げ場が無くなると、とうとう友人は俺の目を見る。絡み合う視線。捕まえた。


 俺の髪が畝る。畝って、先が鎌首を上げる蛇になる。俺に倣い、無数の蛇の目が友人の目を見た。


「・・・ック!」


 苦痛の声を上げる友人。その手が、指先から石に変わっていく。


 だが、友人を捕らえられたのは一瞬だった。一瞬の後、友人は石になった指で剣身を掴み、俺に向かって押し返して、そのまま翼を広げて飛び去った。


「お前が俺に与えた苦痛を、そのままお前に返そう」


 逃げ去った空に向かって俺はそう言った。


 

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