16、森と神様と
「森はナバラ領の北側に位置し、そのほぼ中央に城があります。城から約1.5kmの位置に洞窟がありまして、その中、1番奥に祠があります。洞窟内部は複雑ですが、分かれ道を常に左へと進めば奥に辿り着けます。領主マールス氏は1分隊、つまり12名の兵と共に祠へと行き、異常がない事を確認した後の帰路で姿が消えました。その後分隊で洞窟内部を探しましたが見つからず、4分隊にて再捜索を行いましたが発見には至っていません。現在は周辺の森を捜索中です」
ナバラ兵の隊長が地図を指差しながら説明してくれる。その話の内容をトールが訳してくれていた。
「畑は主に東側に集まっています。うち魔物被害の多いのは北の森沿い。主に猪型、鼠型、イナゴ型の魔物が群れをなし畑を荒らしています。それらを捕食する鳶型、狐型、テン型、オコジョ型の魔物が、こちらも群れで行動しています。今の所人的被害は有りません。住民は畑周辺から避難させてあります。避難所と被害地の間に砦を築き警戒中です」
ハザンは、2体の魔物の死骸を片付けた後にその砦へと向かった。前線で指揮を取るらしい。
「まるで戦争じゃん。いつからこんななの?」
「2日前です。早朝畑の様子がおかしい事に気付いた者が荒らされているのを確認。夜間見張りに立つと、猪鼠等獣型の魔物が群れでやって来て芋畑を荒らし、それを捕食しに狐等がやって来たと。その翌昼にはイナゴ型等昆虫型の魔物が現れて、それらを捕食しに鳶型が現れました」
思ったよりも短期間だ。
「神様の護りがあれば、普通は魔物が入ってこないんだよね?」
「はい、そうです」
「なら、3日前の夜にその神様の護りが弱まったか、もしくは無くなったんだ。で魔物が入って来た。それが最初の異変。そんで、その2日後祠の辺りで大きな音がして何かがあった。それで森が変わった。それが2回目の異変。合計2回、何かが起こったんだよ。何か思い当たる事ある人いない?」
俺の言葉をトールが伝えてくれる。それを聞いてお互いに顔を見合わせる兵達。この場に残っている12人の内の1人が手を挙げた。
「3日前の夜、夜間の警備中に流星を見たと言っています。森の東側に落ちた様に見えたものの、なんの音もなく静かだったので気の所為かと思ったそうです」
音も無く星が落ちた・・・。
その兵の話を皮切りに、周囲の兵達が話し始める。小声だったのが徐々に大きくなり、そしてみんながみんな、同じ言葉を使い始めた。
『ゴテラ』と言う言葉。何かの名詞みたいで、『ゴテラ』が何かをしたとか、どうにかなったとか、そんな感じに聞こえる。
「トール、『ゴテラ』って何?」
「『ゴ・テラ』は神の名です。『ゴ』が神で『テラ』が名。『テラ』神、ナバラ領の守護神の名です。みんな、テラ様に何かがあったに違いないと、そう言っています」
「そうなんだ、ふうん・・・。その神様に会って話でも聞けたら早そうだけど」
俺は頬杖を付いて、投げやりに何となくボソリと呟いた。それにトールが答える。
「テラ様は祠にお住まいだと聞いています。ただ、お会いになるのは代々の領主とその血縁の方のみだとか」
それを聞いて、俺は軽く驚いた。
祠があってそこに神様が住んでる。そう聞いて、何となく俺はお稲荷さんみたいなのを想像していた。狐の神様が祀られていて、油揚げを供えたりするアレだ。神様はそこに居るんだろうけどそれは信仰で、実際に会って話したりなんて事は出来ない。
が、ここは違う世界だった。神様が住んでるっつったら本当にそこで暮らしてるんだ。だから、話す事も出来る・・・。
そうか。だからマールスは、もしかしたら神様に会いに行ったのかも知れない。凄い音したらしいけど大丈夫?って。
けど、会えなかったか、もしくは会えても何とも無かった。特にこれといって異常は無いし、また出直そうと思って引き上げる。
その途中で、何かがあった・・・。
例えば、声がしたとか。苦しそうに呻いてたとか、「助けて」って言われたとか。で、マールスは振り返って、もう一度神に会いに行った・・・。
とか?
