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私がルートヴィヒを無理やりにベッドに引きずり込んだみたい。






「な、なんで……」


 朝のすがすがしい光に目が覚めて、目を開けたら視界いっぱいにルートヴィヒの寝顔が見えて。


 それからあわてて体を起こしたら、私、何も着てなかった。


「ん……もう朝か……」


 隣でルートヴィヒも体を起こしたら、二人ともね、何も着ていなかったのよ。


「わぁ!」


 思わず叫んでしまって、私は慌てて口をふさぐ。


「どうした?」


「なんで!? なんでルートヴィヒと私が同じベッドで寝ているの!?」


 私はもう混乱しすぎて、完全にパニック状態だ。


「なんでって……それは」


 そう言いかけてルートヴィヒは顔を真っ赤にする。


「とりあえず服を着よう」


「そ、そうね……」


 私もそれには賛成だった。


 正直、なんでルートヴィヒと私が同じベッドで寝ていたのかわからなかったけれど、とりあえず服を着なきゃ。


「ねぇ……私、昨日どうしたんだっけ?」


 服を着替えてから、私はベッドの端に腰かけてルートヴィヒに尋ねた。だって、昨日のことが何も思い出せないのよ?


 明らかな物的証拠がそこかしこに散らばっているけど、肝心かなめの記憶がないの!


「その……アマネは酒を飲んだことは覚えているか?」


「お酒? あー……」


 飲んだ。しこたまのんだ。


 そうして、私は昨夜の出来事を思い出しはじめた。


 昨日はモデラッドの神殿に行ったんだった。


 レントンの司祭様が調律師の技術のばらつきについて大神殿に報告してくれていたからか、モデラッドの専属調律師はもうウェルカム状態。


 なんなら「勉強させてもらいます!」なんてキラキラした目でずっと私の調律作業をメモ片手に見ていた。


 アダジオの神殿ピアノはホロヴィートさんにほとんど調律されていたから、そう言う意味で一から調律するのは久しぶりだった。


 で、ルートヴィヒの演奏も変わったわけでしょ?


 ああでもないこうでもないって、二人で相談しながら最高の浄化聖曲を弾くための整調と調律、整音をこなしたのが、ほんっとに楽しかったの。


 そして、ルートヴィヒの浄化聖曲の演奏がすごくなってて。


 アダジオの時よりもさらにルートヴィヒの想いが伝わってくる演奏になってたの。


 私と回った市場や、一緒に見た夕日、そういうものをずっと守りたいって、そんな思いが溢れてくる演奏だった。


 弾いている姿は今までと変わらず、淡々としているのに、なんていうかルートヴィヒの内側にはすっごく伝えたいことがあるんだってわかって、思わず涙がこぼれちゃったくらいに私は感動した。


 それは彼自身もはっきりとした手ごたえを感じたみたい。


 全部の魔力が持っていかれたって、疲れたけれどでもすごくすっきりした表情でそう言ってた。


 で、だ。そこから私たちは浮かれた気分で宿屋の食堂兼酒場で夕食をとったの。


 おいしい料理においしいエール。ひと仕事を終えた達成感と、今までで最高の演奏ができたことの高揚感と。


 二人でお互いをべた褒めし合いながら、ぐびぐび飲んだ。もう、何杯飲んだかぜんっぜん覚えていないくらいに。


 たぶん途中から私がトイピアノを弾いて、周りで飲んでた人達と一緒に歌った記憶もあるし、なんならそこにルートヴィヒも混じってたような気がする。


 公爵家の次男坊で立派な聖楽師だなんて、一緒に歌ってたおじさんたちは気づいていないんだろうなぁ。


 それで最後はおかみさんにもう閉店だって追い出されるようにして2階に上がって、へべれけで2人とも訳が分かんないままどちらかの部屋になだれ込んで。


 それで、ええと、その……。


 なんとなく覚えているのは、すごく暑かったのよ。だから、暑い暑いって服を脱いだことは覚えてる。


 でも、そこからなんでそんなことになったのか、今となっては理解不能なんだけど、私がルートヴィヒを無理やりにベッドに引きずり込んだみたい。


「な、なんとなーく……思い出してきた」


 さあっと血の気の引く音が聞こえた。私ってば、ルートヴィヒを襲っちゃったの!?


