“白惡”の黒騎士 グルヌイユ・ラーナ・バトラコイ ①(黒騎士について)
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「おおー……」
その感嘆の声はカナンのものだった。彼女は、眼前に広がる街を見渡していた。
「ここがアルハミリアだよ、カナン君」
アルハミリア。カスティリア最南部に位置する街であり、長い海岸に面している港湾都市でもある。港町の例に漏れず漁業と交易を経済の基盤としており、比較的多くの人口を抱えている。タベリナスの村よりは大分栄えていると言えるだろう。
そのアルハミリアにノアとムガイ、そしてカナンの三人が到着していた。
「ここの家ってどれも石で出来ているんですねー」
「うん、基本は石材だね。お金持ちは家の建築に真っ白な大理石を使うから、富裕層の居住区域はとても綺麗だよ」
ムガイとカナンが他愛のない話をしている中、ノアは無言だった。
「あれ、師匠?」
「…………」
ここに来るまでの間、カナンがノアを師匠と呼ぶことについて二人は度々衝突したが、結局はノアが折れ、その呼称を認めさせられた。とはいえ、まだ彼女が正式な弟子になったわけではない。
「師匠、どうかしましたか?」
「……少し私から離れておけ」
ノアは何かを警戒していた。ムガイもそれに気付いたようだ。しばらくして、街の入口から何かが疾風の如く飛び出してきた。
それは一直線にノアに向かい、彼に勢い良く衝突した……ように見えた。
「ノア様~~~!遅いですよお、寂しかったです~~~!」
それは女性だった。つばの広い帽子を被り大きな杖を背負った、豊かな白髪を一束に纏めた長身の女性がノアに抱き着こうとしていた。が、ノアの伸ばした右手によって頭を押さえられ抱き着けないでいた。
「………落ち着け、ラーナ。たかだか数日だろう」
「────!貴方と離れるには、長すぎる時間です!やっぱり私が貴方と共に行くべきでした!」
ノアの冷静な声音に対して、ラーナと呼ばれた女性の声は激しい。突然現れた見知らぬ女性と師匠のやり取りを、カナンはポカンと口を開けて眺めていた。
「フフ、ラーナ君は相変わらず情熱的だねぇ」
「えっと……あの方はどなたですか?」
遠巻きに冷やかすムガイに、カナンが質問する。
「ん?ああ、前に話したろう?僕達は元々四人組だったって。彼女がその一人……僕と同じノア君の弟子にして“白惡”の黒騎士、ラーナ君だ」
「えっ、あの方も黒騎士……」
カナンは改めてラーナを見る。確かに、ノアやムガイと同じ白黒の外套を纏っている。するとラーナもカナンに気付き、ノアに伸ばしていた手を戻して姿勢を整える。
「……あら?この子は?」
その声は先ほどまでの激しさとは打って変わって穏やかなものだった。
「この子はカナン。訳あって、しばし身を預かることになった。モンスパステルの教会に預けるつもりだ」
「モンスパステル……成程、そういう事情ですか……」
ラーナはノアの元を離れ、カナンに近づく。カナンは少したじろいだ。
「初めまして、カナンちゃん。私はノア様の一番弟子、グルヌイユ・ラーナ・バトラコイよ。よろしくね」
そう言ってラーナは柔和な笑顔を向ける。そつが無い物腰にカナンの警戒心が緩む。
「よ、よろしくお願いします、カナンです。えーと……」
「ラーナでいいわ」
ラーナは膝を曲げて屈み、カナンに握手を求める。
「ラ、ラーナさん」
カナンは差し出された手を握り、ラーナの顔を見つめる。そこでカナンは、ラーナの後方からまた一つ、街から歩いてくる人影がある事に気付いた。
「……子供?」
「ふぅ、勢いよく飛び出しすぎですよ、ラーナ」
そう言って、その人物はノア達の前で歩みを止める。カナンの言う通り、それは子供だった。一見して10歳前後……カナンと同年代の金髪碧眼の少女だった。前髪は目にかからない程度、前髪を除いた髪は肩の上の高さで切り揃えられており、その髪型からは几帳面な印象を受けた。歩き疲れたのか、手に持っていた身の丈程の長さの杖に体重を預けている。
