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黒白の騎士、ノアの旅  作者: 安河内禊
6/8

“白惡”の黒騎士 グルヌイユ・ラーナ・バトラコイ ③ (vsシーサーペント)


ドボオオオオオオオオオオオン!!!!


凄まじい轟音と共に海面が突き破られ、巨大な水飛沫が上がる。

「ふふ……海流で拘束して無数の水の槍で突き刺す、そして水圧による加重圧殺。これで生きてるなんて冗談きついわ~」

ラーナは笑いながら、浮上してきたそれを見上げる。

堤防の上で眺めていたノア達も、その威容に目を奪われる。

「う、うわぁぁぁ!」

カナンは思わず悲鳴を上げ、後退(あとずさ)ってしまう。


「シーサーペント……馬鹿な、こんな近海で!?」


それは細長く巨大な体躯を持つ、蛇の様な化け物だった。海中に棲む竜、と言っても過言では無い大魔獣。それが半身ほど海上に身を露出させ、首をもたげている。ノアはすぐさま棒を構え、ラーナに加勢しようとする。

「お待ち下さい!」

しかし下方から響いたラーナの一声が、ノアを抑える。


「……言った筈ですよ、ノア様。このグルヌイユ・ラーナ・バトラコイのみで十分だと」

ラーナの目は本気だった。ムガイとセグラもまた、彼女に同調する。

「うん、ノア君は言われた通り休んでいたまえ。ここはラーナ君に任せるのが彼女の顔を立てるというものさ」

「予想外の大物ですが……それでもラーナなら問題ないでしょう」

「…………そうだな。少し(はや)ってしまった」

ノアはそう言って武器を収める。その後ろではカナンが自分の身体の震えを抑えていた。

(こ、怖い……あ、あんな怪物にも一人で立ち向かって、た、退治できるの……?)


ラーナは、緑の眼光をシーサーペントへと向ける。

「大海蛇。貴方は存在が人間社会の不安となる、ただそれだけの理由で駆除される。理不尽よね、私もそう思うわ」

その瞳には同情、憐憫、そして共感の色があった。


「まぁ結局は弱肉強食、強いものが生き残って弱いものが死ぬって事で納得してくるかしら────つまり」

ラーナは改めて杖を構える。シーサーペントは眠りを邪魔され、不快そうに唸り声を上げている。

「貴方は、貴方より強い私に殺されるって事……!わが恐怖は歌い踊る!」

『涙』によって支配された海から、無数の水の弾丸が発射され、化け物に降り注ぐ。その一発一発が、岩をも砕く威力を持っているが……


「ゴアアアアアアアッ!」


シーサーペントはまるで意に介していなかった。彼の体表で水は弾け飛び、傷一つ付けることが出来ていない。だがラーナはその様子を見て、何かに気付いていた。


(……成程ね。大気の膜による防御、か)

彼女の分析では、目の前のシーサーペントは魔力によって周囲の空気を操る能力を備えている。その個体は全身を空気の膜で覆い、暴威から身を守っていた。膜といっても、ラーナの魔術から身を守る程の頑強なものだ。

膨大な魔力と高い知性を併せ持つ高位の魔物が、魔術じみた現象を起こす事は珍しくはない。人間の魔術の様に洗練されたものではなく、極めて単純で荒々しいもので、魔力の操作も本能で行っている。それ故に複雑な高等魔術は起こせないが、それでも人間にとっては凄まじい脅威となる。


シーサーペントはおもむろに口を開き、ラーナに頭の向きを合わせる。そして、その頭部に急激に魔力が収束していくのをラーナは感じ取った。


「…っ!我が苦痛はのたうち回る!」

「ゴガアアアアァ!!!」


ラーナの周囲の海面が湧きたち、粘土の様に大きく変形し彼女の前方から上方に向かって海水の壁が生える。次の瞬間、シーサーペントの開口部から猛烈な勢いで空気の塊が発射され、ぶ厚い水の防壁に衝突する。水の壁は勢いを殺しきれず、空気弾と共に激しく四散する。

「くっ────!」

ビシャビシャと海水が舞い散る。


(これで……確定ね。奴は空気を操作する能力を持つ。常に全身を薄く圧縮された大気で守っており、海流も水圧も水槍もこれに阻まれた……)

