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黒白の騎士、ノアの旅  作者: 安河内禊
1/8

“白惡”の黒騎士 ノア・ダルク ① (vsウォーム)

このページを開いて下さってありがとうございます。あなた様の貴重なお時間を割かれ、拙作をお読み頂けるととても嬉しいです。


──かつて、人類が栄華を極めていた時代。

人々は地の果てまでも切り拓き、天に手を伸ばしたという。

奢侈(しゃし)に溺れ、信仰を忘れたその傲慢に、とうとう罰が下った。

地の底より悪魔の軍勢が現われ、人類に対する殺戮と破壊を開始したのだ。

これにより当時の国家は全て崩壊、人類の文明は瓦解(がかい)し、人の生存圏は大きく縮小された。

だが、そんな人類を、神は未だ見捨てていなかった。

生き残った人類の中から、神は十人の勇士を選ばれた。彼らは立ち上がり、人々を率いて悪魔に立ち向かった。

後の世に聖戦と呼ばれる、人魔の激しい争乱が巻き起こった。戦いの末に勇士は悪魔の王を討ち取り、悪魔達は魔界に逃げ帰っていった。

人は再び大地を取り戻したが、豊かだった緑土は荒れ果て、河川は枯れ、空には瘴気が満ち、地には凶悪な魔獣が蔓延(はびこ)っていた。

最早人間が住むには適さなくなった世界に、人は涙した。

人々はこの悲劇を繰り返さない為に、これを訓戒とし、とこしえに語り継ぐ事を誓った。

信仰の灯火を絶やすこと(なか)れ。次に人が神を忘れた時こそ、終末の時である。

──────『第三の教え』より


 ◇


挿絵(By みてみん)

【この物語の主人公──ノア・ダルク】



聖戦より四千四百年後。


アレクサンドリア中央大陸の西域、大小20の国家で構成されたエレフス教導連合。その西部を占める国家カスティリアの南西に位置する、タベリナスの村。

砂漠の際にあるものの鉱石採掘や石材の切り出しが盛んであり、比較的裕福なこの集落に、今は影がかかっていた。


「村長……もうこれで十人が犠牲になりました。やはり大地の精霊様に生贄を捧げる祭りを開くべきでは……」

「もうそんな時代ではあるまい」

周辺の家屋より一回り大きな家の中では、二人の男が会話していた。

「既に教会に助力を()うた」

村長と呼ばれた老人がゆっくりと返答したが、対峙する壮年の男は不満げだった。


「教会?教会が我々を助けに来てくれると?村長は本気で信じているんですか?」

「儂も奴らを信用しとらん。だが国家をも凌ぐ戦力と“がめつさ”だけは本物だ。儂の全財産と村の共同金庫の半分を報酬として提示した。これなら聖騎士様が来てくれるじゃろう」

落ち着いた態度の村長に、壮年の男も気を削がれていた。


「聖騎士……聞き及ぶ噂が真実なら、下手に傭兵を雇うより確実でしょうが……」

「既に国に直訴したが無反応、領主様も手を(こまね)いている。このままでは砂漠全体が禁域となり、我らの生活も立ち行かなくなる。となればこれしか道はあるまい」

壮年の男は押し黙ったが、おずおずと口を開いた。

「それで……大地の精霊様を殺してもらうのですか?」

「…………」

沈黙がしばらく場を支配した。


次に響いた声は、全く(あずか)り知らない人間の声だった。


「貴様が村長か」


「「!?」」

突然の声に、二人が勢いよく振り返る。

いつの間にか、壁際に長身の男が背を預けていた。

「魔物の被害に悩まされている様だな」

二人は、声を発する事ができなかった。その男の風体が余りにも異様だったからだ。


その男は立襟長袖の上衣に外套を纏い、肌の露出は頭部と両手しかない。

顔の左側、そして左手は尋常な人間のものだったが、顔の右側と右手が奇怪だった。

彼の右側の肌は赤黒く細長い管が無数に積み重なっているように見え、おおよそ人間のものではなかった。

更によく見ると、その管はまるで独立した生き物のように一本一本が蠢動(しゅんどう)しており、見るものに生理的嫌悪感を湧かせた。

肌の境目を分かつように髪の色も別れ、左側……人間の肌を持つ方は豊かな黒髪だったが右側は老人の様な白髪だった。

外套は逆に左側が白、右側が黒色に染められており、まるで着飾った見世物小屋の道化の様だった。


挿絵(By みてみん)


