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私は、あなたのそういう傲慢なところが嫌い





 翌日、本当にルートヴィヒは迎えに来た。あの従者と一緒に。


「荷物はそれだけか?」


「そうよ。必要なものはこれで全部」


 私は胸を張ってルートヴィヒにそう言ってやった。するとルートヴィヒは少し驚いたように私を見る。両手にかばんをそれぞれ一つ。それから背中に背負っているのはケースに入ったトイピアノ。


「わかった。ルイ、それを馬車に乗せろ」


「かしこまりました」


 ルイ、と呼ばれたのは師匠に依頼を持ち込んだあの従者だった。ルイさんは私の荷物を受け取ると、馬車の後方にある荷物入れにそれを入れてくれた。


「じゃあ、行くぞ」


 ルートヴィヒがそう言って、私は彼と一緒に馬車に乗り込んだ。


 馬車の中は向かい合わせに席が二つあり、私とルートヴィヒが向かい合って座る。


「ルイ、お前は王都に戻れ」


「かしこまり……ええっ!?」


 ルートヴィヒの言葉に驚いたのはルイさんだった。


「お、お待ちください! 主をこんなどこの馬の骨とも知れぬ女と二人きりにするなど……!」


「だがお前が座れる場所はない。それとも走ってついてくるほど、お前は忠義ものか?」


 ルートヴィヒが眉をしかめてそう言えば、ルイさんは真っ青な顔をして首を振った。


「そ、そんな……無理です!」


 どうやらルイさんはこの旅にはついてこないらしい。か、かわいそう……。だけどちょっといい気味かも。


 ルイさんが散々私のことを不審者扱いしたのは根に持ってたんだから。


「じゃあな」


「そんな! ルートヴィヒ様~!」


 そうして、従者のルイを置いて、ゆっくりと馬車は出発した。


 失礼なおっさんって思ったけど、こんなところで置いて行かれるのを見たら、ルイさんにちょっと同情する。


 小説の中でも書かれてたけど、ルートヴィヒってほんとわがままで傍若無人なんだから……。


 ガタガタと揺れる馬車の振動を感じながら、私は小さくため息をついた。


 これから半年間、この傲慢で失礼な勘違い男と一緒にいなければならないのかと思うと、今から頭が痛い。


「まったく、なんで私がこんな目に……」


 思わずそうつぶやいていると、向かい側の席に座っていたルートヴィヒが私を見る。


「何が不満なんだ?」


「全部よ」


 私はそう言うと窓の外へ視線を向ける。すると、その横顔をルートヴィヒはじっと見つめてきた。


「何よ?」


 視線を感じると気が散って仕方がないから、私は仕方なくルートヴィヒへと視線を向けた。すると彼は少し驚いたような顔をするから私は首を傾げる。


「……いや」


 彼はすぐに私から視線を逸らすと、小さな声でそう言った。


 何なのよ、いったい。


「ねぇ、ルートヴィヒ」


「なんだ?」


「なんであなたっていつも偉そうなの?」


 私はずっと疑問に思っていたことを聞いてみた。するとルートヴィヒは少しムッとしたように私を見るから私は言葉を続ける。


「だってそうでしょ? 最初に私を見た時のあなたのこと、はっきりと覚えているわよ?」


 初対面だった私に対して「こいつ」呼ばわりだったし、まるで私の調律が上手くいかないという前提で会話を進めていたのも腹が立ったし。


「胡散臭いに決まってるだろ!? なんだその恰好は。女のくせに男みたいな格好して」


 男みたいな恰好、と言われたのはおそらく私がドレスではなくトラウザーズを履いているから。でも、元の世界でもほとんどスカートなんて履かなかったんだもん、こっちのほうが落ち着くのよ。


「どんな服を着てようと私の勝手でしょ!」


 あー、ほんっと失礼。この世界ってかなり遅れていて、女性はこうあるべし、みたいな風潮は強い。でも、師匠は何も言わないし、ラウルゴの人たちも特に何も言わなかったから気にしなかったけど、お貴族様はこんな些細なことを気にするみたい。


