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1 、屋上から落ちただけなのに

25.7.12修正をしました。

「ここは、どこだ・・・」


 俺は、激痛に耐えながらそう呟いた。


 地面に強く、体の右側から落ちたらしい。右側の肩、右腕、右脚、とにかく右半分が熱く、そして痛かった。


 一瞬呼吸が止まった。同時に腹の底から食道を遡って込み上げて来る物を感じ、吐き出してしまいそうになるのを必死に飲み込んで堪える。


 飲み込むと、喉元に閉塞感を感じた。上手く息が吸えない・・・。


 死んでたまるか!


 俺はそう強く思って、口を大きく開いて無理矢理に息を吸い込む。喉が変な音を立てたが、狭い喉を押し開く様にして酸素が入って来た。十分では無いものの、何とか呼吸が出来る様になる。


 浅い呼吸を早いペースで繰り返しながら、俺はいつの間にか閉じてしまっていた目を開いた。


 90度傾いた世界の中、砂埃の向こう側に多くの人が群がっているのが分かった。


 低い視界の中に、色とりどりの布を巻き付けた奇妙なブーツの群が見える。皆んな遠巻きに俺の事を眺めているのか、そのブーツの群から近付いてくる者は1人も居なかった。


 痛みを耐えながら首を跨げる。それによって目線が変わって視界が広がった。


 すると、遠巻きに眺めていたブーツの層から、響めきの声が聞こえて来た。関わり合いになりたく無いのか、声が聞こえて来たのと同時に、俺から距離を取るように一歩二歩と下がって行くのが見える。


 ボヤけてハッキリ見えない俺の視界の先で、俺を囲む輪が広がっていく。


 ブーツの層が薄くなる。


「モシ・・・」


 その時、ブーツの主達の層の1番薄くなった所から、何者かが1人近づいて来た。


 俺はそいつを見た。


 そいつが俺に向かって声を掛ける。


 高い声。


 女の子だろうか・・・子供だろうか・・・。


 背は低い。大体150cmで、近所に住んでる小5の女の子と同じくらいに見えた。


 その子は白い布を頭から被っていた。向こう側が見えない厚手の布で、口元まで隠れていて殆ど顔が見えない。


 一枚布を巻き付けて紐で縛った様な服装をしている。色は白。ブーツに巻いてる布も白。統一された眩しい白一色の所為で、周囲の人の群れから浮いていた。


「モシ、アナタハ日本ノ方デショウカ?」


 その子は、片言の日本語で俺に話しかけて来た。英語圏の旅行者がその場で覚えたローマ字読みみたいな感じだった。


 外国人、なのか?


 そう思ったものの、改めて周囲の人の群れを見て俺はギョッとしてしまった。


 浅黒い日焼けした肌に、彫の深い面立ち。青や緑や茶色の瞳に、縮れた金や茶色の頭髪。


 どうやら、この場所で外国人なのは俺の方みたいだった。


「・・・ああ・・・」


 そう、小声で返事をした。返事をしたものの、俺は状況が全く飲み込めなかった。


 一体ここは何処なんだ。さっきまで学校に居た筈なのに。


 放課後、同じクラスの仲の良い女子から呼び出されて、俺は屋上に行った。その子が、実は俺の事が好きらしいという噂を聞いていたから、もしかしたら告られるのか?と期待に胸を膨らませていたのだ。


 そこで・・・。


 段々と思い出して行くものの、頭を打ったのか今ひとつ記憶がハッキリしない。何があったのか思い出そうとするとキリリと頭が痛む。痛む頭を抱え込もうと体に力を入れようとすると、体の右側に激痛が走る。痛みに意識が飛びそうになるのを必死で堪えた。