「隣町の教会で知らせを見た。微力ながら手を貸そう。報酬は無用だ」

男は村長達が狼狽(うろた)えている事を全く気にせず、一方的な会話を続ける。

「い、いつの間に……貴方はまさか聖騎士様ですか?」

一人で喋り続けていた男に対し、村長がようやく気を取り直した。


「いや、私は聖騎士ではない。そもそもあんな端金(はしたがね)では聖騎士は雇えない。居合わせれば、無償で手伝うだろうお人好しはいるがな」

自分は聖騎士ではないと言いながら聖騎士の事を知ったふうに話す謎の男に、壮年の男は(いぶか)しんだ。

「いつの間に侵入したか知らんが……お前は詐欺師か?うちの村を騙そうたってそうはいかんぞ」

「金は無用だと言っただろう。これは嘘ではない。それに私は第三教会に認められた騎士だ」

そう言って男は印章を見せる。それは第三教会が正式に騎士身分を保証する認可証だった。


「疑うのも無理はない、私は尋常の騎士とは違う。鎧も着ない、ただ凶賊や魔獣と戦うだけのものだ」

「ど、どうやら本当のようですね……しかしたった一人ですか?他に仲間は……」

「不足はない」

騎士を名乗る男は断言する。

「詳細を説明してもらおう」


「ここより北には砂漠が広がっているのですが……ええと、その……」

壮年の男が言い淀む。

「さっき話していた大地の精霊とやらか。私は教会の人間だが審問官ではない。包み隠さず話してくれ、処罰はしないと約束する」

「……砂漠の一部地域は古来より精霊が住まう聖地とされています。その地に足を踏み入れた人間は決して帰ってはこない」

村長が静かに続けた。


「我々は砂漠から上質な石材を切り出し、これを精霊様の恵みとして感謝していました。かつては精霊様に生贄を捧げる祭りも行われていた程です」

「それが魔物か」

「……!精霊様は魔物ではありません!」

口さがない騎士の物言いに、壮年の男が激昂する。村長が慌てて割り込み、言葉を続ける。

「もとより、迷いこんだ旅人や度胸試しの若者が聖地に足を踏みいれ、帰らぬ者となるのはよくあったことです」

しかし、と村長は唇を噛む。


「発端は三か月ほど前……砂漠に採掘に行った若者が帰ってこなかったことです。その時は、何かの理由で聖地に足を踏み入れてしまったのだろうと納得していました」

「しかしその日を境に、砂漠では人が次々に襲われるようになりました。盗賊も疑いましたが、生き残った者の証言によれば、影しか見えなかったが巨大で素早く、あれは確かに人間ではなかったと」

「村の衆は、不敬な人間にとうとう精霊様がお怒り、聖地の外の砂漠にも現れるようになったと怯えています。このままでは村の産業が成り立ちません」

村長と壮年の男は沈痛な面持ちだった。


「成程な。では次に、どういった魔物に襲われたか特定する為被害者の遺体を検死したい。砂漠から引き揚げた死体の内一番状態の良いものまで案内してくれ」

「えっ!……そ、それは……」

騎士の要求に、壮年の男が動揺する。騎士は、想定していた反応に冷静に言葉を続ける。

「その者の葬儀が終わっている場合は、墓を掘り起こし棺を開く事になる。死者への冒涜だと怒るのも最もなことだ。だが……」

「いえ、そうではないのです……遺体は、全て既に灰になっています」

村長の表情は暗く、騎士の左顔は無表情のまま変わらない。


「…第三教会の規範では、土葬が原則。火葬は御法度(ごはっと)(はず)だが」

「お、お許しください!伝統であり……教会にはどうかご内密に!」


壮年の男が必死に懇願する。(すが)る男を、騎士は手を軽く上げて(さえぎ)る。

「先程も言ったが、私は審問官ではない。砂漠の近辺で死体を残せばそれを餌にする屍食鬼(グール)が寄り付く事もある。理にかなっている事だ、仕方あるまい」

その発言に安堵(あんど)した村長達に、騎士は質問する。

「では代わりに答えてくれ、お前達から見て被害者の遺体には特徴的な箇所(かしょ)は無かったか?何か思い出せる事があったら教えてほしい」


「そうですね……人間の内臓を好んでいるようで、腹部が食い千切られているか、大きな咬傷(こうしょう)が残る死体が多かったですね。暴れる犠牲者を抑え込んだ結果出来たであろう爪跡も深く残っていました」

