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好きなんだ。アマネのことが、好きだ





 全部ぶちまけちゃった。これでもう後戻りはできない。


 ルートヴィヒにとって、私は全く価値のない調律師になっちゃったんだもの。


 私はもう、これ以上何も言う気にはなれなくて。ただただ床を見つめて、ルートヴィヒの言葉を待った。


 どれくらいの時間がたったのか。時間にすれば30秒か、1分くらいの間だったと思う。その沈黙を先に破ったのは、ルートヴィヒだった。


「調律ができなくてもいいから、俺の側にいてほしい」


「は……? 何言ってるのか、わかってる?」


 調律ができないのにルートヴィヒの側にいたって、ルートヴィヒには何の得もない。ましてや、契約なんてお金の発生する状態では絶対にあってはいけないことなのに。


「俺の側にいてくれ」


 そう言って、ルートヴィヒは私の手をそっと握った。まるで壊れものを扱うような優しい手つきに、なんだか胸が締め付けられた。


 なんで? どうして? だって、私はもうあなたの理想の音を作る手伝いができないのに。


 もう調律師としての価値がないのに。


 なんで私なんかにこだわるの?


「……なんで?」


 そんな疑問が思わず口をついて出たけど、ルートヴィヒはそれには答えなかった。ただ、ひどく真剣な瞳で私を見つめていて。


「絶対に俺の側からいなくならないでくれ」


 どうしてそんなに苦し気な声で言うのよ。私の記憶の中にいるルートヴィヒは俺様で、いつも堂々としていて自信にあふれていて、そんな声は聞いたことがなかったから、私は思わず息を飲んだ。


「調律なんてできなくてもいいから!」


 そう叫んだルートヴィヒの声があまりにも悲痛で。


「俺から離れるな」


 懇願するようなルートヴィヒの声が耳に響いて、私はもう何も言えなくなってしまった。


 そっとルートヴィヒの手が私の頬に添えられて、それから指が滑って顎にかかって、顔が上を向くように添えられて。


 上を向いた私の顔にはルートヴィヒの影が落ちて。


 唇にやわらかくて、それでいて少しかさついたものが触れた。


 なんで? どうして? なんで私なんかにキスするの? 私は訳が分からなくて呆然としてて。そしたら今度はルートヴィヒの長い腕が私の背にまわってぎゅっと抱きしめられた。


「好きなんだ。アマネのことが、好きだ」


 耳元でささやくように、そう告げられた。


 私は突然の出来事に頭が追い付かなくて、ただただルートヴィヒの言葉を頭の中で反芻して。


 ルートヴィヒが私のことを、好き? 好きになるような要素、どこにあった?


 そんな疑問が頭の中でぐるぐると駆け巡る。


 だけどそれを問いただす前に、私の体がふわりと宙に浮いた。


「ひゃあっ!?」


 ルートヴィヒが私を横抱きに抱き上げたからだった。


 いわゆるお姫様抱っこというやつだと、頭のどこかでそんなことを考えて。


 お姫様抱っこして、一体どこに連れて行くつもりなんだと、落ちないように体を硬くして見守っていたら降ろされたのはベッドの上で。


「返事を聞かせてくれ」


 いやいや、この状態で返事っておかしいでしょ? と、頭の中で冷静な私がツッコミを入れる。でも、ルートヴィヒの真剣な瞳に見つめられてしまったら、何も言えなかった。


 ルートヴィヒが私を組み敷いて、私はベッドに横たわっていて。


 これってもしかして……もしかする? いやいやいや! 3回目はもうさすがにおかしいってば!


「アマネは俺のこと嫌いか?」


 それはずるい。その質問の仕方はとってもずるい。


「き、嫌いじゃない……」


「じゃあ、好きということだな」


 そこは俺様判断で決めつけちゃうんだ!?


 ちゅ、と唇にキスされて。文句の一つでも言ってやりたいのに、私が口を開く前に、またキスされて。


「っ、ふ……」


 ルートヴィヒの手が、私の体をなで回す。大きくて熱い手が触れるたびに、なんだか変な気持ちになっていって。


 でもこれは嫌じゃなくて……むしろ気持ちいいような気がしてきて。


 あれ? 私って実は流されやすいタイプだった? そんな疑問が頭をよぎったけど、すぐにまたキスされて、思考は霧散した。


「愛している」


 もう何度目かわからないキスの合間にそう囁かれて、私は思わずルートヴィヒにぎゅっと抱き着いた。





 私はほんっとに流されやすい性質なんだって、3回目にしてようやく自覚した。


 薄暗い部屋の中。窓の外はそろそろ白み始めていて、朝が近いんだろう。


 こういうのは良くない。


 私は隣で眠るルートヴィヒの寝顔を見ながらそう思った。


 ルートヴィヒはいつの間にか私のことを好きになったみたい。好きになるポイントなんてなかったと思うんだけど。


 それは置いといて、私はこれからどうするのかを考えなくちゃいけない。


 ルートヴィヒには彼の音だけが聞こえないことは告白した。それでもいいって言ったけど、たぶんそれは、将来的に私もルートヴィヒも抜けない棘に苦しむ未来しか見えない。


 今は好きだって気持ちだけで押しきれても、私はルートヴィヒの演奏を聴くことのできないことに苦しむし、ルートヴィヒの理想の音を追い求めることに対する足かせになりかねない。


