14、重なる事件と密談
場が静まり返る。その場のほぼ全員が美女を見ていた。
そこにいるだけで世界がワントーン明るくなるような輝かしい人。計算し尽くされ、どの角度から見ても完璧な髪型、衣装、メイク。よく芸能人に向けての褒め言葉で『華がある』というのがあるが、正にそれ。自然と目で追い掛けてしまい、一挙一動から目が離せない。
その人が、俺を見ている。
あとハザンも俺を見ている。こちらは見ているというか睨んでいるのだが。
美女が、俺を見たままでハザンに声を掛けた。ハザンが美女を振り返り、一言二言答える。そして再び俺を見る。
なんだろ、めっちゃ見られてるけど・・・。
そう思っていると、美女が俺の方に歩いて来た。乗っていた馬車から遅れてもう1人降りて来る。こちらも作りの良いドレスとブーツを身に付けて隙のない身嗜みの女の子。同じく金髪で生花を飾り付けている。美女に似てないけど、なんか、寄せてる・・・?そんな感じの子だった。
美女が進む度に、周囲の人が道を開けて頭を下げた。
・・・えっと、エライ人、なのかな?
美女が俺の前で立ち止まる。そして、こちらの言葉で話しかけて来た。
可愛い声だ。
ってそうじゃなくて。
「何つってんの?」
俺は横にいるトールに聞いた。
「勇者様とお見受けします、と」
トールの通訳を聞いてから改めて美女を見ると、美女が会釈をしてくる。後ろに立っている女の子もそれに習って会釈した。
俺も何となく「うぃっす」と会釈を返す。
そんな俺の手を美女が両手で包むように握ってきた。
わっ、柔らか・・・。
思わず口をポカンと開けてしまう俺。手入れの行き届いた手は綺麗で暖かかった。
そのまま俺の顔を見て、美女は何かを言ってくる。その都度トールが訳してくれた。
「王城までアキラに会いに行ったが会えずに、今帰って来た所だと言っています。この先のナバラ領の城へアキラを招きたいと。こちらはナバラ領主夫人で、後ろの令嬢は領主の妹君だそうです。因みに私達が向かっている活性化の件の畑もナバラ領内にあります」
後ろに控える女の子を見ると、ニコリと微笑まれた。可愛い。
「ナバラ城は森の中にあるそうなのですが、その、城周辺の森がこのところおかしいと言っています。魔物のせいかも知れないのでアキラに見て欲しいと」
「え?でもこれからまた芋畑の調査だよね?」
様子を見ていたハザンが後ろから話に加わった。ハザンと美女が話し合う内容をトールが訳す。
「『王城から別の調査依頼を受けているから行けない』『どうせ畑の件でしょう。それよりもこちらを優先的に』『そういう訳にはいかない』『あなたと話してるんじゃない。こちらの勇者様と・・・』」
「ま、待ってトール。もう良いよ・・・」
相変わらずトールは真面目で厄介だ。美女とハザンの喧嘩をそのまま微妙に声色を変えて寸劇の様に訳してくるトールにちょっと呆れる。
通訳してくれるのは良いんだけどな。
そう思いながら俺は、額から汗をかきながらトールの通訳を中断させた。
「3人居るんだからさ、どちらかじゃなくて両方行けるんじゃね?片方断るよりはさ、話だけでも聞きに行こうよ。畑は人手が足りないから駆り出されたんだろ?だったらそっちに1人。この美女の方は俺御指名だから俺ともう1人。そんなんでどう?てか馬車が道塞いでんじゃん。のんびり話してるとか迷惑だろ」
このままじゃ埒があかなそうだから仕方なくまとめた。ハザンとトールと美女と俺、多分俺が1番年下。それでも三人共俺の話を聞いて渋々とだが聞き入れて動き始めてくれる。周りの人達も動き始める。滞っていた人の流れが動き出した。
道の脇に繋いだ馬に向かって歩き出した時、ハザンがトールに声を掛けた。そしてそのまま自分の馬に乗って先に走って行ってしまった。俺の事は見ない。完全に無視。
「ハザンは畑に向かうそうです。ひとまず様子を見てからナバラ城に行くと。なのでアキラは私と先に城へ行きましょう」
「コレが、異世界産の『核』?」
男が言った。浅黒い肌に黒い癖毛。長い爪の親指と人差し指を器用に使って黒い棘のようなものを摘み上げる。上から下からと覗き込み、気が済むまで品定めをすると、その長い爪で上へと弾き飛ばして遊ぶ。落ちて来た黒い棘を掴み取ろうとすると、横から出て来た白い手に奪い取られた。
「貴重な1つなんだから大事にしなよ。遊ばないで」
白い手の女が言った。男とは対照的に白い肌に白い髪。女は黒い棘を手のひらに乗せ、大事そうに目の高さに掲げるとうっとりと見詰めた。
「綺麗じゃないの。若い男の子の『悪意』は」
そう言う女の手の上から、新たな手が黒い棘を摘み上げた。
「コレでひとつ実験をしてみて欲しいのだけど、どちらがやってくれる?」
新たな手の主は、黒い棘を目の前に翳して2人に聞いた。
「実験?」
男が聞いた。
「そう、実験。この『核』を、『外側』に刺してみて欲しいの」
2人が驚きの声を上げる。
「そんな事して、どうするんだ?」
「『外側』が活性化したらどうするの?」
焦った様に新たな手の主に詰め寄る2人。2人に向かって手の主は答えた。
「活性化するのかどうかを確かめたいのじゃ。活性化したらば、そのまま件の『勇者』の方を殺めさせてくれまいか。あれは使えぬ・・・」
そう言って、長いまつ毛を伏せる手の主。
「でも、せっかく召喚したのに」
女はそう言って、心配気に手の主に一歩近付いた。
「なに、また召喚すれば良いだけの事。既に準備は進めておる故心配には及ばぬ。あの『勇者』、何の力も無いのに先だっては殺められなかった・・・」
そう言って悲し気な表情で目を伏せる手の主。2人は言葉に詰まり、一心に手の主を見詰めた。
「ならば俺がやろう。活性化しなかったら、俺が殺るよ。だから、そんな顔するな・・・」
男がそう言った。そして手の主の元まで寄り、その手から黒い棘を奪い取る。
「ありがとう、優しいのね」
悲し気な表情のままで笑う手の主。
「俺に任せておけ。だから、もう休め。体に障る」
男はそう言って、手の主の腹を撫でた。大きく膨らみゆくその腹の中の存在に向けて跪き、手を取り甲に口付けてからフッと消えた。
「頼みますね」
手の主はそう呟いた。部屋の中には、既に誰も居ない。開いた窓を閉じ、寝所に横になるとニヤリと笑って眠りについた。




