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「母さん!大丈夫ですか?」
「ええ…。心配かけてごめんね、レン」
そおっと扉の隙間から様子を除くと、レンと、その母親らしき人物の姿が見えた。
膝をつき、口元を抑える母親の前には、割れた食器。
レンは母親の背中を優しくさすった。
「無理しないで下さい」
「今朝は調子が良かったから……」
(病気……?)
医療の知識が全く無いルナマリアが断定して良いものでは無いが、明らかに母親の顔色は青白く、生気が無い。
「……」
ルナマリアは扉の影から、再度小型の杖を出すと、杖を母親に向けた。
「回復魔法」
呪文を小さな声で唱える。
本人達に気付かれないように、最小に、光も薄く行う。
「……あら?でも、本当に、少し元気になったみたい。さっきまで目眩がしていたけど……今は平気よ」
「本当ですか?無理しちゃ駄目ですからね!」
親子のやり取りを聞き終えると、ルナマリアは部屋に戻った。
(ーーー魔法は万能じゃない)
魔法では、病気は治せない。
出来て、失った体力を回復してあげる事だけ。
(期待を持たせても悪いから…)
こっそりと体力の回復を行った。
この世界リアリテは、魔法の発達の代わりに、文明の発達が遅く、医療も、前世と比べて劣っている。
医者も薬師自体の数も少なく、どちらかと言うと、材料に頼っている印象が強い。
(一角兎の髭が、その最たる例)
希少価値の高い、一角兎の髭は、強力な治癒薬となる。
(でもそんな薬がゴロゴロ転がってる訳じゃ無いし……)
そもそも、手に入れる為には、きっと、莫大なお金が必要になる。
「……」
(助けられなくて…ごめんなさい…)
無力な自分に出来る事が少ないのは分かっていても、ルナマリアの心は悲しみで溢れた。
コンコンッ。
「入ります」
部屋のノックと共に、レンが母親ととも飲み物を持って、部屋に入ってきた。
「ルナマリア、体調はどうですか?」
ベットに横になり、目をつぶっているルナマリアに、レンは尋ねた。
「大丈夫だよ」
レンの声掛けに目を覚ますと、ルナマリアはゆっくりと体を起き上がらせ、レンから飲み物を受け取った。
ゴクゴクと、飲み干す。
「ふふ。そんなに一気に飲み干せるなら、大丈夫ね」
「あ!えっと…美味しくて、つい」
幾分と顔色の良くなったレンの母親は、ベット近くの椅子に腰掛けながら、最後まで飲み干したルナマリアを見て、優しく微笑んだ。
「ルナマリアさん、まだ小さいのに、お1人で旅してるの?」
「はい。一応、冒険者ですから」
前世の25歳の感覚が抜け切れず、年齢の事を良く忘れそうになるが、今の私は10歳。
魔物が蔓延るこの世界で、10歳の女の子が1人で旅してたら、そりゃあ心配にもなる。
「でも、やっぱり、大変でしょう?倒れてもいたし…」
それは完全に自業自得なのだが、事情の知らない人から見れば、旅の過酷さに倒れていたように見える。
「そうだわ!少し、この家でゆっくりしていって頂戴」
名案を浮かべたように、笑顔で言う。
「そんな…悪いです」
「遠慮しないで。体力が完全に戻るまでの間だけでも。ね?」
母親の表情には、幼い10歳の女の子に対する、心優しい気遣いしか見えない。
「……じゃあ……お言葉に甘えます」
少し火照る頬を布団で隠す。
(お母さんみたい)
前世、病気の自分を、最後まで優しく見守ってくれた母を思い出しながら、ルナマリアは小さく頷いた。
***
「レン、何してるの?」
あれから数日ーーー。
母親のご好意に甘え、ルナマリアはレンの家で過ごしていた。
解除魔法により、食べた果実の毒はもう消えているので、最初の日以外は、普通に起きて生活している。
「今日はギルドの依頼で、山菜摘みに行く所ですよ」
玄関で出かける準備をしているレンの手には、採った山菜を入れる為の籠。
「私も行く」
そう言い、レンの元に行くと、彼は笑顔でルナマリアを受け入れた。
トコトコと歩きながら、ルナマリアは町を見渡す。
凄く大きな町という訳では無いが、とても小さな村、集落という訳でも無い。
普通に商店もあって、大きなお屋敷もあって、ギルドもある。
レンの家は、そんな町中から少し離れた場所にあって、目的の山菜集めの場所に行くには、町中を通り過ぎる必要があった。
「さて、ここら辺でいいかな」
目的の場所に着くと、レンはしゃがみ込み、山菜を探し始めた。
手際良くパッパッと選別していく様子を後ろで見ていたルナマリアは、隠し持っていた小型の杖で、鑑定の魔法をこっそり唱えた。
「……レン、凄いね。山菜の種類、全部覚えてるの?」
ついこの前、鑑定の魔法を使わず、毒入りの果実を食べてしまったルナマリアは、見事に、食べれる山菜のみを採取しているレンに、賞賛の言葉を送った。
「あはは。慣れですよ」
(慣れでも凄い)
現にルナマリアは、ギルドで良く薬草や山菜、採取の仕事を行うが、鑑定魔法を使っているのもあり、殆ど覚えていない。
ただお世話になっているだけなのが忍びないので、レンのギルドの採取の仕事について来たが、いちいち魔法を使い、調べるルナマリアに対して、採取のスピードが違う。
「ゆっくり、手伝うね」
「はい。無理しないで下さいね」
ルナマリアの言葉に、レンは笑顔で答えた。
ゆっくりと、自分のペースで採取を始めるルナマリア。
「ーールナマリア、その花も、摘んで頂けますか?」
途中、レンはルナマリアの手に持っている赤い花を指した。
「これ?これはーー」
鑑定魔法を使用しているルナマリアには、持っている花の情報が分かる。
「薬草なんです。母さんに持って帰ってあげたいので、山菜とは違いますが、採取お願いします」
ーー答えようとする前に、レンが答えを告げた。
「薬草の種類も覚えてるの?」
しかもこの花は、代表的なものでは無い。
「はい。図鑑に載っている物は、全て覚えています」
驚くルナマリアを他所に、当の本人は涼しい顔。
何事も無いように、採取を続ける。
(頭も良くて、顔も良くて、性格も優しくて……凄いな!完璧じゃん)