 苦しそうな俺の様子を見て、ブーツの主達の群れから再び響めきが上がった。


 声を掛けて来た白い布を被った子が俺に駆け寄ってくる。


 その子は俺の前で座り込むと、俺の頭の下に手を入れて支えてくれた。


 首が楽になる。


 被った白い布の隙間から、その子の顔の鼻の辺り迄が覗けた。


 布に負けないくらいに白い肌に、ふっくらとした薔薇色の頬。


 女の子だ。


 そう思ったその時、意識が飛びそうな程の痛みが少し和らいだ。熱く痛かった右半分が、やんわりと暖かく、心地良い感覚に包まれていく。


 何事か、と思い、俺は自分の体を見る。


 すると、驚くべき光景が広がっていた。


 何本もの細い金色の糸のような物が俺の体の右半分をサラサラと撫でていたのだ。


 ギョッとしながらその糸の出所を目で辿って行くと、女の子の手があった。俺の首を支えていない方の手のひらから、大量の金色の糸が生えている。


 ・・・何だこれ・・・怖・・・。


 女の子は、何かをブツブツと小声で呟いている。その声に合わせるようにして糸が蠢いていた。


 その糸の動きの、何と言うか虫っぽい生き物感にゾワッと鳥肌が立ってしまう。正直気持ち悪い。けれども、それのお陰で間違い無く痛みは消えて行った。


 怖いやら気持ち悪いやら、でも心地良いやらで、俺は暫くそのまま固まっていた。


 ある程度痛みが引くと、俺は体を起こして、その場に胡座をかいて座った。


 金色の糸がスーッと女の子の手のひらの中に消えて行く。


 治療、してくれたんだよな?


「ありがとう」


 俺はお礼を言って、女の子を見た。白い布の下の口元が笑う。


 その時、静まって遠巻きに俺と女の子の様子を見ていたブーツの主達の群れが、再び騒がしくなった。遠くから馬の蹄の音が聞こえて来たのだ。


 ブーツの主達の群れが左右に開いて道を開ける。


 すると、砂煙を伴って2頭の馬が姿を現した。それぞれの馬は立派な甲冑を装備していて、硬く重そうな鞍の上には、これまた重そうな鎧を身に付けた男達が乗っている。


 馬に乗った男達は、ブーツの主達の群れと知らない言葉で二言三言話をすると、俺を見て近付いて来た。


 女の子が振り返り、立ち上がって合掌し、頭を下げる。


 馬に乗った2人の男の、向かって左側、赤毛の男が女の子と話す。


 やはりそれは知らない言葉で、続けて口を開いた右側の、茶髪の男の言葉も、同じく理解する事が出来なかった。


 状況が全く飲み込めなかった。


 訳がわからないままで成り行きを見守る。


 と、女の子と話終わったのか、右側の茶髪の男が俺を見て、その場から話しかけて来た。


「ご無事で何より、()()()()。私の言葉が分かるでしょうか?」


 それは、予想外に流暢な日本語だった。


「・・・はい、分かり、ます・・・」


 俺は答えて立ち上がった。もう、体は痛く無かった。


「お迎えに上がりました。ご同行願えますか?」


 茶髪の男は、俺を真っ直ぐに見たままでそう言った。何かあれば直ぐに動ける様構えた隙の無い視線。けれども嫌な感じはしない。品定めをするでも無く、見下す訳でも無く、ただ俺を見ている。


 迎えに来た?どう言う事だ?それに、()()()()って、何だ・・・?


 頭の中には疑問しか浮かんで来なかった。


 ここは何処なのか?コイツらは誰なんだ?ここは異世界、なのだろうか。知らない言葉を使っているのに、何故日本語を使える人が居るのか?


 付いて行って安全なのか?信用しても良いのか?


