ダンジョンには危険な匂いが漂っている。
ダンジョン、分かりやすくいうと敵とお宝がいっぱいの迷宮だ。そして今回行くのはヘドラ遺跡、最も簡単で初心者向けのダンジョンとされながら、誰も攻略出来ていないという…。何だか怖いね。
「では、フォーメーションを確認しましょう。」
場所はダンジョン前、ダンジョンに入る前にフォーメーションの確認をする所だ。
「まず私が相手の注意を引くから、その隙にガウが接近して攻撃、ウィンは支援魔術をみんなにかけてくれ。」
ガウくんは剣を使うアタッカー、ウィンは支援魔術によるサポーターといったところか。(あの本にそんな魔法があったとは書いてなかったのだが。多分全部の魔法が書いてあるわけでは無かったのだろう。)
「おう。」
「分かった。」
「リアさん、マナさん、シンさんの三人は私とガウが取りこぼした魔物をお願いします。」
つまりは残党狩りだが…まぁ、俺たち三人はアタッカー寄りだし、(全員初心者らしいし、)先輩である彼らが主軸になるのは妥当と言えるだろう。
「OK。」
「分かったわ。」
「…うん。」
おや?マナさんが珍しくハッキリと返事をしたのに、今度はリアさんの返事が小さい。…どうしたんだろうか?
「おいおい、なんか不満でもあるのか?リア。」
「…別に。」
そんなことを思っていたらまたガウくんがリアさんに…何でアイツはすぐ絡みに行くのかな?
「…さて、それでは行きましょうか。」
あぁ、ついにアインさんも仲裁するのを諦めてしまった。…俺も諦めようっと。
そうして彼らの痴話喧嘩をBGMに俺たちはダンジョンへ足を運ぶのだった。
ヘドラ遺跡。
最低でも五階層まであるダンジョンだ。
クリーム色の壁に石の床と天井、遺跡の様な形をしているが実態はただ真っ直ぐ一本道...。
遺跡というにはあまりに質素だが、遺跡と呼ばれるのだから何か古代の痕跡とかはあるのだろうか?
そんなことを考えながら道なりに進んでしばらく、..."何か"がいる。
「早速お出ましか。」
緑色の子供くらいの体をしたツノの生えた魔物。
そう、ゴブリンだ。戦士っぽいのが三人、後ろの方に黒いフードで見づらいが杖を持った魔術師みたいな奴もいる。
「では、皆さん手筈通りに。」
簡潔に話したアインさんは一気にゴブリン達へ接近。
「…ふっ!!」
自身の武器、大盾で薙ぎ払う様に一撃。
「「「ギャアッ!?」」」
不意打ちに驚いたゴブリン三体は声こそ大きいが、大したダメージは無い。(なにせ、その中の二体は怯むことなく後ろに飛んで体勢を立て直せているぐらいだ。)だが、それもそのはず...これはあくまでタゲ取り、つまり敵の注意を向けるための一撃。
「こっちだ!ハァッ!!」
ゴブリン達の後ろに回ったガウくんの横なぎ。怯んで動けなかった1体を除き、一撃でゴブリン達を仕留めた。
「グウゥゥ...!」
残る前衛は一体。アインさん、ガウくんの二人を警戒しているが...甘い甘い。
「はぁっ!」
燃え盛る炎球が彼のものを焼き払う!リアさんの炎魔法だ。
ゴブリンは声も上げることを許されず、ただ業火の中で塵と化す...!やっぱり魔法はかっこいい。
「ふう...これでおしまいね。」
おや?
「ええ、そうですね。一応、武器が壊れたりしていないか確認をしてから先に進みましょうか。」
皆さん...あいつに気づいていない?
