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小説と流れが変わってきた?






 そうして、私たちは大神殿の最深部にある大聖堂へとやってきた。


 神器シュタインウェイの準備はすでに万端って感じで、大聖堂には神官や聖楽師がたくさん集まっていた。


「え、今日は聞く人多いんだ?」


「それはそうですよ。神器シュタインウェイが演奏されること自体が数少ないですし、ルートヴィヒの大聖楽師としての才が試される演奏ですからね」


 私が驚いていると後ろから大司祭様の声がした。


「この演奏でルートヴィヒが大聖楽師になれるかどうか決まるんですよね……」


「即座に、というわけではないですが、彼にその力量があると認められれば、自然とそいう言う流れになるでしょう。現在、大聖楽師の座は空席ですから」


 大司祭様はそう言ったけど。


 小説の中ではルートヴィヒは最後まで大聖楽師にはなれなかった。小説とは違う流れになっているのだろうか。それとも、やはり小説通りに彼は大聖楽師になれないのだろうか。


 あれほど大聖楽師になって、家族に認められたいと願っていたルートヴィヒのことを思うと、私の胸がチクチクと痛む。


 ルートヴィヒに大聖楽師になって欲しいと、私は思っている。でもそうなったら、聖女はどうなるんだろう。聖女がこの世界に来なければ、私が元の世界に戻れる可能性はなくなってしまう。


「アマネ?」


「あ、ごめん。ちょっと考え事してた」


 ルートヴィヒに声をかけられて、私は慌てて笑顔を取り繕った。


「じゃあ、ルートヴィヒの演奏、楽しみにしているから」


「ああ……」


 そして私は後方寄りにに用意された席に座ると、演奏が始まるのを今か今かと待った。


 やがて大聖堂に集まった人たちのざわめきが収まっていくと、大聖堂の中央に置かれた神器シュタインウェイの前に、ルートヴィヒが座る。


 その瞬間に、大聖堂内が水をうったかのように静まり返り、物音一つ聞こえなくなった。


 ルートヴィヒが目を閉じて、シュタインウェイに触れる。そしてゆっくりと目を開けると、一つの呼吸を置いてから、彼の指が動き出した。


 そうして始まった浄化聖曲の演奏は圧巻の一言だった。


 音を外すなんてありえない演奏なのは言うまでもないけど、なんといっても音が神々しく輝いて広がっていくのがわかる。まるで神が直接ルートヴィヒを通して浄化という奇跡を起こしている、そんな錯覚が見えるほどの荘厳な音。


