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真夜中ブランコ、ジャングルジム

作者: べる

 私は朝が苦手だ。


だって朝は体がだるくなるし、頭もぼーっとするし、一日が始まるのが憂鬱だし、とにかくいいことがない。


いっそ朝なんて来なかったらいいのに、なんてことを毎晩考えていた。


これでも小学生の時は結構早寝早起きだった。確か九時過ぎにはもう布団に入っていて、六時には起きていた。


眠れなくなったのは中学に上がって少しして私がいじめられるようになってからだ。


それが始まったのは、授業参観にお父さんが仕事で行けなくなって代わりに大学生のいとこのお姉ちゃんがきてくれて、それから一週間ほどがたったころ。一人だけ若い人がいて不思議に思った同じクラスの誰かがどこからか私にお母さんがいないことを知ったのだろう。どうやって知ったのかはわからないが。


最初は「お母さんがいないなんて、へんなのー」とか、「片親の子供は育ちが悪いらしいよー」とかそんな感じのことを言われた。面と向かってそんなこと言ってくるお前の方が育ちが悪いだろと言い返しそうになったが、それはそれで拗れそうなので愛想笑いで誤魔化していた、しかし私の態度が気に障ったのかいじめは続いていた。


だがひどくはならなかった。おそらくだが万が一私が先生にチクった時に何もしてないアピールをするためにやりすぎないようにしていたのだろう。実際先生は私が虐められていることにこれっぽっちも気づかなかった。


そうしてしばらくすると私は学校に行くのが憂鬱になり、夜眠れず、朝起きれない、一日中外に出ることなくずっとゴロゴロしている、まるで引きこもりのような生活リズムを繰り返す中学生に成り下がってしまったのだ。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 そんなある日のこと、私はまた眠れずにいた。


ベッドに横になりゴロゴロしても、満腹になれば眠たくなるかと台所にあった食パンを食べてみても、空気を入れ替えてみようと窓を開けてみても何やっても眠れない。


また睡眠薬を飲んで無理やりにでも寝ようかとまた体を起こそうとすると、開けた窓から入った涼しい風が部屋の中を満たしていったのを感じた。今は十月、涼しくなってきた。


私はなんとなしに窓から外を見てみた。真っ暗な道を街灯が照らしていたが、もう遅い時間だからか人通りは全くない。


普段から活気のある街というわけではないのだが、それでもここまで人の気配も車の通る音もないのは初めてだ。


なんだかいいなと思った。


どうせ明日も学校行かないだろうし、少しくらい外に出てもいいかな。なんてことをぼんやりと考える。


そして私は久しぶりに外に出た、時計の短い針は1の字に到達していた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


何ヶ月かぶりに外の空気を直に感じた私は、まずスーハーと大きく深呼吸をした。存外に気持ちいい。


さてどこへ行こうかと歩き出そうとして、早速一つ目の問題に直面した。


行きたい場所がないのだ。


私は小学生の時から1人で本を読んだりするのが好きだったから、外でどこに行って何して遊べばいいのかよくわかっていなかった。


よくよく考えてみれば、外で遊んでいたわんぱくな子たちは誰かしら友達を連れて遊んでいたような気がする。


抜かった、こんな真夜中に外に出たって結局友達がいなければ何もできないなんて想像もしていなかった。


しかし、せっかく久しぶりに外に出たのだ、何かしないと勿体無い。


なにか...なにか...