 それよりも何よりも。


 私がルートヴィヒに一番引っ掛かったのは、昨日不意打ちのようにキスを奪われたこと。


「私の服装よりもあなたの貞操観念の方がおかしいわよ! お礼にキス? どの女性も喜ぶ? 冗談じゃない」


「事実を言ったまでだ。俺に近づいてくる女たちはみんなそんな奴らばっかりだった」


 私の言葉にルートヴィヒはぎゅっと眉間にしわを寄せて、嫌なものを見るような目つきで答えた。


「私まで一括りにしないでよ! 私は、あなたのそういう傲慢なところが嫌い」


「なっ……」


 ルートヴィヒが何か反論しようとしたけど、私はそれを遮るように言葉を続けた。


「半年! 専属調律師として契約したから半年は我慢してあげるけど、契約期間が終わったら延長はないからね!」


 私がそう叫んだら、ルートヴィヒは驚いたように私を見た。そしてその後でおかしそうに笑ったのだ。


「何がおかしいのよ?」


 その反応に私がムッとしたように聞けば、ルートヴィヒは嬉しそうに目を細めた。


「いや……俺もお前が気に入らないから安心しろ。延長はありえない」


 私はルートヴィヒの言葉にむっとして眉をひそめた。でもルートヴィヒは私の態度に気を悪くした様子もなく言葉を続ける。


「元々巡回演奏旅行自体が俺は引き受けたくなかったんだ。だが、大聖楽師になる条件の一つに、浄化聖曲の習得と巡回演奏旅行が含まれていた。それだけだ。だから延長はあり得ない」


 ルートヴィヒはきっぱりとそう言った。


 大聖楽師。


 それはこの世界の舞台になっている小説にもたびたび出てくる単語だった。


 演奏を行うことで魔力を使い不思議を起こす聖楽師。その中でも頂点に立つ人物は大聖楽師と呼ばれ、シンフォリア王国の国教でもあるシンフォリア教のトップ聖楽師に与えられる称号だった。


 そう言えば、小説の中でもルートヴィヒは大聖楽師になることを志していた。けれども、最終的には聖女と結ばれる男主人公が大聖楽師になって、大いなる闇を聖女と一緒に祓う、という結末だった。