 すぐに判断する事が出来なくて、無言で茶髪の男を睨んでしまった。すると、赤毛の男が知らない言葉で茶髪の男に話し掛け、そして俺に向かって言った。


「来い」


 威圧的に命令口調で発せられた、その言葉もやはり日本語。そう言った赤毛の男は、そのまま俺を睨んだ。


 俺は茶髪の男から赤毛の男へと視線をずらした。赤毛と男と自然と睨み合う形になってしまう。


 茶髪と違ってこちらは感じが悪い(顔も怖い)。馬上からという事もあるが、上から見下した視線で、汚い物でも見るような、侮蔑的で嫌々な目付きだった。


 初対面の相手に対してのその高圧的な態度に腹が立った。何の説明も無いこの状況にも。


「大丈夫デス。貴方ハ招カレタノデス。ドウゾ王ト、オ会イ下サイ」


 女の子が振り返り、俺を見てそう言った。白い布から覗く口元が柔らかな笑みを浮かべている。合掌していた手を解いて俺の腕に触れた。俺は、制服越しにその手の暖かさを感じた。


 周囲を取り巻くブーツの主達の視線は、興味と恐れと不安が入り混じっている。馬上の2人の男以外には、俺に手を差し伸べる者は居なそうだ。


 俺はもう一度女の子を見た。


 俺を助けてくれたこの子の事を、今は信じてみよう。


 そう思って、俺は赤毛と茶髪の2人の男に向かって歩き出した。


 歩きながら俺は、正面から強い風を浴びた。空はどんよりとした重たい雲に覆われ始めている。雨が近いのか、湿気を含んだ埃臭い風だった。その強い風を浴びて、瞬間的に、俺は思い出した。




 屋上のドアを開けると、そこには俺の弟が居た。呼び出した筈のクラスの女子の姿は無い。


「何だよ、耀(ヨウ)。何でお前が居るんだよ」


 俺は弟に呼び掛けた。俺とヨウは双子だ。同じ顔が振り返る。


(アキラ)、ゴメンね俺で」


 耀が寄り掛かった屋上の柵から身を起こして俺に言った。


 俺は、この状況を考える。


 何故クラスの女子に呼び出されたのに、代わりに弟が居るのか。


 考えに考えて、導き出した答えはこうだ。


『俺の代わりに先回りした様が、クラスの女子から告白を受け、彼女を取った』


 耀は、狙った訳では無いのだろうが、棚ぼた体質な所がある。小さい頃からいつもそうだった。たったの一歩早く辿り着いただけでお菓子を多く貰えたり、たまたま躓いて転んだお陰で小遣いを貰えたり。何の計算もなく、あくまでも自然に幸運を招き寄せるのだ。


 ()()()()()()


 その台詞にカチンと来る。『またこれか』と、呆れの後から怒りが湧いた。俺は耀に大股で近付くと、胸倉を掴み上げる。


「え?ナニ?晃何か誤解してない?」


 慌てた様に取り繕うその様子がまた腹立たしい。俺はそのまま柵に耀の背中を押し付ける。古い針金の柵が撓む。


「何が誤解だよ。いつもいつも、良いところだけ持って行きやがって」


 俺はそう言ってグイグイと耀の体を押し付け続ける。


 俺達の通う高校は、今年創立80周年を迎えた。良く言えば伝統のある、実質古臭いだけの汚い学校だった。窓枠はズレてて閉まらず隙間風が入り込み、床はひび割れた所にワックスやパテを塗り込んで埋めてある。そんな学校だったから、屋上の柵が傷んでいてもおかしくは無かったのだ。


 変な音がした。


 そう思った時には体が傾いていた。


 柵が根元から折れ曲がり、寄り掛かった俺と耀は、そのまま空へと滑り出した。俺の手は耀の胸倉を掴み、耀の手は俺の両肩を掴んでいた。


 顔面に掛かる強風。風が吹いてるんじゃ無い。俺達が落ちてるんだ。


 俺は目を閉じた。閉じた瞼の外側から強い光を感じた気がする。風圧の中、一瞬目を開けた。視界に広がる、一面の、ドス黒い『赤』。そして、強烈な金臭い臭いを嗅いだ。そして、


 そして・・・。


 強い衝撃を受けて、俺は自分の体が何かに弾き飛ばされるのを感じたんだ・・・。

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