2、まるで一昔前のゲームの世界だ
7月13日、修正を加えました。
「簡単に説明しても良いでしょうか?」
馬に乗るのは初めてだった。
今俺は、茶髪の男が乗っていた馬に乗せられて、王城に向かっているらしい。前を赤毛の男が乗った馬が進み、その後を俺を乗せた馬と、それを引く茶髪の男の歩みが続く。
俺は、馬の鞍からぶら下がった鎧に爪先を引っ掛けて、精一杯背伸びをしていた。ある種筋トレをしているような状態で、先程から脹脛と太腿がプルプルと悲鳴を上げている。
知らなかった。馬に乗るという事がこんなに大変だったなんて。
俺はずっと、馬に乗っている人は椅子に腰掛ける様に普通に座っているのだと思っていた。
思ってすぐに「いや」と俺は思い直す。俺が今いるこの場所が、今迄過ごしていたのと違う世界なのだとしたのならば、俺の思う普通と違っていたとしても、何らおかしなところはない。
そもそも俺は、あちらの世界で馬に乗るという経験をした事がなかった。やった事のない事を、想像で比較するというのもおかしな話だ。
今のこの状態は、この世界に独特な仕様なのかも知れないし、そうでないのかも知れない。
とにかく今、俺は馬に跨り、鎧に爪先を引っ掛けて、太腿で馬の腹を挟み、精一杯背伸びをして立っていた。何故なら、尻を付けると繰り返す振動で皮が剥けると言われたからだ。
それまで通りに茶髪の男が馬に乗り、自分が横を歩いた方が実はマシなんじゃ無いかと思ったりもする。
しかしながら現状俺は、額から汗を流しながら馬に乗り、茶髪の男の説明を聞く羽目になっていた。
「まずは名乗らせて頂きます。私はトールと申します。前を行くのはハザン。共にこの国の近衛騎士団に所属しております。お名前を伺っても宜しいでしょうか?」
「・・・アキラです」
聞かれて答えた。馬の歩く振動のせいで、名乗るだけでも舌を噛みそうだった。声も揺れる。
喋るのがしんどい。
そんな様子に気付いてか、トールはそれ以上俺に意見を求めず、ただひたすらに現状を教えてくれた。
今俺達がいるこの国の名は、日本人の舌ではうまく発音出来そうに無い名前だった。その国名を日本語に訳すと『世界の中心』という意味の名前なのだそうだ。実際にも地図の真ん中に描かれる為、この世界の住人達からも『真ん中』と呼ばれているのだそうだ。
その『真ん中』の王様が、俺をこの世界に招いたのだと言う。そして、(何故屋上から落ちて違う世界に来たのかは分からないが)その召喚の儀?の最中に、予想外の事が起こった。
1人召喚する筈だったのが、いざ召喚してみると2人いたのだ。
そして、召喚をしたその瞬間に2人が反発し合い、お互いに弾き飛ばされてしまった。
1人は北東の方角へ。
もう1人は王都の側の村の外れへ。
王都の側の村の外れが俺だったと言う訳だ。
召喚の方法とか難しい事は、トールも聞いていないので知らないらしい。
俺は、恐らくもう1人の方は耀だと思った。屋上から落ちた時一緒に居たのだから間違いないだろう。
もしかしたら双子だったから1個体として判断されたのかも知れない。
喧嘩中だったとは言え、俺は耀の事が心配になった。
近くに落ちた(?)方の俺でも、かなりのダメージを受けていたのだ。遠くに飛ばされてしまった耀の方が酷い事になっているのではないだろうか。俺はたまたま側に白装束の女の子が居て、負った怪我を治してもらえた。そんな幸運が耀の元にも起こっていると良いのだが。
「ある時期から突然、人の手に寄るものとは思えない不可解な事件が増え始めたのです」
耀の事を考えていると、トールが淡々と説明を続けた。
「具体的に言うと多岐に渡りますが、突然人や物が消えたり、火種の無い所で火災が発生したり、それまででは考えられない数の害獣が現れたり」
それまでにも無い訳ではなかったそういった事故事件が、突如として増えたのだそうだ。
繰り返し起こるそれらの事故事件の数が増えるに連れて、起こっている出来事が目撃される例も多くなっていった。
「勿論我々も一方的にされるがまま、と言う訳ではないのです。可能な限り警護を増やし、人々に不要な外出を控える等警告する等、様々な対応をしてはいるものの、余りにも数が多く手が足りない状況が続いています。それに、そのうちに人々の間で囁かれる様になったのです。『魔王』が現れたのだと」
・・・。
一昔前のゲームみたいな話だな、と思った。その『魔王』を倒す為に、異世界から召喚されたのが俺なのか。
これは、夢か・・・?