うーん、と俺は唸り声を上げて悩んだ。
神様は今も、居るのだろうか・・・?それとも居なくなってしまったのだろうか。領主が行方不明では、誰にも確認出来ない・・・。
いや、血縁関係のある人がいればいいのか。妹のマージュがいる。
彼女に見に行ってもらう?
いや、兵と一緒に行った領主が行方不明になってるんだ。同じ事してまた行方不明になったんじゃどうにもならない。
どうしたら良いのか分からず、うーん、ともう一度唸り声を上げた。
子供の頃にも、今と同じ様に唸りながら悩んだなぁ、と昔の事を思い出した。確か耀と喧嘩した時だ。小学校に入るか入らないかの小ちゃい頃に母さんの友達が俺らに同じ包みのプレゼントをくれた。中身は全く同じ物が入ってたんたけど、そのプレゼントのメインと思われる車のオモチャを耀がいきなりぶっ壊して、俺のをくれって言って来たんだ。で、取り合いになって収集つかなくなった時、母さんがその一つしかない車を取り上げた。
『さぁ、どうしよっか』
そう言って、背伸びしても届かない高い所に車を乗せてしまった。耀はひたすら泣いてた。泣いて母さんに縋り付いて、取ってくれとせがんだ。
俺は、今みたいに唸りながら悩んだんだった。それで、母さんの友達に聞いてみたんだった。
『例えば、あの車を取れたとしたらどうなるかな?』
『耀とケンカして、遊べなくなっちゃう』
『そうなりそうだよね。それって、楽しい?』
『ううん、つまんないし、やな感じ』
『ならさ、どうしたら楽しいかな?』
俺は残された車以外のオモチャを見た。小ちゃい人形と電車のシール。あと何だったか忘れた。俺はその人形の服を脱がして、裸の体に電車のシールを貼った。
『ねぇ見て見て、電車男』
『やば、ウケる』
母さんの友達が腹を抱えて笑う横で、俺は電車シールを貼った人形を電車に見立てて走らせて遊んだ。そのうちに母さんと耀も来て、一緒になって遊んだ。
昔から、何か考えて見つけ出すのが得意だったよな・・・。
行き詰まった今、自分に使える物と出来る事を考える。
トール、1分隊のナバラ兵、2匹の馬。森の中には行けない俺。俺だけが行けない森の中の異変、みんなが行ける畑の騒動。神の護りさえあれば来ないはずの、多過ぎる魔物。どっから来たのか・・・。襲われてるのは東部畑の北側森沿い。生き物の気配を感じない森。音も無く落ちた星。落ちたのは星なのか?例えば、音も無く落ちて来たのが星じゃ無くて『魔物』だったとしたら?魔物を恐れて、森の生き物達は逃げるなり隠れるなりして息を潜める。神様は、侵入した魔物を排除しようとして、どうにかなった・・・?それが『大きな音』か。
仮説が出来上がって来た。
「なぁ」
トールに言う。
「現状、ここに行くことって可能?」
言いながら地図の一点を指差した。森の南東部と畑ゾーンとの境目。
トールが隊長に確認する。
「行けるそうです。少し引き返してから東へ向かう獣道があります。通る人がいないので草が茂って馬は無理だと」
成る程。
「行こう。見てみたいんだ」
そう言って立ち上がった時、森の奥から馬の嗎が聞こえて来た。何事かと見ると、立ち去ったはずの馬車が戻って来てすぐ側で止まる。扉が開き、中からマージュと2人の使用人らしき女の人が降りて来る。
「様子が気になって見に来たと言っています。何処かへ行くのであれば、自分も付いて行きたいと」
何でだ。何かあったら危ないのに。
そう思って追い返そうとしたが、兄を心配しているのだと思い直した。無理に帰したらこっそりついて来るかも知れない。なので離れてついて来る事を条件に許す。
決定権が自分に一任されている。自分が指揮官になったみたいで気分が少し高揚していた。