暴風の中、ラーナは杖を握りしめる。彼女は冷静に敵の魔力の流れを感知している。シーサーペントは再び口を開き、頭部に魔力を集中させていた。


(また空気弾?それが自慢の必殺技ってわけね……)

恐らく、今までその技で仕留めきれなかった獲物はいなかったのだろう。大海蛇はその技の弱点に気付いておらず、対する魔女は既に見抜いていた。


(やはり、空気を収束させる為に全身の魔力を回している。そしたら当然、胴体の守りはそのままってわけには……いかないわよね)

一方に集中すれば、もう一方は疎かになるもの。元来、同時に複数の魔力操作を行うのは難易度が高く、知性があるとはいえ魔獣に可能なものではない。


既に勝利への道筋を見定めた魔女は、杖を水平に構え、大きく腰を落とす。そして────シーサーペントに向けて、跳躍した。それは、彼女の痩身(そうしん)からは想像付かないほど高く大きな跳躍だった。


自らの有利な領域である海からあえて離れた彼女を、口を開いていたシーサーペントは一瞬見失う。勢いよく跳ね上がったラーナは、大海蛇の首元に迫っていた。

構えられた杖の先には少量の水が球形になってまとわりついていた。ラーナの魔術により、その水は細長く変形していく。それは水の形を変えるだけの初歩的な魔術。その変形が終わりきる前に、彼女はシーサーペントに衝突する目前となる。


「水よ、(やいば)となれ────!」


スパンッ…………!

小さく、それでいて鋭い音が響く。ラーナは少しだけ身を捻ってシーサーペントの首に杖を交差させ、海上に着水していた。杖の先にくっついている水には、少しだけ赤色が混じっていた。


ズ……バシャアアアアアアアアアン!

半身を海上に出していたシーサーペントが、体勢を崩しその体躯を海面に落とす。水にぶつかる音が周囲に響き渡り、跳ね上げられた海水の雨が降る。なおも、大海蛇は微動だにしない。それはもう呼吸をしていなかった。


「あーあ……ちょっと濡れちゃったわ。恰好付かないなぁ」

魔女は独り()ち、堤防の上に立つ仲間たちを見上げた。魔術を解くと杖に纏っていた水がパシャリと弾け、海に帰っていく。


 ◇


「す、凄い凄い凄い!ラーナさんとっても凄いです!!」

堤防の上に戻ると、真っ先にカナンが駆け寄ってきた。その瞳には興奮と尊敬があった。

「うふふ……ノア様の弟子ですもの、これぐらいは出来ないとね」

ラーナは、カナンの頭を撫でる。彼女は嬉しそうにその手を受け入れていた。

「流石はラーナ君、スマートな勝利だったね!初級魔術であれを仕留められる魔術師は東西を探しても君ぐらいのものだろう。僕も友達として誇らしいよ!」

「シーサーペントが出てきたのは驚きましたが、それでもラーナには傷一つ付けられませんでしたね。海には慣れましたか?」

ムガイとセグラも歩いてくる。ムガイはパチパチと拍手していた。

「うーん……海はやっぱり苦手かな~……あ」

そして、ラーナは正面に歩いてきたノアを見つめる。


「ご苦労、ラーナ。いや、私から言うべきは……ありがとう、だな。気を遣わせてしまってすまなかった」

ノアの感謝の言葉は、ラーナの心に深く突き刺さった。彼女もノアに向かって歩く。

「ノ、ノア様にそう言って頂けるなんて、私……あうッ!」

ラーナは足元にある敷石の破片か何かにつまずき、前方に向かってよろめいてしまう。必然、正面に居たノアがその体を抱き留める。

「おっと、大丈夫か?どこか痛めていたか?」

「あ……いえ、心配は、ご無用です。け、怪我は、ないです……はい」

ノアはラーナを心配する。ラーナは突然の事態に赤面し、しどろもどろになってしまった。

「そうか、良かった」

「…………えへへ」

ラーナは、まだ姿勢を戻さずにノアに体重を預けている。その表情は、今までにない程幸せそうな笑顔だった。


挿絵(By みてみん)


