13、次の街へ
部屋の前まで来ると、中から話し声が聞こえた。こちらの世界の言葉で、1人はトールで、そしてもう1人は女の子の声。
げっ・・・。
俺が中の様子を気にしてドアを開けるのを躊躇しているのを見て、後ろからハザンが俺を押し退けて勢いよくドアを開けた。
俺は気まずく思って後ろを向いて部屋から離れた。中から聞こえる女の子の可愛く小さな悲鳴。ドアを開けた勢いそのままにハザンは部屋の中に入り込み、そして低い声で何かを言った。言葉は分からないが、大体内容は分かる。
寝ろって言ったのに女連れ込んでたら、そりゃ怒られる。
そろーっと中を覗き込もうとすると、服をサッと体に巻いただけの女の子が出て来てぶつかりそうになる。目が合うと、その女の子は俺にウインクをして去って行った。
美人だった。思わずぽーっとなり、付いて行きたい衝動に駆られるが堪えた。
恐る恐る中に入ると、ハザンがトールに向かって手紙を叩きつける所だった。睨み付け鼻息も荒く、そのまま俺と入れ替わりに部屋から出て行くハザン。怖。
ドアがバタンと勢い良く閉まる音を聞きながら、俺はトールを見た。裸で布団に包まり、うつ伏せになりながら片手に持った手紙を定まらない目線で眺めている。
「・・・断りきれなかったんだ・・・」
と、俺に言い訳をする。
俺は苦笑いをしながら、手紙を持つトールの手と腕を見る。布団の隙間から覗く肩や胸の筋肉はさすが兵士、控えめに言ってもムキムキで男の俺から見ても惚れ惚れする。顔立ちも悪くない。男らしいハザンと対照的にスッキリとした癖のない造りはバランスが良く、まるで美術室に置いてあるデッサン用の彫像のようだ。
女の子がほっとかない感じだよな。しかもこいつ優しいし・・・。
「ここの女の子達は元気だしな」
何の慰めにもならないけど、俺はそう言った。
「すぐ、支度します。支度が済み次第出発です」
頭を掻き欠伸を噛み殺しながら、そう言って立ち上がるトール。俺とハザンが神殿に向かってから3時間くらいしか経ってないんじゃないだろうか。時計が無いから体感でしかないが、その間で女の子の相手もしてたのなら、殆ど眠れていないだろう。
「大丈夫なの?寝不足みたいだけど・・・」
心配になって俺は聞いた。
現場に出た兵士が、どの位のスパンで休眠を取るものなのか知ってるわけじゃ無いけど、ハザンが怒ってるんだから、まぁ良くないんだろうなという事は分かった。
トールは乾いた笑い声を上げて「慣れてますのでどうぞお気遣い無く」と気遣いに気遣いで返して来た。
「手紙の内容は聞いていますか?」
「いや、聞いてないけど。これから城に行くんじゃ?」
服を着るトールを見ながらそう答えた。城に行く前に、活性化の調査をする為にこの村に寄っただけの筈だ。終わったのだから今度こそ城に向かうと思っていたのだが。
「別の街での活性化調査の依頼です。城へは行かず、次の現場へと向かいます」
「は?何で?」
「城に立ち寄る事無く、活性化現場にて調査・解決し、そのまま魔王と対峙する様に、との命令です」
・・・ああしろこうしろって、勝手なもんだ。めちゃくちゃな命令でも真面目に聞き入れなきゃならん方の身にもなって欲しいだろうな。
「兵士は大変だな」
同情の気持ちを込めてそう言う。せめて俺は、我儘言わずに従ってやろう。
「アキラも振り回して申し訳ない」
更なる気遣い。優しすぎるよトール。
「異変が起こり始めたのは3日程前から。郊外の畑の芋が荒らされ・・・」
「また?一緒じゃね?」
「いえ。あ、まぁ今は芋の時期ですから。この辺りは芋の産地として有名ですので、そもそも芋畑が多くあります。活性化被害は屋外が基本ですので、総じて芋畑が被害現場になる率が高くなります。なので・・・」
「あー、分かった分かった。中断させて悪かった。で、どんな魔物が?」
「あ、はい。活性化した魔物は・・・」
馬に乗って被害のあったという街に向かいながら、トールから詳しい内容を教えてもらった。
ハザンは、トールがいると元通りに日本語を喋らなくなる。日本語どころか俺とは喋らない。今も俺とトールが並んで進むその遥か前方を、1人で進んでいた。
どうやら、俺を1人で放っておくなという命令が下っているらしい。どちらかが常に付き添い、見張る?警護?をしている。やむを得ずハザンが俺に付いていなければならない時以外は、何かがあってもトール経由で俺に伝えて直接は喋らない。