「お疲れ様です、ノア、ムガイ。依頼は解決しましたか?」
「ああ。少し遅くなってしまい申し訳ない」
「セグラ君達も後処理は終わったかい?」
「勿論、つつがなく完了しています。ノアを待って気が気でないラーナを窘める方が余程面倒でしたよ」
「ウフフ、セグラちゃんには迷惑かけちゃったかしらね」
親しげに話す四人を、カナンは再び呆然と見つめている。その様子に気付いたムガイが声をかける。
「セグラ君、こちらはノア君が新しく拾ってきた子、カナン君だ。そしてカナン君、この少女は僕達の仲間最後の一人……“灰掟”の黒騎士、セグラ君だ」
「またですか。ノアは本当にしょうがないですね」
セグラと呼ばれた少女は、カナンに向き直る。身長はカナンの方が少しだけ高い。
「初めまして、カナン。紹介にあった通り私は黒騎士、セグラ・レメゲトンと申します。黒騎士についての説明は必要ですか?」
「…は、初めまして。説明は要らないです……大体の事は聞いています。でも、あの、わたしと同じぐらいの年に見えますが……黒騎士なんですか?弟子とかではなく?」
「はい、見た通りの年齢ですよ。確かに見た目は頼りないかもしれませんし、実際侮られることもありますが、私はちゃんとした黒騎士なのです」
そう言ってセグラはにっこりと笑う。自分と同年代で黒騎士だという事実を聞かされ、カナンは内心打ちのめされていた。
「さて、こんな所で立ち話していてもしょうがない。積もる話は、どこかのカフェに腰を下ろしてからにしよう!」
ムガイの号令で、一行は街の中に入りカフェに向かうこととなった。
◇
「実は一人で散策していた時に良いお店を見つけてねぇ~、そこに行こうと思ってるんだ」
「ムガイは舌だけは信用に足りますから、楽しみです」
「…………セグラ君、僕の扱いが酷くなってきてないかい?」
「自業自得です。自分のこれまでの言行を思い返してみたらどうですか?」
前方ではムガイとセグラの二人が談笑しながら進み、その後方をノア、ラーナ、カナンの三人が付いてきていた。
「ノア様の温もりを感じます~」
「……歩きづらいんだが」
ノアが三人の真ん中を歩き、ラーナはノアの右腕に腕を絡ませてべったりとくっつき、カナンはノアの左側をとぼとぼと歩いていた。目立つ恰好の五人組である為道行く人の視線を集めるが、彼らはノアの醜悪な右顔を見るとそそくさと避けていった。だが、ラーナは全く気にせず密着していた。
「……あの、師匠」
俯いていたカナンが口を開く。
「あのセグラって子……わたしと同じ子供じゃないですか。危険な黒騎士にさせてていいんですか?」
わたしにはダメだって言ったのに、と言外に含んだ言葉だった。
「…………言いたい事は分かる。本来であれば当然、許容できない事だ」
ノアが答える。彼はしばし、過去に思いを馳せた。
「彼女と私は同時期に黒騎士となった。もう四年も前の事だ」
(えっ……師匠、意外と黒騎士になって日が浅いんですね。もっと十年とかやってるのかと……)
とカナンは言いそうになったが、話の腰を折らない為にぐっと言葉を飲み込んだ。
「当時私と同席していた彼女は六歳程度。そんな幼子が黒騎士になると知って、私は憤慨し教会に直訴した。だが、その私を他ならぬ彼女が止めた。〝私は家名を背負い、誇りをもって職務に当たるのです。邪魔をしないで下さい〟……と。とても年齢にそぐわぬ凛然とした言葉だった」
「……………」
「それでも納得できない私を、彼女は決闘に誘った。自分の実力を証明するから引き下がれと。そして私は…………彼女と戦い、敗北した」
「負けた?師匠が?…………ああ、相手が子供だったから手加減したんですね?」
「……いや」
足を進めながら、ノアは前方を歩くセグラを見つめる。
「私は実力で彼女に負けた。彼女は私よりも強い」
「ええっ!?冗談ですよね!?」
カナンはとても驚いていた。ノアの表情は変わらない。
