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全く、全然、これっぽっちも、気になっていません

 シンフォリア教団の用意した宿は、こじんまりはしてたけど清潔感があって雰囲気のいい宿だった。


 私は本来であればルートヴィヒの従者、ルイが泊まる予定だった部屋を使わせてもらうことになった。


 つくりはよくある宿屋と同じで、2階に宿泊のための部屋があり、1階には食堂兼酒場があって、私とルートヴィヒは二人で夕食を食べていた。


 彼はすでに食事を終えていて、優雅に葡萄酒の入ったグラスを傾けている。私はまだ半分くらいしか食事が進んでいない。


 そんなルートヴィヒ越しに向こう側のテーブル席から熱い視線が注がれ続けていることに、彼は気づいていないようだった。


 そりゃね、ルートヴィヒほどのイケメンが酒場にいたら、誰だって気になっちゃうよね。


 でも、一応ツレの私がいるんだし、何なら食事中なのでそういう熱視線を投げかけ続けるのはやめていただきたい。


 けど、考えてみたら私はフードをかぶっているし、服装は男性のようなパンツスタイルだし、もしかして男二人連れ、と勘違いされているのかもしれない。


 そんなことを考えながら食事を続けていたら、とうとう向こう側のテーブル席の女性二人が席を立ってこちらに歩いてきた。


「あの~、よければ私たちと一緒に飲みませんか?」


 明るく軽い口調とは裏腹に、彼女たちの瞳は獲物を狙う鷹のように鋭く光っていた。


 これはもしかしなくても逆ナンパだなぁ……。


 私はルートヴィヒがどう答えるのか様子を探るように視線を送ってみた。


 すると、ふっとルートヴィヒは笑うと席から立ち上がる。


「こっちはまだ食事中だ。俺一人ではだめか?」


「全然だめじゃないです~!」


「じゃあ、決まりだな」


 ルートヴィヒは女性たちの返事を聞くと、そのまま彼女たちのテーブルに行ってしまった。


 私はというと、一人ぽつんと残されて。


 あいつってば! ほんっと見境ないわね!?