「胴体だけ食い散らかされた無惨な姿を思い出すだけで……ウッ、グゥ……」

村長達は被害者の惨状を想起した結果、恐怖と悔しさが入り混じった顔で(うつむ)く。

咬傷(こうしょう)か……」

騎士はしばし考え込む。大地の精霊の正体を絞っているのだろうか。

その場で次に誰かが発言する前に、扉がノックされた。


「失礼!村長、この家に村の外から騎士が来ていないか」


大声が響き、壮年の男が慌てて扉を開ける。彼が何かを言う暇もなく、騎士が入口の外に居る声の主に顔を見せる。

「私の事を探しているのか?」

「む、お前がこの村に来ていたという騎士か」

扉の前に立っていた男は、全身を革と金属の鎧で包み、腰に剣を下げていた。

「ついて来い。領主様がお呼びだ」


 ◇


案内された先は、村から少し離れた位置にある小高い丘の上の豪邸だった。おそらく領主は、この辺り一帯の複数の村を統治しているのだろう。

門の前、敷地内と、武装した兵士が多数歩いていた。一介の領主の私兵としては随分と多い。

屋敷に入り、兵士の後に付いて歩いた先には豪華な内装の施された部屋があり、そこには濃い緑のコートに身を包んだ気品のある痩身(そうしん)の男性が立っていた。


「ご足労をおかけして申し訳ございません、騎士殿」

「お前が領主か?」

慇懃(いんぎん)に接してくる領主と思わしき人物に対して、騎士の態度は直截(ちょくさい)だった。

「はい。この地を管理する者として、是非お会いしたく」

「管理、という割には問題を放置していたようだな」

騎士の鋭い舌鋒(ぜっぽう)を前にしても、領主は笑顔を崩さない。


「はは、耳が痛い。勿論私も手を打つつもりでしたが……まさか村人が自ら金を積んで騎士を呼ぶとは思っていませんでした。そこでどのような騎士がいらしたのかと気になり、貴方を此処に呼んだ次第です」

「私に聞きたい事があるなら手短に話せ。直ぐに砂漠の魔物を退治しに行く」

「ふむ。村人の依頼は受けられたのですね。しかも騒動の元凶を既に定めている……であれば、一つだけ。貴方の身分を教えて頂きたい。教会に属する騎士としては、(いささ)か風変りに見えますが……聖騎士に仕える従騎士ですか?」