「そして私は、彼女が黒騎士である事を認めざるを得なかった。とはいえ、いくら強くとも子供に一人旅は危険過ぎる。故に私は彼女と行動を共にすることにした」
「……そういう経緯があったんですね」
「それに、彼女は黒騎士にならねばならない理由がある事を後から知った。それは後々話そう」
ノアは話を区切る。
「ただ、彼女を気にかけていたのは私だけではない。教会に強い影響力を持つ然る大貴族も、彼女の境遇を哀れみ、様々な支援をしてくださっている。彼女に過剰な任務が回らないようにし、レメゲトン家の資産を他者が手出ししないよう守り、私とも度々連絡をとっている。世の中、捨てたものではない」
そう言ったノアの口元は少し笑っていた。カナンは師匠の微笑を見て、理由なく嬉しい気持ちを覚えた。
「ねぇねぇ、私とノア様の馴れ初めは聞いてくれないの?」
ラーナが首を傾けてカナンを見ていた。彼女は女性としては背が高く、カナンとはかなりの身長差がある。
「あっ……」
「よくぞ聞いてくれました!忘れもしない、あれは二年前のこと──」
聞いてもいないのに、ラーナが大仰に語りだす。その姿は先日のムガイに似ていた。
「私はね、元々はある沼地に住む古い魔女の弟子だったの」
「魔女……」
そういうのも居るんだ、とカナンは思った。
「そう、それも黒騎士でも何でもない。この意味が分かる?」
「え……あっ」
ニヤリと、ラーナは微笑む。
「違法なのよ。エレフスでは御法度の魔術を、こっそり森の奥の奥で受け継いでいた。でも、とうとう教会に見つかってしまった。聖騎士が徒党を組んで攻めてきて、あえなく老魔女は斬られた。弟子である私はこっそり隠れて、命からがら逃げだしたわ」
「…………」
思っていたより重い話を聞かされ、カナンは言葉を返せない。
「死にたくないって一心で森を抜けたら、人里に辿り着いたわ。生まれて初めて目にする人里……頼れる人間なんて居ない。私には、あの沼地が世界の全てだったから」
いつの間にか、ラーナの表情は真面目なものになっていた。
「結局騎士達に見つかって、囲まれちゃった。私は必死に命乞いをしたけど、全く聞いてくれなかった。体を押さえ付けられ、奴らの剣が振り下ろされようとした正にその時────ノア様がその剣を止めたの」
そして、ラーナはキラキラと輝く緑色の瞳でノアを見つめていた。
「その場に颯爽と現れたノア様は私を、自分の弟子だと言って守ってくれたの。自分と無関係な筈の私を──あの時のノア様の神々しさは、とても言葉にできないわ」
陶酔しながら語るラーナの隣でノアが口を開く。
「…………私には、彼女が悪人には見えなかった。ただ生きたいという意思のみが感じられた。だから一時的に弟子にして庇護した、それだけの事だ」
「それからノア様は、人間社会に行き場のない私を旅の随伴者にしてくれて、人の世界を教えてくれたの」
「もし、魔女の弟子を放っておいて被害を出したら全て助けた私の責任だ。彼女の人間性、悪意の有無を見極める為の監視として旅に同行させたんだ」
「私はノア様の為、人の為に生きる事を決意したわ。正式にノア様の弟子として、教会に“白惡”の黒騎士であることを認めさせたの。そして今日に至るわ」
「弟子とは言うが、魔術の腕は私より遥かに上だ。ムガイもそうだが、私が教えたのはエレフスでの生き方だけだな」
情熱的に語るラーナに対して、ノアは終始冷静だった。話を聞き終えたカナンは、心を動かされた様子だった。
「ムガイさんも同じ経緯で助けられたって話してました……。師匠はやっぱり凄く優しい人ですね」
「そうなのよ、ノア様より優しい人間には会った事ないわ」
盛り上がる二人を前に、ノアは嘆息した。
「どうして私の周りには、こういう面倒な者達がまとわりつくのか………」
「それは貴方の責任です、ノア」
いつの間にかセグラとムガイが足を止め、ノア達に振り向いていた。どうやら目的のカフェに辿り着いた様だ。