その様子を、他の三人も微笑ましく見守っていた。

「師匠とラーナさんは固い信頼で結ばれてるんですね~。私も師弟として、ああいう関係になりたいなー」

カナンはニコニコとしている。先程までの恐怖は、ラーナの活躍の前に吹き飛んでしまったようだ。

「……ムガイ。貴方さっき、ちょっと細工しましたね」

セグラは横目でムガイを見る。彼は少し肩をすくめた。

「さぁ、どうだろうね。…………ただ、まぁ」

ムガイは一拍置いて言葉を続ける。


「あんなに献身的な女性が、少しぐらい報われなきゃ嘘だろうって神様も思ったんじゃないかな」

「……それには同意できます。ラーナも、そしてノアも、もっと幸せを求めて生きるべき人間です」

その言葉を受けてムガイは何かを言いかけたが、彼にしては珍しく口ごもった。


 ◇

 

やがて、騒ぎが治まったと(さと)った町人達が集まってきた。

「あ、この人だ!この人が俺を守ってくれて、化け物と戦うって言ったんだ!」

「それで、化け物はどこだよ」

「あの海辺に浮かんでるのじゃねぇの……うぁ、でけえ!」

「お、俺、遠くの高台から見てたんだけど、あの姉さんが戦ってたんだ。すげぇ、言葉に出来ないほどマジで凄かったよ…!」


わいわいと盛り上がりながらノア達に近づいてくる。それを見た一行は固まって相談する。

「さて、このままでは説明責めになりそうかな?どうしよっか?」

「私としては、無駄なことは避けたい」

「ノア様、私がちょっと威嚇して散らしましょうか?」

「物騒な事は止めなさい、ラーナ。黒騎士のファーストインプレッションがそれでは困ります。私が対応しましょう」


そうして、セグラが先頭に立ち町人を待ち構えることとなった。しかし突然一人の男性が走ってきて、黒騎士達と町人の間に割って入る。

「ハァ……ハァ……申し訳ございません、黒騎士様!」

「……町長?」

セグラが呟く。彼はアルハミリアの町長だった。そして黒騎士達がアルハミリアに来た原因となる事件の依頼者でもあった。つまり────彼は黒騎士について知っている。


「先の事件に引き続き、唐突に出現した魔物の撃退までして頂き、もはや何とお礼を申し上げていいか分かりません」

町長は深く頭を下げる。黒騎士一行の中から、ラーナが一歩前に出る。

「ひとまずここに居た魔物は全て退治したわ、町長さん。質問なんだけど、彼らが現われた理由とかって心当たりある?」

「あ、いえ、アルハミリアは古くに魔物の駆逐に成功しており、私もここでは魔物を見た事もありません。ですので、皆目見当もつかず……」

町長は申し訳なさそうにする。


「そう、わかったわ。ありがとう。それと……」

ラーナはちらっと、町長の後ろの町人達を見る。彼らは話をしたそうにウズウズしていた。

「アルハミリアの人達に、黒騎士についてよく教えておいてくれると嬉しいわ。これが魔物退治の報酬ってことで」


 ◇


「えー、それでは、天にまします“殉教者(じゅんきょうしゃ)”ソヘイル様と、“聖女(せいじょ)”ヒルデ様に今日の恵みへの感謝を捧げ、乾杯!そしてこの街を救って下さった黒騎士様方に、乾杯!」

「「乾杯~!」」


町長が乾杯の音頭を取り、町人達がそれに続く。アルハミリアの海辺で、黒騎士をもてなす為の宴会が開かれていた。

黒騎士達は一席に座っており、その卓上には豪勢な料理が並んでいた。ノア達の為に宴会を開きたいと言われた時は辞退しようとしたが、町人達は押しが強く結局宴の主役にされてしまった。