そう思わずにはいられなかった。
本当の俺は、あの時屋上から耀と一緒に落ちて、今頃病院のベッドの上で瀕死の状態なんじゃないだろうか。
そしてこれは病床の俺が見ている長い夢・・・。
「『魔王』が現れたせいで、『魔物』が活性化して、手当たり次第に人を襲っている。そう結論付けた王は、その『魔王』を倒すことの出来る存在を求め、召喚の儀を行い、それによって召喚されたのが・・・」
トールがそこまで説明した所でハッとなる。
前を見ると、目的地についたのか、平屋建ての大きな建物の前でハザンが止まったていた。
しかしそれは、トールにとっては予想外の事だったらしい。トールは、慌てた様子でハザンに話し掛けた。
「どうした、何故ここで止まる」
日本語で問い掛けるトール。
その問いに対して、ハザンはこちらを見ずに、こちらの世界の言葉で答えた。
そしてそのまま馬から降りて、手綱を使用人らしき人に渡して、中に進んで行ってしまう。
感じが悪い事この上ないが、馬から降りれるかもという事が有難い。俺の脚腰の筋力は限界だった。
「王城?」
トールに手を貸して貰い、馬から降りながら俺はそう聞いた。
お城というのはもっと上に高く建てられるという印象を持っていたのだが、それもあちらの世界における固定観念だったのだろうか。
そんな風に思ったものの、そうではなかった事をトールの言葉で知る。
「いえ、ここは第3夫人の邸宅です。王城はまだ先なのですが、先にここに立ち寄る様に連絡が入ったと」
やっぱりお城じゃ無かった。平屋は無いと思ったんだ。
そう思いながら先を行くハザンの背中を見る。
連絡なんていつの間に入ったのだろうか。ずっと馬に乗っていただけに見えたのだが。もしかしたらテレパシーとか、そういう連絡魔法的な物があるのかも知れない。
疑問に思いながらも「ふーん」と適当に答えながら、俺はトールに続いて建物の中に入った。
だだっ広い部屋だった。部屋の奥だけが一段高くなっていて、そこに立派な椅子が一つ置かれている。誰も座っていないその椅子の横に女の人が1人立っていた。
その女の人が纏うのは煌びやかなアジア風のドレス。この世界に来てから目にして来た人々の着ていたどことなくダボっとした服とは違って、体のラインを際立たせるデザインだった。長い脚に沿ったスカートの裾から広く入ったスリット。そこから覗く脚が白くて眩しい。
情熱的な顔立ちも、大きな胸元も実に印象深く気になったが、何よりも1番目に付いたのは、膨らんだ大きなお腹だった。
この女の人が第3夫人なら、中身は王子様かお姫様だ。
そう思って見ていると、すぐ横でトールが咳払いをして俺の注意を引く。
何かと思って見ると、俺に目配せをしてから深々と90度腰を折って女の人に頭を下げる動作をした。
成る程。
予想通りこの女の人は第3夫人で、だから礼を尽くさなくてはならないと、そういう訳だ。
理解して、俺はその女の人に向かって軽く頭を下げた。
正しい作法なんて分からないから、普通に軽く。
作法も知らないが、そもそも俺はこの『真ん中』の国民では無いし、目の前に立つ女の人の部下でも下部でも何でもない。だから礼を尽くす必要性を感じなかったので、あくまでも普通に挨拶をする。
「こんにちは」
女の人に聞こえる声量で、そう言う。
そんな俺を、その女の人は足元から頭の上まで舐める様に眺めた。そしてそのまま俺の目を見ると、無表情のまま何かを喋る。勿論何を言っているのかは分からない。
普通に挨拶無視された。
俺はそう思って、女の人のその態度に不愉快な思いを感じた。
女の人のすぐ斜め前に立っていたハザンが、女の人の声に応える。そのまま暫く2人で会話を続けて、話し終わると、女の人は俺から視線を外して一度床を見て、軽く息を吐いて退出して行く。
感じが悪いな。
そう思う俺とトールの横を通る時に、女の人は何かを小声で呟いた。その瞬間、トールの肩が強張ったのを俺は見逃さなかった。
何か嫌味的な事でも言われたのかな、と思った。
ハザンが女の人に続いて、無言で出て行こうとする。ドアの横に来た時、使用人らしき人から書類のような物を渡されてそれを読んだ。横に行って覗き込んでみると、文字らしき物が書かれていたが、やはり読めない。恐らくこちらの世界の文字なのだろう。
そんな俺を無視して、ハザンは知らない言葉でトールに何かを言い、その書類を押し付ける様にトールに渡して先に部屋を出た。
押し付けられたトールは書類に素早く目を通して、そのままその書類を丁寧に畳んで鎧の境目から懐にそれを仕舞う。
そして「行きましょう」と日本語で言って俺を促してから部屋を出、そのまま建物の外へと向かった。
俺は、どんどん怒りが膨らんで行った。分からない言葉での勝手なやり取り、説明少なく連れ歩かれるこの状態。
苛立ちが膨らんで行く。
俺は、その場で立ち止まってトールを睨んだ。
トールが悪い訳ではない。それは分かっている。彼だけが俺に分かる言葉を使い、説明してくれている。
けれども、圧倒的に説明が足りないし、結局トールも俺を使って何かをしようとしている訳だ。
ハザンに至っては明らかに俺を嫌っている素振りがあるし、「仕事だから仕方がない」といった嫌々な態度があからさまだ。
日本語を使えるのに、あえてこちらの世界の言葉で話しているのは、他でもない俺への嫌がらせ。俺はもはや喧嘩を売られているとしか思えなくなって来ていた。
「アキラ?」
突然立ち止まった俺を不思議顔で振り返るトール。トールの方が背が高いから、俺が自然と見上げる形になる。それがまた、ムカついた。
「あのさ・・・」
俺が溜まった不満を吐き出そうとしたその時、外から大きな音が響いた。何かが爆破する様な音と、それに続いて、風だろうか?ビューっという圧縮された空気が押し出される様な音。
それと同時に、強い爆風にでも煽られたのか、この広く大きな平屋の建物自体が激しく震えた。
「何だ・・・?」
トールも俺も固まっていた。だが一瞬の後、新たな音が響いて来たのを聞いて、トールはまるで弾丸の様に身を翻して外へと飛び出して行った。
金属やガラスに爪を立てる様な、神経に触る嫌な音だった。