ううっ……酒は飲んでも飲まれるな……
そうして見つけたのはかなりいいホテル。
本当は今まで回ってきた地方都市で宿泊した宿屋と似たようなところに泊りたかったんだけど、予約なしのとび込みでは全然部屋が空いていなかった。
「ねぇ、私持ち合わせ足りないかも」
「俺が払うから問題ない」
しかも、空いていた部屋はスイートの1室のみ。
全力でお断りしようと思ったんだけど、そうしたらルートヴィヒが野宿するとか言い出しちゃうし。
「今さら、何か間違いが起こると思っているのか?」
「お、思ってませんっ!」
間違いが起きたのは後にも先にもあの一夜限り。
今日もアルコールを口にしなければ大丈夫だって意地を張って一緒の部屋に泊ったんだけど。
なんていうか、部屋も、食事も、カップル仕様って感じでもうね。
あまりにも恥ずかしくてグラスに入っていた飲み物を煽ったら、すっごい飲みあたりがよくて飲みやすい白ワインで。
食事を終えても、私たちはそのままソファで隣り合って座って、ワインもボトルでおかわりして、おいしいワインを飲み続けた。
「だからさっ! 俺には居場所がないわけだ!」
「わかるー! 辛いよね! ルーくんはいい子だよ~!」
私は隣で体をゆらゆらとさせていたルートヴィヒの頭を、これでもかとくしゃくしゃと撫でまわした。
なんでこうなったのかわからない。
ただただ二人でワインを飲み続けていて、ルートヴィヒがなぜ屋敷に戻りたくないかって話になっちゃって。彼が家族と確執があるって告白したあたりから雲行きは怪しくなっていた。
「アマネ! 聞いてくれっ!」
「うんうん! きくきく!」
「俺が優秀過ぎるって、そんなの俺のせいじゃないだろぉ!?」
「そうだそうだー! ルーくんのせいじゃないー!」
まるで何かの大会の応援コールでもするノリで、私は拳を上げて同意した。
「俺は、ただっ! 家族に認めてもらいたかっただけなんだよぉお!」
「わかるぅう! 家族に認めてもらいたいよねぇ~!」
ルートヴィヒが私の肩に頭をぐりんぐりんと押し付けてくる。私はそれを受け止めながら、ルートヴィヒの頭を撫で続けた。
もうね。完全に酔っぱらってるよね、私たち。
でも止まらないし止められないんだわ。
「兄上のことは嫌いじゃない! でも、兄上のせいで俺は我慢ばっかりさせられたんだーっ!」
「わざと目立たないようにして、お兄さんを立ててたんだよね~」
ルートヴィヒは私に頭を撫でられて褒められて、完全に出来上がってしまったみたい。だって目が据わってるもん。
「なんだよっ、次男だからって、兄さんより優秀じゃだめだったのかよっ!」
「だめじゃないよっ! だから家を出て聖楽師になったんでしょ? えらいっ! めちゃくちゃえらいっ!」
私は私で、酔っ払いの相手はもう慣れたって感じで、ルートヴィヒの頭をなで続けている。
「あーっ! 俺の気持ちなんてわかんないだろっ!?」
「ううん、わかるよ~。お兄さんとは違うところで、実力を発揮して認められたくて、だから大聖楽師を目指してたんでしょ~?」
「なんでアマネはっ、俺の気持ちが全部わかってるんだよぉぉ!」
だって小説で読んだもん、とは言えずに私がヘラヘラわらっていると、ルートヴィヒは私の態度に納得しなかったみたいで、私の肩をつかんで揺さぶってきた。
「アマネだけだ! そんなことを言ってくれるのは!」
あ、やばいかも。これ、泣いちゃうかも? そう思った時にはもう遅かったみたい。
私の体を大きく揺さぶったルートヴィヒは、そのまま私の胸に顔を押し付けて泣き始めた。
ああ。やっぱり泣いちゃったか~。
そう思ったけど不思議と嫌な感じはしなくって、とにかく今はルートヴィヒを慰めてあげたくて、彼の頭を私の胸で包み込むように抱きしめて、ずーっと頭をなでなでしてあげた。
「俺なんかっ……俺なんかぁあ!」
「俺なんか、じゃないよ~。ルーくんが頑張ったことは、ちゃんと家族にも伝わると思うよ~」
「ぐずっ……本当、か?」
「本当だよ~! ルーくんはすごいよっ! とっても素敵だよ~!」
嗚咽を漏らして泣くルートヴィヒの頭を、私はずっと撫で続けた。
いつまでそうしていたのかわからないけど。
ふとルートヴィヒが顔を上げてきて、なんだろうって顔を覗き込んだらちゅってキスされて。
あとはもうね、なし崩し。ってこれ2回目なんだけど。
なんだかんだいってルートヴィヒってイケメンだし、出会った頃の嫌な性格も丸くなってきたし、実はけっこう気が合うんだなってわかってきちゃったし。
「う、んん……」
ちゅっちゅちゅっちゅキスの雨を降らされて、ベッドに連れ込まれたらベッドサイドにはおあつらえ向きにゴムの箱が置いてあって。
今さら何か間違いが起こると思っているのかって、ルートヴィヒ言ったよね!?
なのにあなたが間違い起こしてるじゃん!
ああ、もう……。
「1回っ! 1回だけだからねっ!」
ルートヴィヒの目の前で人差し指を立てて念を押したけど。
なんで箱ごと置いてあったのかなぁ~、もう。
「ううっ……酒は飲んでも飲まれるな……」
眼を刺すような朝日からしょぼつく目を守りながら私は呻いた。
「なんだ……その言葉は」
私の隣で、ルートヴィヒが同じように呻いた。
「私の世界のありがたいお言葉よ……」
「そのありがたいお言葉を知ってても、飲まれてるんじゃ意味ないだろ……」
2人とも、まるでゾンビみたいに呻きながら、ベッドから這いずりだして、水を飲んでようやく一息つけた。
「俺、やらかしたな?」
ルートヴィヒがちょっとゾンビ状態から回復して聞いてきた。
「ま、まぁ……まだ2回目だし?」
「ううっ……」
家族の確執だとか、兄に対するうっぷんだとか、そういうことを洗いざらいぶちまけちゃった上に、私に手を出しちゃったのが相当恥ずかしかったみたい。
寝乱れて寝癖だらけの金髪ヘアを両手でガシガシと掻きむしった。
「もう、酒は飲まない」
「ほんと……私たち飲まないほうがいいのは確か」
ルートヴィヒの言葉に私も頷いた。
「あと、宿屋も早急に、別々の部屋を確保しないと」
「そうね」
もう間違いは起きない、なんて言葉は信用できないってわかったから。
「今日の演奏、大丈夫?」
「それは、問題ない」
乱れた髪をかき上げたルートヴィヒの顔を見れば、確かにアルコールは完全に抜けていそうだった。
「それならよかった」
私が安心したように微笑むと、ルートヴィヒはなぜか顔を赤らめた。
「アマネがいてくれれば、どんな状態でも弾けそうな気になる」
え、ちょっと待って。何その意味深な言葉は。
「それくらい、俺の中でアマネの存在が大きいってことだ」
「それは、調律師として頼もしいってことだと受け取るね」
私はあえて、意味深に受け取らないようにした。
ルートヴィヒにとって私が特別だって、勘違いしちゃわないように。
一瞬、ルートヴィヒが何か言いたげに口を開いたけど、私はわざと時計を見て、時間を意識した。
「あ、そろそろ準備しないと遅くなっちゃうよ」
「あ、ああ……」
ルートヴィヒはちょっと残念そうにそう言ったけど、あえて気づかないふりをした。