 まあ、もともと軟派なやつだとは思ってたけど。なにせ、初対面の女性に向かってお礼としてキスをするなんて、どう考えてもありえない。


 そりゃ、あの見た目ですもの。たくさん声をかけられるだろうし、身分としても公爵家の次男だもの、モテてあたりまえ。


 しかも、私と彼は契約の上の同行者。ルートヴィヒがどんな行動をとろうが私には関係のないことだし。


「はぁ……」


 なんとなく胸の内側にもやもやとするものが広がって、私はこれ以上食事を続ける気分にはなれなかった。


「ごめんなさい、少し残してしまったけど……」


「気にしないで下さい」


 宿屋の主人に声をかけてから、二階の自室に戻るために階段に向かった。


 視界の端に私は女性二人と盛り上がっているルートヴィヒをちらりと映って、見たくないものを見てしまった最悪の気分で私は部屋に戻った。






 翌朝、1階の食堂に降りればおいしそうなにおいが食堂には充満していた。


 今朝のメニューはスクランブルエッグに厚切りベーコンとサラダが添えられたものと、ふかふかの白パン。それから新鮮な果物のジュース。


 ふかふかの白パンを真ん中から裂いて、できた間に厚切りベーコンとサラダを挟んで豪快にかぶりつく。じゅわっと厚切りベーコンから出てきた肉汁がたまらくおいしかった。


「すごくおいしいです!」


 私が言うと、宿の主人は満足そうに笑ってくれた。


 フードをかぶったまま朝食をとるなんて、不審極まりないのに主人であるおじさんはにかっと笑いかけてくれたのがうれしかった。


 おじさんの人柄が現れているのか、朝食もすっごくおいしかったし、さらに食後に出してくれた珈琲もすごくおいしい。


 朝食を食べ終わってからも、私はしばらく食堂のテーブル席について珈琲を飲みながらくつろぐことにした。


 朝食の余韻と珈琲の香りが相まって、とても幸せな気分に浸っていたんだけど……。


 すぐにその幸せな気分はどこかに飛んでいった。


 明らかに二日酔いの状態のルートヴィヒが階段を下りてくるのが見えたから。


「おはようございます。朝食は召し上がられますか?」


「いや、いい。俺にもあいつと同じものをくれ」


「かしこまりました」


 そう言ってルートヴィヒは私のテーブルの向かい合わせの場所に座った。


「おはよ」


「ああ……」


 テンションかなり低めのルートヴィヒの声に、二日酔いだけじゃなくて寝不足もあるな、って気づく。


「昨日はずいぶんとお楽しみのようで」


 皮肉を言うつもりなんてなかったんだけど、口を開いたら勝手にそんなことをしゃべっていた。


「お前が心配するようなことは何もなかった」


 宿屋の主人が持ってきた珈琲を一気に飲み干すと、ルートヴィヒは少しだけ荒っぽくカップをテーブルに置いた。


「別に心配なんてしてないし」


「俺が昨日一緒にいた女性たちと何があったのか、気になっているんだろ?」


「全く、全然、これっぽっちも、気になっていません」


 私はぷいっとそっぽ向いてから、再び珈琲をひと口飲んだ。


「嫉妬したんだろ」


「ぶっ!?」


 とんでもない言葉がルートヴィヒの口から出てきて、私は飲み込みかけていた珈琲を吹き出しかけた。


 何言っちゃってんのこの人!?


「だから嫉妬したんだろ?」


 いやだからって何その自信。嫉妬するってことは、ルートヴィヒに気がある状態じゃないと起きないわけで、そもそもルートヴィヒになーんの感情も持ち合わせていない私が、嫉妬する理由もなにのに。


「するわけないでしょ」


「ふーん?」


「ふーん、って何よ」


「いや別に……」


 ルートヴィヒは意味ありげに笑う。


「あのねぇ……。その女性はすべて自分に惹かれるって勘違い、早めに直しておいた方がいいわよ? 少なくとも、私はあなたのことなんとも思ってないから」


「わかってないな、アマネ。お前は俺の魅力がわかっていないんだ」


 ルートヴィヒはそう言うと席から立ち上がり、私の横までやってきた。


 そして、すらりとした長い指で私の顎を持ち上げて自分の方に向かせる。


「な……っ!?」


「俺が本気になれば、お前だって俺の魅力に気づくはずだ」


 そう言って、ルートヴィヒは自分の顔を近づけてくる。


「一生本気になってもらわなくて結構です!」


 私は力いっぱいルートヴィヒの額にデコピンを喰らわせた。


「いっ……!」


「神殿ピアノの調律に行ってきます」


 私は残りの珈琲を飲み干すと、席を立った。


 宿から出る前に、昨日ルートヴィヒに声をかけてきた女性たちに遭遇する。どうやら彼女たちもこの宿に泊っていたみたい。


「あれ~? もうお出かけですかぁ?」


「ええ、まあ……」


 私は警戒しながらフードを引っ張って深くかぶりなおした。


「あの……変なことを聞くんですけど、あの男性って、もしかして不能だったりします?」


「ぶっ!」


 突然の言葉に、私は思わず吹き出す。


「な、なんでそんなことをっ」


「だってぇ、昨日の夜、結構盛り上がったんですよ?」


「なのに、しばらく飲んでそれでおしまいだなんて、ねぇ?」


 明らかにがっかりした表情で、二人の女性はお互いに目配せをした後、大きくため息をついた。


 つまり、自分たちには魅力はあるはずなのに、ルートヴィヒが何もしてこなかった理由はルートヴィヒが不能だからじゃないかと?


「実は、そうなんですよ。あいつ、隠しているつもりなんですけどね。やっぱりすぐばれちゃいますよね~」


 私はなるべく声を低くして、男のふりをしながらそう言ってやった。


「やっぱり!」


「もう声はかけないでおこっか?」


 ふふん、いい気味。


 これでこの二人の女性はルートヴィヒに声をかけることはなくなっただろうし、不能だと思い込ませたことで溜飲が少しばかり下がったし。


「教えてくれてありがとうございます~!」


 二人はそう言うと、足早に私のそばを去っていった。


 ちらっと食堂の方を見れば、何も知らないルートヴィヒは二杯目の珈琲を飲んでいるようだった。


 私はざまあみろ、と小さく舌を出してから宿屋を出て行った。





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