領主の発言は礼儀が欠落したものだった。領主は目の前の男が少なくとも自分より上の階級ではないと判断したようだ。騎士は眉一つ動かさずに言った。


「私は黒騎士(くろきし)だ。……これで十分か?」

「黒騎士……ですか」

領主は(きょ)を突かれた様な表情をしていた。

騎士は無言で身を翻した。部屋の出口に向かう騎士を兵士達が制止しようとしたが、領主が軽く手を振ると引き下がった。

「解決が成ったら、こちらに再びいらして下さい。私からもできるだけ返礼をさせて頂きます」

騎士からの返答は無かった。


 ◇


騎士が屋敷から去っていくのを、領主は部屋から窓越しに見下ろしていた。

「よろしいのですか?」

待機していた兵士の一人が畏まって聞く。


「構わんさ。翌日には余所者の死体が砂漠で発見されるだろう」

領主の声は先ほどまでとは打って変わって冷たかった。


「村人が教会に騎士の派遣を要請し、隣の町でその依頼を承諾した者が居た……と情報が入った時は、よもや聖騎士が来るのかと肝が冷えたが。」

領主はくつくつと笑う。

「まぁ、万が一アレを殺してくれるならそれでいい。最近は手に余る様になってきた所だ。その時は金貨の一袋でも握らせてやろう」


「あの……領主様。一つ伺ってもよろしいですか」

兵士の一人がおずおずと質問する。

「何だ?」

「いえ、先ほど言っていた“黒騎士”とは……比喩とかではなく教会騎士に存在する正式な身分なのですか?」

「ああ、それか」

領主は鷹揚(おうよう)に答える。


「知らんのも無理はない。私も実物は初めて見た。何でも魔術を扱う騎士らしいぞ」

「えっ……魔術ですか!?」


質問した兵士は驚愕し、他の兵士たちにも動揺が走っていた。

「このエレフスで魔術の使用が許されているのか!?」「しかも教会の人間が……!?」「聖騎士が黙っているのか?」

兵士達の反応に領主は上機嫌だった。


「はは、魔術が禁じられた千年前の話だ。当時エレフスに残りたい、魔術も捨てたくないと我儘(わがまま)な魔術師の為に教会が用意したポストだそうだ」

領主は昔聞きかじった事を自慢げに語りだす。


「魔術が使える代わりに、教会の走狗になる……まぁ教会としても使い捨ての手駒が欲しかったんだろう」

兵士達は口を閉じ、黙って主人の話を聞いている。

「危険な任務で使い潰されて報酬も出ない、新たになりたがる者も居なくなって今じゃ数える程しか残っていないという話だ」

「だからお前らが見たことも聞いたことも無かった……奴が本当に魔術が使えるかも怪しいものだ」



魔術。


かつてこの世界に侵入した悪魔……魔族が所有していた技術であり、体内、(ある)いは対外に存在する魔力というエネルギーを利用して様々な現象を発生させる。

人間はこの技術を奪い取る事で魔族に対抗する事が出来たと言われており、魔族が去った聖戦後も世界中で重宝された。


だがこの地、エレフス教導連合では遥か昔に禁じられ、それは今も続いている。

魔術には幾つも問題点が挙げられる。まず習得において才能の比重が大きいため、実用的なレベルの魔術は一部の人間にしか身に付けられない。高度な魔術を修めた魔術師達は自然と増長し、一般人を圧迫ししばしば彼らと対立した。


また、人間同士の争いの被害が大きくなった。本来なら人間二人で殴り合う様な喧嘩も、魔術を使うもの同士だと周りの人間を焼き家屋を倒壊させる様な凄惨なものとなった。

治安維持の為に民間の魔術の使用を禁じている都市や国家も珍しいものではない。だが、エレフスにおける規制の理由はそれらではない。


エレフスにおける禁止の理由は一つ────魔術は魔族が(もたら)した悪の御業(みわざ)だからである。

エレフス教導連合はその名の通り、宗教によって一つに纏められた国家群である。この地は古くから多数の国々が乱立し、互いに争い盛衰を繰り返してきた。約2000年前、戦乱に疲れた民衆は神に救いを求めた。

そして自然と発生した宗教は、国家の枠を超えてエレフスに広まっていった。この宗教には名前が無かった為、便宜上『第三の教え』と呼ばれた。


拡大した宗教勢力は初め無秩序なものだったが、その中からカリスマ的指導者が頭角を現し信者たちを束ねていった。その頃には国家からも無視できない勢力となっていた為、弾圧を受けるようになった。

信者の中で勇気ある者が剣をとって圧政に立ち向かった。これが後の世の聖騎士の起源であると言われている。「第三の教え」は自衛の為に戦力を持つようになった。


弾圧を跳ねのけた信徒達は結束し、「第三の教え」への信仰を組織化して第三教会を設立した。統率者は教主と呼称され、その称号は継承されるものとなった。

その時点で第三教会の影響力は国家をも凌ぐものとなっていた。エレフスの遍く国家に信者が溢れかえり、教会の勅命に国家は逆らえなかった。


こうして教会の下、国々は手を取り合うことを強制された。────エレフス教導連合の誕生である。

成立の経緯から「第三の教え」は争いを嫌い平和を愛する。そして、悪への不寛容を教義の一つとする。

魔術はエレフスにおいても盛んだったが、「第三の教え」の台頭と共に是非を問われる存在となった。()むべき魔族の業、これは廃されるべきものだと。


そして約1000年前、時の教主が正式に魔術の放棄・追放勅令をエレフス全土に発した。

教主の勅令は絶対のものであり、違反者は聖騎士によって処刑される。


突然の破滅に混乱する魔術師達に教会は三つの選択肢を提示した。一つ、全ての道具と魔導書を焼き還俗(かんぞく)し、今後は魔術と一切関わらない一般人となることで不問。二つ、全財産と土地を教会に寄進しエレフスの地の外に追放される事で不問。