「貴方は後先考えず、自分を顧みる事も無く他者を助けようとします。無数の人間を救えば、そういった曲者が何人か引っ掛かるのも当然と言えるでしょう」
セグラが口角を上げる。それは年相応の、悪戯な笑みだった。
「自業自得、ですね」
◇
そのカフェはあまり広くはなかったが、内装は綺麗で掃除も行き届いており、居心地の良さそうな雰囲気の店内だった。五人は角の席に腰を落ち着ける。
カナンはこういった店に入るのは初めてで、傍から見ても分かるほど緊張していた。
「フフ、初々しいわねぇ。私も最初に飲食店に入った時はどう注文していいか分からなくて困ったわ~」
「カナン、私達と行動するに当たって食事や日用品の買い物に遠慮する事はない。君の欲しいと思ったものを自由に言ってくれ」
ラーナはカナンの緊張を解そうと声をかける。カナンは文字が読めない為、ノアが隣でメニューを教えて注文を勧めている。
「は、はい……えっと、じゃあ、ミルクをお願いします」
「では僕は紅茶かな」
「私はオレンジジュースがいいです」
「ノア様、私はノア様と同じものを注文しますわ」
「……決まりだな。私はコーヒーを頂こう」
店の主人を呼び、五人分の注文を通す。直ぐにドリンクが運ばれ、彼らの乾きを癒す。
「フフ……美味しいね。緑茶があれば申し分なかったが、エレフスではあまり取り扱っていないからねぇ。紅茶と原料は同じなんだが……」
「ムガイ、貴方の言った通りこの店は良いですね。オレンジジュースが水で薄められてなくて濃厚です」
「今、ノア様と私の舌は同じ味を感じているのですね……感無量です」
「……そういえば」
ミルクを飲むカナンが何かに気付く。
「師匠達は“白惡”の黒騎士だって言ってましたが、セグラだけは“灰掟”の黒騎士……とか。黒騎士って、種類があるんですか?」
「……ふむ」
その質問に、早くもコーヒーを飲み干したノアが答える。
「その通りだ。これは黒騎士の歴史が関わる事でもある。黒騎士は継承が可能な地位であり、また一門につき同時に三人まで在籍できる。最初期の黒騎士は数百人居たとされるが、彼らは皆使用する魔術も戦い方も異なるのに区別するものが個人名しか無かった。やがてその中の一人が……“黒き星”という異名で呼ばれるようになった。他の黒騎士達も真似をして、各々異名を掲げるようになった。そして黒騎士の地位が継承される際、誰の後継者であるかを明確にする為にその異名も引き継ぐようになった……そうしていつの間にか、初代の異名が一門の名前そのものと認識されるようになった」
「へぇー」
「フフ、“白惡”とか“灰掟”ってのは詰まる所屋号なんだよね」
黒騎士の歴史を聞いて感心するカナンと、紅茶を飲みながら割り込むムガイ。
「ただ、その黒騎士も今や流儀十一門、人数にして十三人しか残っていない」
「十三……えっ、そんなに少ないんですか?ここに四人居るってことは、あとはたった九人?」
カナンが驚きの声を上げる。
「長い時間をかけた教会の成果といえるだろう。元々、黒騎士というのは千年前の魔術追放の混乱を収める為に創設された地位だが、名目のみとはいえ騎士の位を軽々しく与える事に既存の騎士階級からは強い反発の声があった。百年経って黒騎士以外の魔術師を概ね廃絶できたと教会が確認した時から、教会にとって黒騎士は切り捨てたいものとなった。だが教主の勅令は神の言葉も同然であり、一度発したものを撤回する事は同じ教主にさえ許されることではない。黒騎士の継承権にも手が出せなかった。そこで教会は、任務を一層過酷にする事と新たに黒騎士の認可を与えない事で自然消滅を図った」
ノアの口はよく回った。普段は寡黙な男だが、実は饒舌なのかもしれない。
「黒騎士は元々分派ができない為、仮に多くの弟子を抱えられても黒騎士として在籍できるのは上限である三人のみ。かつ一度でも在籍者がゼロになればその流儀は取り潰される。時代が下るほど志す者も少なくなり、黒騎士は急速に数を減らしていった。今となっては風前の灯火だな」