「ノアさんって言ったっけ。さっきはあんたの顔見て避けちゃってごめんなぁ。ほら、詫びに一杯飲んでくれ」

「謝る必要はない、これは恐れて(しか)るべきものだ。それと、これ以上の酒は遠慮しておこう」


「ラーナさん!これウチで醸造した自慢のワインなんだ、是非飲んでくれ!」

「姐さん、俺のワインも是非!地元じゃ一番美味いって評判なんだ!」

「あらあら、気持ちは嬉しいけど困ったわね~」


「お兄さん、エレフスの人じゃなさそうだけどどこの国の人?」

「ふふ、僕の生まれは葦原(あしはら)という国で……え、知らない?そっか……」


宴会が始まってしばらくの間は黒騎士達を中心に盛り上がっていたが、酒が進むと町人達は思い思いに騒ぎ始め、宴席は混沌としたものになっていった。


「……私達の為の宴会とは詰まる所、好きに呑んで騒ぐ口実が欲しかったんだな」

「ふふ、祭り好きな気質なんだねぇ。ま、賑やかでいいじゃないか」

「ノアしゃま~、あれ、ノアしゃまが二人居る……うふふふ、二倍幸せ~」

憮然(ぶぜん)とした態度のノアと、その場の雰囲気を楽しむムガイ。ラーナは町人に勧められるままに何杯もワインを飲んで酔っ払ってしまっている。


「泥酔した人間ほど無様なものはありません。しかしお酒というのはそこまで美味しいのでしょうか……」

「わたしも気になるなあ~。大人はみんな大好きだもんね、お酒」

酩酊(めいてい)しているラーナを横目に見ながら、子供二人はアルコールに興味を示している。カナンとセグラは同性同年代という事もあって気安く接し合うようになり、既に打ち解けていた。


「……でも、わたし何にもしてないのに、こんなご馳走頂いてしまってよいのでしょうか」

カナンの前には調理された肉と魚、野菜がバランスよく大盛りで配膳されていた。今までの貧しい人生を飢えに苦しみ、粗食で生きてきた彼女にとっては信じがたい光景だった。

「気にするな、カナン。提供者に感謝こそすれ、後ろめたく思う必要はない。彼らもそれを望んではいないだろう。食べきれない分は私が頂くから、好きなだけ食べるといい」

「カナンは大変厳しい環境で生き抜いてきたのですね。今は我々が共にいますから、安心して下さい」

「そうそう、子供はお腹一杯食べないと大きくなれないよ!」

黒騎士達はそう言って、カナンに食事を促す。言われた彼女は、何だかむず痒い気持ちを覚えた。


「あ、ありがとうございます。………ところで」

カナンはムガイの手に持つ皿に目を落とす。そこには、野菜と豆しか乗せられていなかった。


「食事会が始まってから、ムガイさんは野菜ばかり食べてますよね。お肉は嫌いなんですか?」

それは偶然気付いた事で、単なる好奇心からの質問だった。

「おや、目ざといね。確かに君の言う通り僕は肉類を食べていないが、別段菜食主義者ってわけじゃない。これはね、ノア君との約束の一つなんだよ」

「えっ。師匠との約束でお肉食べれないんですか?」

カナンはびっくりしてノアを見る。ノアは迷惑そうにため息をついた。

「ノア君の弟子にしてもらう際、交換条件として幾つか契約を交わしたんだ。その中に〝エレフスで殺生を禁じる〟というものがある。だから僕は、この地じゃ生臭物(なまぐさもの)は避けてるんだ」


「つまり、人を殺すなという意味であって獣を殺すな、その死肉を食うなというつもりは毛頭ない。肉食禁止はこいつが勝手にやってることだ」

ノアの補足を受けてカナンは納得する。ムガイは依然として、薄く微笑んでいる。

「フフ、同じことさ。…………獣殺しも、人殺しもね」

小さく呟いたその声を、誰も聞いてはいなかった。


 ◇


それからも宴会は進み、夜が更けきってもまだ参加者達は酒をあおっている。

「それにしてもラーナさんの魔術は凄かったなぁ。あんな風に水を自在に操れたら楽しいだろうなぁ」

カナンはそう言いながら、ノアをちらりと見る。


「そういえば、水を操ったり火を出したり、これらって同じ魔術なんですか?」

「……というと、どういう意味だ?」

ノアはカナンの言葉の意味を図りかねていた。


「あっ、ええと、一口に魔術と言っても全然違う事をしてる様に見えるけど、どれも同じ技術なのかな、一つ勉強すれば全部使えるのかな……みたいなつもりで言ったんです。ごめんなさい、分かりづらくて……」