「大聖楽師になりたいんだ?」


「そうだ。俺は大聖楽師になる」


 ルートヴィヒはそう言うと、少し誇らしげに笑った。


 その夢は叶わないわよ、とは言えなかった。ルートヴィヒの瞳があまりにもまっすぐだったから。


「だ……だったら、その性格直した方がいいわよ」


 思わず、そんなひねくれた返事をしてしまった。ルートヴィヒは驚いたように目を見開くから、私は思わず視線を逸らした。


「お前は……失礼な奴だ」


「でも真実でしょう?」


 私はちらりとルートヴィヒを見る。彼はまっすぐに私を見ていたけれど、不思議と怒っているような雰囲気はなかった。


 どちらかというと、何か新鮮なものを見るような目で。


「そうだな。俺の周りにはそんな口をきく女はいなかった」


「でしょうね。あなたは一応バルテマイ公爵家の人間ですもの」


 私がはっきりとそう言えば、ルートヴィヒは少し驚いたように目を丸くした。


「俺のことを知っているのか?」


 しまった。そう言えばまだルートヴィヒから正式に名乗ってもらっていない。


「み、身なりを見ればわかります」


「貴族だとはひと目でわかっても、公爵という身分や家門まで当てられるとはな?」


 興味津々、といった様子でルートヴィヒが私の顔を覗き込んできた。


 それからおもむろに私に手を伸ばし、前髪をさらりとかき上げた。


「な……」


 私は思わず息をのんだ。だって、ルートヴィヒの顔があまりにも近くて、そして彼の瞳があまりにもきれいだったから。まるで深い森のような深緑色に吸い込まれそうで。


「どこかで会ったことがあるのか?」


「っ!」


 私はあわてて首を横に振ってルートヴィヒの手から逃げた。


「そ、そんな口説き文句にはひっかからないから」


「ふんっ……まあいい。次の都市には3日ほどかかる。その間に聞きたいことは聞いていくことにするさ」


 ルートヴィヒはそう言うと、座席に深く座り直した。そしてそのまま腕を組んで目を閉じてしまう。


 3日もゴトゴトと馬車に揺られるなんて、お尻が爆発してしまうんじゃないかと私は不安になった。けれども、そのあたりはちゃんと加味されていて、数時間おきに休憩があったし、夜には小さな町でちゃんとした宿に泊まらせてくれた。


 おかげで私のお尻は爆発しないですんだのだけれど、有名な音楽家が子供の頃は演奏旅行ばかりしていたエピソードを思い出して、馬車での長い旅路はこんなにも過酷なものだったんだと、私は身をもって体験して理解した。


「はぁ……ほんと、もう……リスペクト」


「リスペ……? なんだ、その言葉は。異世界の言葉か?」


 馬車の窓から見える景色を眺めながらつぶやいた私の言葉に、ルートヴィヒが首を傾げた。


「えーと、尊敬するってこと。私がいた世界では、馬車に乗ることなんてなかったし、こんなに時間をかけて移動することもなかったから、すごいなぁって」


「馬車で移動しないのなら、何で移動するんだ?」


「車とか、電車とか、飛行機、かな。あ、船もあるか」


 久しく忘れていた元の世界のことを思い出しながら私が話すと、ルートヴィヒは興味があるのかじっと私の言葉に耳を傾けている。


「移動速度も乗り心地も馬車とは大違いなの。なんだか懐かしいなぁ~」


 この世界に来て1年と少し。この世界で生きるために必死だった私にとってはあっという間のようでいて、とても長い時間だった。


「帰りたいか?」


 ルートヴィヒにそう尋ねられて、私は思わず顔を上げて彼をにらみつけた。


「当たり前じゃない」


「王都の大神殿なら元の世界に戻る方法があるはずだ」


 ルートヴィヒは聖女にまつわる伝承を思い出すようにあらぬ方向を見上げながら、そのことを口にする。


「大いなる闇が迫りし時、聖女が異なる世界からやってくる。大いなる闇を祓ったあかつきには、聖女は元の世界に戻れる。そう口伝で伝わっている」


 そのことは、知っていた。小説の中で読んだこともあるし、この世界に来たときにも説明された。


 だから私は元の世界に戻れるはずだって神官にちゃんと言った。


「元の世界に戻れる方法は聖女のためのものであって、聖女ではない私には使ってくれないんですって」


「っな……」


 私の言葉に、ルートヴィヒは驚いたように私を見た。


「馬鹿な……」


 私はため息をついた。そりゃあ私だって戻りたかったよ。家族とか友達とか仕事とか、今まで当たり前だと思っていたものが突然なくなったら誰だって帰りたいって思うでしょう? でもそれは私にはできないから諦めるしかないじゃない? だから元の世界に戻る方法を探すことを早々に放棄したんだから。


 そんな私の表情を見て、ルートヴィヒが目を細めた。少し困ったような顔をして。


 あれ? もしかして同じ教団に所属する者として、ちょっと罪悪感を覚えたのかしら?


「ルートヴィヒは悪くないから気にしないで」


 それに私はこれからの未来のことを知っている。大いなる闇が現れて、それと同時に聖女がやってくることを。それから、聖女は最終的に男主人公のいる世界に残ることを選ぶことも。


「まあ、そのうちきっとなんとかなるわよ」


 だから、その時に改めて私が元の世界に戻りたいと神殿に訴えれば、聖女の代わりに元の世界に戻れる可能性が出てくることも。


「だから、私はそれまでこの世界で生きていくしかないの」


 ルートヴィヒが私の言葉に怪訝そうな表情を浮かべた。けれども私はそれ以上何も言わなかった。


 そうして3日間の馬車移動を経て、ラウルゴから一番近い都市レントンに到着した。




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