そして三つ目……教会に命を捧げる絶対服従の騎士となる事で不問。この為に創立された、エレフスで唯一公的に魔術を行使できる身分が……“黒騎士”である。

魔術という悪の力を色で示して「黒」、故に黒騎士と呼ばれる。騎士とは名ばかりであり、封禄(ほうろく)も地位も名誉も無い、第三教会が自由に消費できる奴隷であった。


 ◇


見渡す限りの荒涼(こうりょう)とした大地。日差しに照らされた砂が(まばゆ)く輝くタベリナスの砂漠を、騎士は歩いていた。


「どうやらここが聖地とやらの様だな」

質素なものだが、荒縄と積み上げられた石がこの先を禁足地と示す境界となっている。


「砂漠に入ってからここに辿り着くまで、魔獣と邂逅する事は無かった……まずは聖地の中で大地の精霊様の正体を探るか」

そうして、聖地の探索を開始する。ここも砂漠には違いないが、心なしか植物が他よりも自生しているように感じる。

砂を纏う風に吹かれつつ歩きながら、騎士は考えていた。


(大地の精霊が魔獣として、村人の話通りなら昔からこの辺りを縄張りとして生息していたのだろう。そして、獣が一匹群れを離れる、追い出されること珍しい事ではない。そうして一匹だけ外の砂漠に()み着き人間を襲った……というだけの話なら簡単だが。問題は群れごと生息地を移した場合だな。殲滅(せんめつ)するのに手間がかかりそうだ)


思考を巡らせながら歩いていると、突然開けた場所に出た。そこも砂地には変わりなかったが、人の目を引く特徴があった。

そこには無数の穴が無秩序に開いていた。そのサイズは様々で、大きなものは直径5メートルはあった。騎士は険しい表情でその場を見渡して呟いた。


「ウォームか……!」


その時既に、騎士の後方で大きく長い影が持ち上がっていた。その影は、一定の高さまで達した後、鞭の様に(しな)り騎士に向かって勢いよく振り落とされた。

ドゴォン!!と巨石が落下したかのような凄まじい轟音(ごうおん)が響く。周囲に勢いよく粉塵が舞い上るなか、影はゆっくりと体を上げ直す。


やがて煙が晴れると、二つの事が判明する。一つは影の正体。それは、太く長い円筒形の体を持った怪物だった。金属で出来ているかのように硬い体節が連続して肉体を構成し、前方の先端に開く丸い口には鋭い牙が何列にもわたり生え揃っていた。

そしてもう一つは、怪物が叩きつけた場所から騎士の姿が消えていたことである。


「知能も持たない大型のウォームが“大地の精霊”様の正体とはな。いや元来、土着信仰とはこういうものか」


空中から声が響く。ウォームは獲物を仕留められなかったことに気付いていないのか、蠕動(ぜんどう)しながら叩きつけた場所の砂を飲み込んでいる。


ウォームの頭上に飛び跳ねていた騎士は、背負っていた長い棒を右手に握っていた。その棒には幾重にも細長い布が巻かれていたが、今はその一部が解かれ風に棚引いている。その布には、びっしりと文字の様な紋様が刻まれていた。

騎士は左手を棒の先端に添えると、静かに呟いた。


「叡智、泉より湧き出でよ──『炎の槍(ソーン・ケン)』!」


瞬間、布に刻まれていた紋様の一部が激しく発光し、握っていた棒の先端から火炎が噴き出した。燃え盛る炎は轟音を立てながら収束し、まるで槍の穂先(ほさき)の様な形に収まった。

騎士は炎の槍と化した武器を両手で握り、ウォームに向かって勢いのまま落下した。


「はぁっ!!」


裂帛(れっぱく)の気合を込めて槍が振り下ろされる。ウォームの巨大な体躯を、白く煌めく炎の一閃が通り抜ける。


ズバァンッ!!!


鋼鉄の剣だろうと弾き、傷一つ付かない頑強なウォームの外皮が高熱によって溶解し、ただの一振りで両断される。

騎士が勢いよく着地すると同時に炎の穂先は消え去り、騎士は棒を一回転させて片手で構え直す。

完全に切断されたウォームの左右がそれぞれのたうち回っているが、この状態で生命活動が維持できない事を騎士は知っている。しばらくするとウォームの動きが弱まっていき、やがて完全に静止した。


「……この種のウォームは餌に不足しない限り決まった縄張りから出ることはない。古来からここを住処とし、侵入者を捕食していた結果人間に畏れられる様になったか」

騎士は臨戦態勢を解いて棒を背負い直し、改めて考え込む。


「大地の精霊の正体は分かった。まだこの地には無数のウォームが生息しているだろう。その中の一部が聖地の外に迷い出てしまったか、餌が不足したのか………いや、待て」

騎士ははたと気付く。


「村長らは、遺体は咬傷と爪跡があったと確かに言っていた。ウォームに襲われてそんな怪我を負う筈がない」

「……聖地に()むウォームではない。他に、魔獣が居る……」

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