 私が鳥肌を立てている間にも、どんどん曲は終盤へと進んでいく。


 はたして、私が神器シュタインウェイの調律をしたとして、今のこの音と同じように謳わせることができるだろうかと、ふとそんな考えが頭の中をよぎる。


 神殿ピアノとシュタインウェイのポテンシャルがそもそも違うのだとしても、それ以上の何かがこの演奏の裏役者として存在していると、私ははっきり感じ取った。


 そして、それはきっと、会ったこともないマイスターの調律が成せる業なのだとも。


 はずかしかった。


 ルートヴィヒの最高の演奏を引き出せる調律は私にしかできないなんて、そんなことを考えていた自分がとても恥ずかしかった。


 そして、そんな驕り高ぶった考えを持っていたことに自己嫌悪すら覚える。


 それと同時に、自分が調律師としてまだまだだなんだって、痛感した。


 今の私程度の技術では、ルートヴィヒのこんな音を引き出すことは絶対にできないって。本能的に気づいちゃったから。


 そうしてルートヴィヒは最後の一音までを弾き終わった。


 あまりにも圧巻の演奏に、誰もが呼吸することを忘れていたんじゃないかってくらい、一瞬の静寂があって。それから大聖堂が割れそうなくらいの拍手が鳴り響いた。


 拍手喝采の中、ルートヴィヒが椅子から立ち上がった時、私はその姿が涙でぼやけてよく見えなかった。


「アマネ! どうだった?」


 私のいる席まで駆け寄ってきたルートヴィヒにそう言われて、私は慌てて手の甲で涙を拭った。


「すごい! すごかった!」


 私が本心からそう応えると、ルートヴィヒはちょっと頬を赤くして照れたように笑った。


「素晴らしい演奏でした。このように浄化聖曲を演奏できるのであれば、神聖曲の楽譜をあなたに見せても許されるでしょう」


「神聖曲!?」


 大司祭様の言葉に、ルートヴィヒは息を飲んだ。


 神聖曲、と聞いて私は小説で書かれていたことを思い出す。


 何百年も前、初めてこの世界に大いなる闇が現れた時、大聖セバスティアンが作曲し演奏した神聖曲で大いなる闇を祓ったという伝承。そして、定期的に現れる大いなる闇を、歴代の大聖楽師が神聖曲で祓い続けてきたという歴史。


 そして、この世界に聖女と大いなる闇が再び現れた時に、聖女が演奏することで大いなる闇を祓った曲。


 小説の中のルートヴィヒはこの曲を弾くことは許されなかったはず。


 やっぱり、話の流れは完全に違うものになっているんだ。


 私はルートヴィヒと大司祭様を見ながら、ごくりと唾を飲み込んだ。


「大いなる闇があらわれたのですか!?」


 神聖曲のことを大司祭様が口にしたからだろう。ルートヴィヒが驚いたように目を見開いている。


「いえ、予兆はありますがまだ本格的な活動は始まっていません。ですが、聖女が現れていないのですから、ルートヴィヒに習得してもらうことが今は最善なのです」


「わかりました」


 ルートヴィヒは神妙に頷いた。


「では、これから神聖曲の練習を始めましょう」


 大司祭様の言葉を受けて、神官たちがルートヴィヒを練習室へと誘導していく。


「えと……」


 私はどうしていいのかわからないで戸惑っていると、ルートヴィヒが立ち止まって振り返った。


「アマネ、練習に使うピアノの音を整えてほしい」


「は、はいっ」


 私は慌てて返事をすると、ルートヴィヒが私に向けて伸ばしてくれた手を思わず掴んでいた。


 そうして案内されたのは神殿ピアノや神器シュタインウェイと同じフルコンサートグランドピアノが置かれた部屋だった。


 部屋の構造はいたってシンプル。ピアノがあって、それから休憩用ソファがあるだけ。


「この練習室はルートヴィヒ専用です。好きな時に使用してください」


 部屋の鍵を大司祭様がルートヴィヒに手渡す。それから、一冊の楽譜も。多分あれが、神聖曲の楽譜なんだろう。


「では、期待していますよ」


 ルートヴィヒの肩に手を置いて、大司祭様はにっこりと微笑みながらそう言った。


「はい!」


 勢いよく返事をしたルートヴィヒの目がきらきらに輝いているのが見えて。


 たぶん彼は今、すごくうれしいんだろうなって。明らかに分かった。


「まずは譜読みからだな」


 練習室に入ると、ルートヴィヒはピアノの前に座り、鍵盤蓋を開ける。


 私はソファに座って、楽譜を譜面立てに置いているルートヴィヒの背中を見ていた。


「ほんと……ルートヴィヒ、すごいよ」


「え? 何か言ったか?」


「ううん、なんでもない」


 思わず私の口からこぼれ出た言葉に、ルートヴィヒは振り向いたけど、私は慌てて首を振った。


 急にルートヴィヒが遠くに行ってしまったような、そんな気がして、それがぎゅっと私の心臓を掴んだ。


 いや、そもそもルートヴィヒは元から遠い人だったんだ。勝手に自分が彼に親しみやすさを感じて、砕けた雰囲気で接していただけで、ルートヴィヒは公爵家の人で、大聖楽師にもなれるような才能の持ち主で。


 譜読みに集中しているルートヴィヒを眺めながら、私の気持ちはそんな彼の様子とは真逆にどんどん落ち込んでいった。





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