「そうそう、十一門十三人と聞いてもう分かってるかもしれないけど、現在複数人在籍しているのは僕達“白惡”のみなんだよ」
「私とノアが黒騎士になった時には、他にも二人三人と所属している流儀もありましたが……たった四年の間に、死んで数を減らしましたね」
セグラも話に入ってくる。ラーナは未だ目を閉じてコーヒーを味わっている。
「これは丁度、今の旅の目的にも繋がる話だ。私達は、教会から残る九人の黒騎士へのメッセンジャーとしての指令を預かっている」
「メッセンジャー?」
ノアの言葉に、カナンが聞き返す。
「未だに残っている黒騎士は厄介な者ばかりだ。強固な契約で縛られた“灰掟”以外は、教会を気にする事も無く好き勝手に生きている。現在の教会としても、黒騎士を無視できる数まで減らせた以上下手に関わらず刺激しない方針をとっている」
「ただ、黒騎士といっても第三教会に所属する立場である以上、教会の行事には出席する権利があります。そして四か月後に、第三教の本拠地であるトリトス・エクレシアにて現教主の就任三周年記念式典が開かれる予定です」
ノアの言葉をセグラが続ける。そして次に口を開けたのはムガイだった。
「第三教会は黒騎士達の居場所を把握しきれていないし、その為に労力を割くのも億劫だと考えている。だから教会に従順なセグラ君と、教会に従順だと思われてるノア君を連絡係にしたのさ」
「な、なるほど……よく分かりました。ありがとうございます、偉い人のパーティの為の旅程だったんですね」
カナンは得心がいったという顔をしていた。対してノアの顔は渋かった。
「三は第三教にとって聖なる数字だが、たった三年で豪奢な式典を開く教主など聞いた事が無い。それだけの金があればどれだけの貧民を救えるか……現教主であるバラク三世はその職位に相応しい人間ではない」
その言葉に、丁度横を歩いていた店員がギョッとする。事実上このエレフス教導連合のトップである教主を侮る発言は、聖騎士に聞かれれば処罰されかねない。その為、公の場で教主を批判できる者は狂人以外には居ない。
ノアは密告される事を全く気にしていなかった。それをムガイは嬉しそうに見ている。
「フフ、自分の信条以外に従うものなし……とことん権力に阿らない男だね、ノア君は。その姿勢を実践できるのは心底尊敬するよ」
ムガイの向かいに座っているカナンには、今の言葉を喋る時の彼の顔に一瞬影が射したように見えた。ただその瞬間だけの事だったので、カナンは特に気には留めなかった。
「……話を戻そう。カナンには今の状況を説明する」
ノアは背もたれに体重をかける。
「我々を除く黒騎士九人の内……“癘黄”、“青謐”、“錆土”、“緑衣”の四人には既に連絡済みだ。これから会うのは“赫焉”、“桃酔”、“橙芒”、“紫艶”の四人。最後の一人、“黒き星のハリストス”は私達でも行方が掴めていない為除外となる」
「おお……これが黒騎士の全員なんですね。今の話を聞いて、わたしは益々やる気が湧いてきました」
カナンの瞳は燃えていた。ノアの表情には少しだけ呆れが滲んでいる。
「……今までの話に、黒騎士へのモチベーションを盛り立てる要素があったか?」
「たった十三人しか残っていない、魔術を使える騎士!師匠の言う通り大変というのを疑うつもりはありませんが、飢えとか痛みとか慣れててへっちゃらだし、わたしやっぱり黒騎士になりたいです!まだこの気持ちを信じてくれませんか!?」
カナンとノアが無言で睨み合う。それは少し前、タベリナス旅立ち前の光景の再現だった。
「へぇ、カナンは黒騎士になりたいんですね」
「あら?妹弟子が出来るならとっても嬉しいわ~」
セグラと、コーヒーをようやく飲み切ったラーナが話をしている。
「現状“白惡”の座は三枠埋まっているが、もし彼女が正式に弟子となったとして、魔術を学び終える頃には誰かしら欠けているだろうから問題ないね!」
「「「…………」」」
カナンは、ムガイが他の黒騎士達からすげなく扱われている理由を理解し始めていた。