「ああ、そういう事か。……君が目を付けた点は正しい、火と水では魔術の“系統”が異なる」

ノアが答えた所で、ムガイが口を挟む。


「ほう、魔術の講義かね。魔術とは魔力を用いて何らかの現象を発生させる技術だが……その現象に応じて、操作感覚の違いや魔力の形質変換が必要となる。よって、効率的に研究する為に体系化され複数の系統に分けられている。昔からね」

「な、成程……つまり、火の魔術を学んだからといって水が操れるようになるわけじゃないって事ですね」


「飲み込みが早くていいね。古来、魔術の基盤は八つの系統に分けられている。即ち炎熱魔術、流水魔術、氷雪魔術、雷光魔術、大地魔術、大気魔術、生命魔術、夢幻魔術。魔術師を志す者は皆、最初にこの八系統の(いず)れかを学ぶ事になる」

「八……」


「あくまで基本となる魔術系統、だけどね。これらから枝分かれして開発された魔術もある。また、この八門のどれにも完全に属さない魔術系統もあるが……実に希少なものだ」

そう言うと、ムガイはワインの注がれていたグラスを口に運ぶ。それで話が一区切りされたと判断したカナンが言葉を発する。


「ムガイさん、教えて頂きありがとうございました。ところで皆さんは、どの魔術が得意とかあるんですか?わ、わたしがどの魔術を学べばいいか……参考にしたいです!」

漠然(ばくぜん)と憧れていた魔術について学べている事に、カナンは興奮気味だった。その質問に初めに答えたのはラーナだった。


「うふふ~、私はねぇ、流水、大地、大気魔術の三つが大得意よぉ~。でも、他の五つもそれなりに自信あるのよぉ、凄いでしょ~、ヒック」

その視点はフラフラとして定まっていない。彼女の酔いはかなり深そうだ。

「うーん、僕は特に得手不得手はないなぁ。どれも同じレベルで使えると言っておこう……つまらない答えですまないね」

次にムガイが答えると、手振りでノアに話を振る。噛んでいたパンを飲み込み、彼は静かに口を開いた。


「私は……どれも凡庸(ぼんよう)かそれ以下だな、少なくともラーナやムガイと比較できる線上には無い」

「えっ」

ノアの言葉に、カナンは驚きを隠せない。

「し、師匠?でも、魔術で凄い炎とか出してたじゃないですか、あれで駄目なんですか……?」

「……ふむ。君には“白惡”が継承する魔術について話してなかったな」


そう言うと、ノアは椅子に立てかけていた棒を(つか)んで自身の大腿(だいたい)の上に傾ける。

「魔術は、その習得を才能に大きく依存する。昔、才能の無い者でも魔術を使えるようにする為、“魔導式”というものが開発された。これは分かり易く言うと、魔力を流すだけで特定の魔術が発生する回路のようなものだ」

話しながら、ノアは棒に巻かれていた布を少し解く。


「魔導式そのものは複雑だが、完成すれば即席で簡易な魔術を行使できる便利な道具だ。熟練の魔術師にとっても魔術の工程を省けるメリットがあり、盛んに開発されていった。そして……」

ノアは、カナンにその布に刻まれていた紋様を見せる。


「これが、“白惡”が継承する魔導式……『秘紋(ひもん)』と呼ばれている。この文字の様な紋様一つ一つが独立した魔導式であり、魔力を流せばそれぞれ全く異なる魔術が発動する。先程の炎の盾も、これを二文字消費して創造したものだ」

「へぇ~……」

カナンは感心して、秘紋をじっと見ている。ノアには、自分がカナンに魔術の講義をしているという自覚が無かった。顔色も声色も変わっておらず、非常に分かり辛いが……彼もまた、酔いが回っていた。


「幼少時から魔術に触れてきた三人と違い、私が魔術の訓練を始めたのは大人になってからの事。それもたった二年間の付け焼刃だ。おまけに私は魔術の才能が皆無……故に、魔術師としての私は下も下。予め秘紋を用意する事で何とか実戦に対応できている」

「し、師匠、そんなに自分を卑下しないで下さい……わたしからすれば、皆さん等しく凄いですか……あっ!」

カナンが、何かに気付いてはっとする。


「て、ことは……わたしもこれを使えば、魔術を使えるってコトですか!?」

「いや……魔導式を行使する為には魔力を適量、体外に放出するコントロールする程度の能力は必要だ。ずぶの素人には使えない。君はまだ自分の魔力すら掴めていないだろう」

興奮するカナンを冷静に指摘するノア。ラーナは酔いで半分寝ていて、セグラは黙って食事を続けている。ムガイは左腕の肘を机に乗せ、その掌に頬を預けて楽しそうな様子でカナンを見ていた。