 それだけは絶対に嫌だった。


 たとえ私じゃなくても、ルートヴィヒには彼の理想の音を奏でるための相棒ができてほしいし、そんな演奏でこの国を安定させる彼を見たい。


 そう考えたら、うん。私はいなくなった方がいい。


 都合のいいことに御琴ちゃんがルートヴィヒに猛アタック中っぽいから、私がいなくなってもきっと……。


 すぐに私のことを忘れられるだろうから。


 そうと決まったらさっさと行動してしまおう。


 私はそっとベッドから抜け出すと、いつもの服に着替える。荷物はいつでも持ち出せるようにまとめてあるから、問題なし。


 契約途中でいなくなることに対する違約金は……とりあえず残っている金貨から1枚だけもらって、あとは全部返そう。


 ああ、置手紙もしておかなくちゃ。


 違約金に足りなかったらごめんなさいって。


 部屋に備え付けてあるメモ紙に羽ペンでそう書き記して、最後に私の名前をサインする。


 ぽたっ、と何かが落ちてサインの最後が滲んだ。


 あれ、なんだろ。雨漏りでもしている?


 天井を見たけど、そんな跡はない。ていうか、外は雨降ってないし。


 私はぐいっと目をこすると、羽ペンを元の場所に戻した。


 持って出るのは数日分の服と調律に使う道具。それから相棒のトイピアノ。


 うん、準備万端。


「はぁ……」


 そこから数分間、私は動けなかった。


 少しの未練と後悔が私の足を重くする。でも、それに負けちゃダメなんだって自分に言い聞かせて。


「バイバイ」


 ルートヴィヒに聞こえない、かすかな声でそう呟いて。


 私は宿屋の部屋からそっと出た。


「あら、えらく早い時間にどうしました?」


 すでに朝食の準備をはじめていたんだろう宿屋のおかみさんが、目を丸くして驚きながら私のことを見た。


「急に出発しなくちゃいけなくなって。朝食用にパンを貰うことできますか?」


「大丈夫よ。前金でたっぷりもらってますからね、パンだけじゃなくて朝食に食べられそうなものを包みますから」


 おかみさんは気前よく私のお願いを聞いてくれると、焼き立てのパンにすでにカットしてあった野菜とチーズを挟んでくれて、さらには小振りのリンゴも包んでくれた。


「いろいろお世話になりました。料理もすごくおいしかったです。また王都に来たら泊りに来ますね」


「そう言ってもらえたらうれしいわ。また利用してもらえるのを待ってるからね」


 にこにこと笑うおかみさんに送り出されて、私は辻馬車の停留所へと向かう。


 まだ太陽は昇っていないけれど、朝早くから働いている人もいるんだなって、なんだか不思議な気分になる。


 停留所には割と人がいるのが見えて、私はとっさに上着のフードをかぶった。黒髪ってだけで目立ってしまうのは、今は避けたい。


「あの、ラウルゴ行の乗合馬車はありますか?」


 私はチケット売り場の窓口にいたお姉さんに話しかけた。


「ラウルゴ行きは3日後ですねぇ」


「3日!?」


 さすがに3日は遠すぎる。そんな私の焦りが通じたのか、チケット売り場のお姉さんが台帳みたいなものをパラパラとめくった。


「もうすぐ出発のフェルマッテ行きに乗って、フェルマッテからラウルゴ行きに乗り継ぐことはできますよ」


「じゃあそのチケット買います!」


 乗り継ぎはちょっとめんどくさいけど、一日も早く王都を離れたいからこの際我慢するしかない。


「10分後には出発だから急いでね」


 チケットを買って急いで乗り場に言ったら停まっていたのは立派な馬車じゃなくて幌馬車。まあ、雨が降らなければ問題はないよね。


 途中で乗り継ぎが必要だけど、なるべく早く王都を離れたかったからそれに乗って。


 こうやっていると、初めてこの世界に来て、お金を持たされて大神殿を放り出された日のことを思い出す。


 あの時は、不安で仕方がなかったけれど、王都で生きていくにはもらったお金では足りそうになかったから地方に行こうって決めたんだった。


「やっぱり私は王都には向いてなかったってことよね」


 そう独り言を漏らして、私は走りだした馬車の後方でどんどん離れていく王都の景色を眺めていた。





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