「.....。」
あのゴブリン、何かしようとしている?...仕方ない。
(皆に話す前に、ここは自分が終わらせますか。)
「ひょいっと。」
グサッと剣を投げての一撃。魔術師のゴブリンを倒す。
「ん?何やってんだ?」
おっ、さすがガウくん。剣士やってるからか、いち早くこちらの攻撃に気づいた。
「いや、なんか変なゴブリンがいたから倒しといた。」
「はあ?そんな奴いなかっただろう。」
「いやほら、向こうで倒れてるじゃん、黒いフード被ってるから見づらいけど。」
「えっ?う~ん...あっほんとだ。」
やっぱり気づいていなかったらしく、ガウくんがみんなに知らせると皆驚いていた。
「まさかこんなところに魔術師型のやつがいるなんて..。」
「魔術師型?」
「ええ。例外もありますが、黒いフードに杖を持ったゴブリンは魔術師型と呼ばれていまして、ゴブリンの中では知能が高く、魔法を使ってくるんです。...でも、このダンジョンに現れるなんて聞いたことがない...。」
普段はいないということはかなり珍しい個体の様だ。偶然生まれたのか、はたまた…。
「...とにかく先に進みましょう。本来なら一度ギルドに戻って報告をしたい所ですが、ここからならボスを倒して転移魔法で戻った方が速い筈だ。」
どうやら思ってたより進んでいたらしい、ボスの部屋までもう少しのようだ。
「なんだもう終わりかよ。...ま、仕方ないかぁ。」
「まったく、戦闘狂はこれだから困るわ。」
「なんだと!」
(もう俺は止めないぞ。)
そんな喧騒とは裏腹に、何か異様な雰囲気がこの遺跡に漂うような、そんな気がしながらも、俺たちは前に進んだ。
ボス部屋。ゲームでもよくある、ダンジョンの最後に待ち受けるボスの住処。この世界のダンジョンは基本的に一つの層に一体のボスと部屋が用意されている。それはこのヘドラ遺跡でも例外ではない...。
(ちなみにボスを倒すと転移魔法陣が現れて、そこからダンジョンの入り口に戻れる様だ。便利だねぇ。)
そんなボス部屋の前で、俺達は...。
「....うん。このお茶、美味しい。」
「な、ならよかったわ。」
思いっきりリラックスしていた。ちなみにお茶を飲んでいるのはマナさん、そしてお茶を用意したのはリアさんだ。
(失礼だけど、彼女料理とかできないと思っていた。)
「お前、お茶とか作れんだな。」
「ふん、あんたと違ってちゃんと教養があるのよ。」
「あぁん?」
そんな、もはやいつものとかした痴話喧嘩をBGMに、ボス手前とは思えないほんわか空間が広がっていた。
「...ところでよ、シン。お前何で剣に紐なんか括り付けてんだ?」
「え?ああこれ、道具屋で売ってた自在に伸びたり縮んだりする紐があってさ、それをうまく使えばっと。」
剣を投げ、紐を引っ張り手元に戻す。
「こんな風に遠距離攻撃とかできるかなと思って。」
実際これのおかげで魔術師のゴブリンに隙を与えず倒せたし。
「...ふうん。」
「な、なに?」
「いや、変な奴だと思ってさ。」
「ひ、酷い!」
素直に言えば何でもいいわけじゃないんだぞ!傷つく人もいるんだぞ!
「...私もそう思うわ。普通考えてもそんなことしなくない?出来たとしても、使い道少なそうだし。」
「.....まあ、そうだね。」
リアさんに、アインさんまで..で、でもこっちには出会ってマナさんがいるんだ!
「...私も、変だと思う。...さすがに。」
な、仲間はいなかった、のか...。
「てか、俺達って一応仲間だよな?」
興味がないのかすでに話題が切り替わっている...。
「...仲間なら擁護の一つでもしてほしいですけどね。」
「んなこたどうでもいいだろ。...んで、実際みんなどうなんだ?」
………。
「ええ、まあ一応?そうだと思うわ。...ね?」
「はい。」
「...うん。」
「シン、お前は?」
「...そうだと思いますけど。」
まったく...何でこんな話してんだか。
「じゃあ、敬語とかやめようぜ。」
...なるほど。だから仲間かどうか聞いてきたわけか。
「仲間だっていうならさ、敬語とか名前にさんを付けるのは変じゃないか?だからやめようぜ。」
普段から敬語の俺への当てつけか?…こいつ。
「いや基本的に敬語使ってるの俺だし、なんなら結構もう敬語外れてきてるけどね。」
「でもなんか遠慮してる感じがあるんだよ。だからこれからは敬語は一切禁止だからな。後、さん付けも禁止な。」
「くんは?」
「ダメに決まってんだろ。」
ちっ。まあいいでしょう。その代わりに心の中でも呼び捨てにしてやる。代わりになってない気がするけど。
「みんなもそれで良いか?」
そう問われ、各々頷いていく。もちろん俺も同意だ。仲間なのに敬語を使っているのは変だとも思っていたし、ちょうど良いタイミングで言ってくれたよ全く。
そう話してからしばらく、各々が準備やは何やらを済ませ終わった。
「では、休憩も程々にして、そろそろ行きましょうか。」
「兄貴、敬語。」
「あっ。」
…なんだかしまらないなぁ。