「ははっ、カナン君。最初に肉体に宿る魔力を自覚し、内在するそれを自分の意思で動かせるようにするのが、魔術師としての第一歩だ。口で言うのは簡単だが、結構難しいよ」

「う~、じゃあ、わたしに魔術の訓練をして下さい!」

「駄目だ、エレフスにおいて黒騎士の身分に無い者が魔術を使用する事は許されない」

「だから私を弟子にして下さいよお~」

宴席でもノアに拒絶され、カナンは半泣きになってしまった。それを眺め、ムガイは益々楽しげな笑顔を見せる。


「おいおい、めでたい席で女の子を泣かせるとか……君の正義に反するんじゃないかい?」

「くっ……」

ノアは珍しく額に汗を浮かべ、何を言ったものかと迷っている。カナンは、隣で未だ黙って食事しているセグラにしなだれかかる。


「うわーん、もういいです、私、セグラの弟子になります!」

「えっ?わ、私?」

予想外の提案に、戸惑うセグラ。カナンはわざとらしい上目遣いと猫なで声で彼女に()びる。

「うん、駄目?」

「いえ、あの、駄目っていうか……無理です。私では貴方に魔術を教えられません。私は……普通の魔術は、使えないのです」

「え、どういう事?普通じゃない魔術があるの?」

不思議がるカナンに、ムガイが答える。


「フフ、先程基本の八系統に属さぬ魔術が有ると言っただろう?セグラ君の魔術はまさしくそれなのさ」

「えーっ、何それカッコいい!セグラ、どんな魔術なの?」

「う、それはですね……」

身を乗り出し、キラキラした瞳で迫るカナンに、セグラは調子を崩されている。その時だった。


「あ、あの、黒騎士様方!」


その声の主は、高齢の男性だった。身なりは整えられており、服装だけで裕福な人間だと見て取れた。彼は黒騎士達の机まで歩き、頭を下げた。

「町長から話は伺いました。あなた方は、教会から魔術の使用を許可され、様々な難事を解決している特別な存在だと」

ノア達は姿勢を直し、黙って話を聞いている。


「そのお力を、是非お貸し頂きたい案件があるのです。報酬は幾らでも用意があります。これは、只人(ただびと)ではどうしようもない問題なのです……どうか、どうか、助けて頂けないでしょうか」

老人は、頭を机に擦り付けんばかりに下げる。ノアは、慣れた事のように彼に声をかける。


「まずは落ち着いてくれ。開口一番に助けを求められても、私達には何も分からない。貴方の名前と、何が起こっていて、何をして欲しいのか明確に教えてくれ。話はそれからだ」

「も、申し訳ありません……おっしゃる通りです。焦りで礼を失していました」

そう言うと、老人は居住まいを正した。背筋を伸ばすと、気品のある紳士といった風格が見える。


「私はセレスティノ・アロンソと申します。このアルハミリアに、先祖代々住んでおります」

そして彼は、周囲で他の町人が聞いていないか軽く目を配る。誰も聞いていない事を確認してから、言葉を続ける。

「実は……私の屋敷に、恐ろしい亡霊が現われるのです。皆様には、それを解決して頂きたい」

未だ半醒半睡(はんせいはんすい)のラーナを除く黒騎士達が、(にわ)かにざわつく。


「…………それが事実なら、確かに常人では如何(どう)にも出来ない。私達が対応するしかないだろうな」

「ほう、霊か。これは面白くなってきたね」

「え……ええっ、幽霊?幽霊ってホントにいるんですか?」

ノアとムガイ、カナンは三者三様の反応をする。そしてセグラは、杖を手に取っていた。


「亡霊、ですか。どうやら次は私の出番のようですね」

彼女は、対面する老紳士に微笑む。


「その依頼……この“灰掟(かいてい)”の黒騎士、セグラ・レメゲトンが引き受けましょう」


挿絵(By みてみん)


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