 断片的ではあるものの、徐々に記憶がよみがえってきて、確かにそのままそういう行為をしちゃったことを思い出す。


 っていうか、私初めてだったんですけど……。貴重な初回の記憶が何でこんなにおぼろげなのよ!


 それにしても……この世界にゴムがあったことも驚きだけど、ルートヴィヒがそれをちゃんと持ち歩いていることにもびっくりした。


 いや、女性に対して手の早い彼だからこそのマナーなのかもしれないけどさ。


 それから、ベッドの上にちらばっている残骸にふと視線がいってしまって。


 明らかに使用後のゴムの数がひいふうみい……。


 私はぞっとして思わず肩を抱いた。


「その……すまなかった。酔っていたとはいえ、お前の部屋に入るんじゃなかった」


「あ、謝らないで! お、襲ったのは私だし、たぶん……。それに、嫌じゃなかったから……たぶん」


 私のはっきりしない返答に、それでもルートヴィヒは心底ほっとした顔を見せた。


「なんだよ、そのたぶんってやつ」


 それから、ルートヴィヒは笑って。その顔がなんだかかわいくて、私も思わず笑ってしまった。


「な、なんで笑うんだ?」


「いや……だって……」


 私は笑いをこらえながらなんとか言葉を紡いだけれど、もう無理だった。


「あはははは!」


 もうおかしくておかしくてしょうがなかった。だって、あのルートヴィヒが! あの傲慢でTHE俺様だったルートヴィヒが、私が嫌じゃなかったってわかってホッとするなんて!


「だからなぜ笑う!?」


 私の笑いが理解できないらしく、ルートヴィヒはムッとした表情で私を見てくる。


「ごめんごめん。出会った頃のあなたと今のあなたのギャップがすごくてさ」


「失礼な……」


「ごめんってば。くくく…………」


 私がまだ笑いをこらえてると、ルートヴィヒは呆れたように深いため息をついた。


 それから、本気で心配している顔つきで私に忠告してきた。


「アマネ、いくらお酒が好きだからって、これからは飲みすぎるなよ?」


「ええっ!? 私そんなに飲んでた? あれでもセーブしてたつもりなんだけどなぁ」


「セーブしていた、とかいうレベルじゃないだろ? 昨日は俺よりも飲んでいたぞ?」


「うっ……」


 そう、私はお酒が大好きだ。元の世界でも、仕事終わりのビールを生きがいのようにして毎晩飲んでたし、友達と飲むときは翌日の廃棄する缶や瓶の量がバグってた。


「ご、ごめんなさい……昨日はなんだかとっても楽しくなっちゃって……」


 ルートヴィヒが飲酒の量につっこんできたから、私は思わず謝罪の言葉を口にする。


「いや、まあ……それは俺も同じだから……アマネ一人のせいじゃないんだが……」


 そう言うと、ルートヴィヒは私から視線をそらした。


「ルートヴィヒも楽しかったの?」


「ああ」


 私の問いに、彼は素直にそう答えた。


「ただ、今後は飲む量は控えた方がいいと思うぞ?」


「はい、ごもっともで」


 まったくもって、ルートヴィヒの言う通りである。なにせ、酔った勢いでナニをいたしてしまったのだからお酒の飲みすぎってホント怖い。


「今度から飲む量に気を付けます。はい、これでこの話は終わりね!」


「アマネは……それでいいのか?」


 いいも悪いも、このことでぎくしゃくしちゃうことの方が嫌だったから。


 確かにルートヴィヒとはちょっと関係を進めたいなって思うくらいにはなってたけど、さすがにこれはね。時期尚早ってやつ?


「いいもなにも。お互いいい大人なんだし、ね?」


 だからお互いにこれ以上気にするのはやめようって、そう彼に提案した。


 ルートヴィヒは驚いたような、戸惑ったような表情で私を見た。


 私はそんな彼を安心させたくて、笑って見せた。


「これはちょっとした事故。そう、事故だったの。だからお互いに気にしないでおこ?」


「事故……。そう、だな」


 一瞬だけ浮かない表情を見せたけど、すぐにルートヴィヒも笑ってくれて。


 とにかくルートヴィヒが大人な対応に賛成してくれたのがせめてもの救いで。飲みすぎによる事故だとお互いに合意したのだから、今後は飲みすぎに気を付ければいいだけなんだし。


 大丈夫。まだ何も始まっていない。


 このまま楽な距離感で巡回演奏旅行を続ければ、それでいいはずだから。


 私は自分にそう言い聞かせた。





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