11、3匹の魔物の末路
ハザンと2人とか、普通に緊張してしまう。あんなに嫌がっていた日本語を、普通に喋ってくれてなんか怖い。
「何で・・・」
何で急に?と思っていたら心の声が漏れてた。
無言で前を歩いていたハザンが、聞こえたのかこちらに気を振るのを感じた。そして俺の言いたい事を察した様に言う。
「お前を1人にする訳に行かない。まさかトールが一晩中見張りに立つとは思わなかった。あいつを寝かさないと、これから先持たないからな」
「え・・・」
見張り・・・?
何の・・・?
疑問しか無い。
俺がよく分かっていないという事が分かったのか、ハザンが一度立ち止まって俺を振り返る。そして言った。
「あいつも馬鹿だが、お前も馬鹿か」
何故か怒られた。そしてそのままその話は打ち切りとなった。納得いかない・・・。
「3つの死骸がこちらに」
神官のオッサンに連れられて、俺とハザンは神殿の奥の部屋に通された。そして見せられる魔物の死骸。
その数、3つ・・・。
「・・・は?何で3つ?」
昨日の活性化した魔物は『蛾』と『モグラ』の2匹だったんじゃないのか?
オッサンの向こう側の机の上に並べられた布の様な物。黄ばんだ白地の色紙みたいなソレには、劣化した血みたいな茶色で円陣みたいな図が描かれていた。3つあるソレの上にちょんと置かれた魔物の死骸。右から『蛾』『モグラ』そして『トカゲ』。
・・・え・・・。
俺はオッサンを押し退けてトカゲの前まで進んだ。そしてしゃがんで顔を近づけて見た。仰向けに白い腹を見せたトカゲは微動だにせず、口と尻から中身を全て吐き出した跡が残っている。
昨日畑に向かう時は生きていた。ほぐした肉を食べて、丸くなって休んでいたのに。
「何で、死んじゃったの?」
俺は、少なからずショックを受けていた。噛み付いてくるのは困ったものだが、段々と可愛く思えてきていたから。
情が湧いてきていたのに・・・。
「それも含めて説明致します」
オッサンは奥に控えていた別の若い神官に目配せをする。そいつは頷いて両手を机にかざした。するとその神官のかざした手がボンヤリと青白く光出し、一拍置いて茶色の円陣も光出す。
「・・・」
無言で見守る前で、それぞれの魔物の死骸の上の空間に、文字の様な物が浮かび上がった。
「分かりますか?いや、内容は読めないでしょうが、右2つと、左側のトカゲとで違う文字が出ているでしょう?お読みしますね。まず右側の2つは『魔鈴を持つ者こそ、己を愛する者。いついかなる時も護り慈しみ、愛を捧ぐ』とあります。まぁ、呪縛の様な物です」
オッサンは胸元から折り畳んだ布を取り出して広げた。中から鈴が現れる。昨夜畑の下で少女が落とした鈴だろう。その鈴に向かってオッサンが何かをボソボソと呟くと、今度は鈴の上の空間に文字の様な物が浮かび上がる。
「『魔鈴』と読みます。つまりはこうです。この鈴を持っている人物を親兄弟や伴侶の如く慕い、護り共にあるように、との『呪い』です。昨夜の状況を伺うに、この鈴の持ち主であったジュリが、うっかり落とした所をハザン殿が拾い上げ、鈴を持った状態で挑発を掛けた。勇者様はご存知ですか?挑発とは自らに敵意を向けさせ攻撃させるものです。これがどう言う事か、お分かりになりますか?」
「・・・大切な人から、敵意を向けられて、自分も敵意を向けるべきだと・・・」
「そう。相反する事を同時に、愛し敬いながら憎み殺せ、と言っている様な物です。魔物は無垢でとても純粋な生き物です。1人の人間に対して、同時に正反対の感情を抱くなどということは不可能。その様な事を無理やりさせたら自滅してしまいます」
俺の頭の中に『ハラスメント』という言葉が浮かんで来た。精神的に逃げ場の無い状況に追い込むアレだ。
酷い事だ・・・。
俺はハザンを見た。意識的にそうした訳では無いだろうが、無垢な存在を苦しめる片棒を担がされた訳で、その事実をハザンがどう受け止めるのかが気になったから。
ハザンは、何の表情も浮かべず、腕を組んで無のまま静かにオッサンの話を聞いていた。
「では次、トカゲの方です。書かれている内容は『異界より来る者は己の敵であり悪。見付け次第殺さなければならない。さもなくば己が死す』」
オッサンはそこで一度黙り、俺を見た。
「勇者様は悪い奴だから敵、殺さないと自分が殺される。そういう『呪い』です。こんな『呪い』が掛けられていたから、活性化が解けても勇者様に襲い掛かり続けたのですね。ですが、それに齟齬が生じた。恐らく何か、勇者様、貴方がこのトカゲにしたのでは無いでしょうか?トカゲを助けたり、世話をする様な、トカゲにとって良い事を」
「・・・」
俺は昨日の事を思い出した。雨が降って来て、トカゲが濡れない様に上着を掛けてあげた事を。食べられず口から出してしまった硬い干し肉を、食べやすい様に柔らかくほぐして与えた事を。
大した事じゃない。ちょっと、ほんとにちょっとだけ、世話をしただけだった。けど、
トカゲは、あれが嬉しかったって事か・・・。
「・・・俺の、所為か・・・」
「勇者様の所為ではありません。この理不尽な『呪い』の所為です」
眉尻を下げた、困った様な表現でそう言うオッサン。
トカゲは、俺の事を倒そうとしていたんだ。殺さないと自分が殺される、そういう強迫観念に追い立てられて。なのに、俺が雨から守ってやったから。世話をしたから。優しくしたから・・・。
トカゲは、戸惑った顔をしていた。戸惑いながら、苦しんでいたんだ。
あんな事、しなければ良かった。ほっとけば良かったんだ。
俺の所為、じゃん・・・。
オッサンが布に鈴を包み直して、若い神官に渡した。若い神官が出した手を戻してそれを受け取り、机の上の3つの死骸も、それぞれ下の布で包んで、まとめて持って退出した。
「王都に報告と共に送ります。これは、許されざる事件です。有ってはなりません。繰り返してはなりません。これが件の魔王なる者の所為ならば、何としても止めなければいけません。勇者様」
オッサンはそこまで言って、俺の手を掴んで、両手で抱え込んだ。
「我がレニア神殿一派は、この件の解決に全面的に協力致します。魔物は指標です。魔物達が健やかに過ごせる世界こそが我々レニア一派の、いえ、この国の目指すところです。魔物の心を踏み躙り、都合良く利用し、苦しめるだけ苦しめて挙句捨てるなどと・・・」
オッサンの手の力がどんどん強くなる。興奮気味なのか鼻息も荒い。
「オッサン痛いよ」
「おっと失礼」
オッサンは一度手を離して、そして興奮冷めやらずもう一度握ってきた。やっぱり強目。
「・・・よろしくお願いします!」
力一杯頼まれた。
このオッサンは魔物が好きなんだ。そう思った。あっちの世界でも、動物愛に溢れる人は多い。もしこのオッサンがあっちにいたとしたら、動物愛護の団体にでも入っているんだろうな、と思う。
俺も、動物は嫌いじゃない。
「おう、任せろ」
オッサンの圧に飲まれるように、そう答えた。許せない気持ちは同感だった。