可能な限り俺を避けてる。そんな感じだ。非常に感じが悪い。
さっき2人の時は、結構普通だったのにな・・・。
「・・・」
トールの話を聞きながら、ボーッと考え事をする。ながらで乗れる程度には馬に慣れた。
進む街道は、村を離れるにつれて広く整備が行き届き、立派になっていった。人通りも徐々に増えて、旅人や商人、徒歩の人馬の人、荷車、馬車と様々。
目的地は、大きな街なのか。
そう思った時、進む先に立ち往生している荷車が見えた。
「車輪が窪みにハマってしまってますね」
トールはそう言って近付いた。俺も続く。すぐ横に行くと、そこには既に馬から降りて見聞しているハザンの姿があった。
荷車は人が引いていた様だ。荷台には陶器の瓶がぎっしりと積まれていて重そうで、その重みで街道の敷石が割れて車輪がはまり込んでしまっていた。
荷車を引いていた爺さんとハザンと、通りすがりのオッサンの3人で後ろから押すもののびくともしない。ただキシキシと木の軋む音が響くだけだ。
「手伝いましょう」
言ってトールも加わって4人がかりで押すがやっぱり変わらず。1人が前から引っ張ってみたり、前後で2-2で分かれてみたり、色々やってみていたが状況は変わらず。車輪と敷石の割れ目がガッツリと噛み合ってるみたいだった。
ギャラリーが徐々に増えていく。あーだこーだ言ってるうちに後ろからでっかい馬車が近付いてくる。ハザンが馬車の前まで行って、状況を説明した。
「・・・」
俺はそこでようやく馬から降りた。道の脇までトールと自分が乗っていた馬を連れて行き繋いで、そこで太目の木の枝と何かの板の破片と、拳芋みたいな石を拾って荷車に近付く。ハマった車輪の前側に板の破片を差し込み、後ろ側に少し離して石を置いて木の枝を車輪の下に突っ込む。
「トール来て」
爺さんとオッサンと話していたトールを呼んだ。
「どうしたアキラ?」
「荷車に手掛けて」
俺はトールにそう言って、荷車の後ろ側の、みんなで散々押してたところにトールの手を掛けさせる。
「4人で押してダメだったのに、私1人で押させるつもりですか?」
「まぁ、いいから。ちょっと目瞑って」
「?はぁ・・・」
トールは素直に目を閉じた。ハザンは馬車の御者と話していて、爺さんとオッサン、ギャラリーはみんなハザン達を見ている。
よし。
「トール、押して」
俺はそう言った。トールが素直に荷車を押し始めたタイミングで木の枝を下に向かって押す。テコの原理で車輪が浮き上がり、前から噛ませた板の破片の上に乗って割れ目から出た。
何のこともない。大した力も無く荷車はカラカラと前へと進み始める。
「わっ、え・・・!」
トールが目を開け、驚いて声を上げる。
俺は持っていた木の枝をノールックで投げ捨てて、トールを見て大きめの声で言った。
「うわ、トールすげー。力持ちじゃん」
演技はあまり上手くない。棒読みなのはご愛嬌。
テコの原理を発見したのはアルキメデス。風呂に入って溢れる水を見て思い付いた原理だと言うことだ。それが紀元前250年の事。他にも浮力やら円周率やら、えらいものを見付けた超有名な大天才。
そういう天才が、この世界にはまだ現れていないのかも知れない。
自分の行動の一つ一つがこの世界に影響を与えてしまうかも知れないという怖さと、目の前の困り事を簡単になんとか出来るという変な優越感と、見て見ぬ振りをする罪悪感と、ハザンに見つかったら何か文句が飛んできそうだなという嫌な気分と緊張感。全部混ぜて俺の中でまとめて搾り出した答えが、コレ。
みんな見てないうちにコッソリと、トールがやった事にして解決するという荒技。
オッサンと爺さんが明るい表情で駆け寄って来て、トールの肩を叩きながら何かを言っている。多分褒め称えているんだろう。俺もなんとなく調子を合わせて笑いながらトールの肩を叩いた。
まぁ、良かったな。これでみんな進める。
けど・・・。
なんか嫌な気配を感じて振り返る。と、ハザンが俺を睨んでいた。
あ、バレてる感じね・・・。
そう思って俺の額から嫌な汗が流れた時、ハザンの向こう側の馬車のドアが開いた。そして中から日傘が差されて、華やかなドレスの裾と、質の良い高そうなブーツが見えた。慌てた御者がドア迄走り、出て来る人に手を伸ばす。その手を取って地面に降りた人・・・。
その人は傘を上げると俺を見た。
豪華な金髪に生花を飾り付けた、でもその花に負けないくらい華やかな、とんでもない美女だった。