「あ、そうだ。」


一つだけずっと密かにやったみたかったことを思い出した。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 私は目的地へゆっくりと向かっていた。あんまり急ぐと体力のない私はすぐにへばってしまう、それにゆっくりとはいえ目的地には5分ほどで到着するから問題ないと思っていた、しかし思わぬ問題に直面する。


「し、しんどい...」


長いこと引きこもっていた私は情けないことに2分ほど歩いただけでへばってしまった。そりゃ普段から運動もしていなかったから体力に自信がなかったけれど、それでもこれはあんまりではないか。


私は額の汗を乱暴に拭うと、再び歩みを進めた。気分はさながらフルマラソンのラストスパートだ。なお、まだ200メートルほどしか歩いていないのだが。


「く...絶対にゴールして見せる...」


私は謎の決心をしたのち、真夜中の住宅街の中歩みを進めていった。周りに人がいなくて本当に良かったと思う。


ーーーーーーーーーーーーー


「つ、ついた...」


目的地には到着した私はあまりの疲労にその場に座り込みそうになった。しかし部屋着のまま出てきていた私は服を汚すのが嫌でなんとか膝に手を当て堪えた。


呼吸を整え、なんとか前を見る。


「うわぁ、誰もいない。」


眼前には人っこ1人いない公園があって、その光景に少し感動する。


いつもは小学生が走り回ったりお母さんたちが井戸端会議していて賑やかな公園も、この時間になるとこうも静かになっていることがなんだか不思議だった。


今だけはこの公園は私1人しかいない、私だけ。


そう考えるとなんだかワクワクしてきた。


「...そうだ、やってみたいことがあったんだった。」


私は本来の目的を果たすために動き出そうとしたその時、とあるものを見つけた。


「...あれは...無料で飲める水なのでは!?」


私が見つけたのは噴水型の蛇口だった、喉の渇きが限界だった私は蛇口に向かって一目散に駆け出して行った。


しかし、足がもつれて三歩目で盛大に転んでしまった。


せっかく座り込むのを我慢してまで部屋着を汚さないようにしていたのに無駄になってしまった。


ーーーーーーーーーーーーーーーー


砂まみれになりながら水を飲みまくった私は、ある遊具の前に来ていた。


「おぉ、これが...」


と感動しているが、ただのブランコである。


「へへっへへへへっ」


私は無意識に変な笑い声を上げていた、引きこもると笑い方も歪んでくるのだ。


私の目的はこのブランコだ。幼稚園の頃大好きだった。


しかし小学生になるとヤンチャな男の子やカースト上位の女の子が占領していることが多く、なかなかやる機会がなかった。


中学生になると流石にブランコで遊ぶ人はいなくなったが、だからと言って流石に1人でやる度胸がなかった。


しかしこの時間だと、周りの視線を気にせずブランコを楽しむことができる。


私はワクワクしながらブランコに腰掛ける、しかしすぐに違和感を感じた。


「...なんだか座る場所が低い...?」


それもそのはず、私が最後にブランコに乗ったのは幼稚園の年長さんの時、今から約7年前なのだ。当然その間に身長は伸びてる。


私はなんだか悲しくなった。多分同い年の子達は部活に打ち込んだり勉強を頑張ったりオシャレの勉強をしたりしているのだというのに、私は深夜の公園で1人ブランコに座りキャッキャしているのだから。


「...いや、やめよう」


私は細かいことを考えるのをやめた。これ以上は虚しくなる。


「よし、やるぞ。」


私は謎に気合いを入れて、ブランコの勢いをつけ、一気に漕ぎ出した。


「はっ、ははっ」


私はブランコ特有のふわっとした感覚を久しぶりに体感し、さっきのとはまた違った感じの気持ち悪い笑い声を出していた。


「立ち漕ぎ...立ち漕ぎもしよう...」


私は謎にそう宣言をし、そのまま立ち上がった。


さっきよりもより勢いを増していく。


「あはっ、あははははははははははははは」


私の邪悪な笑い声が、深夜の公園に響き渡った。


ーーーーーーーーーーーーーーーーー


「はぁ....はぁ...たのしすぎた...」


久しぶりにブランコに乗り、ハイになった私はブランコから降りた後も興奮していた。


「どうしよう、もう一回乗ろうかな、いいよね、誰もみてないもんね。」


と、少し周りを見渡してみたが、やはりこの公園には誰もいない。


その代わり、また別の遊具を見つけた。


「あ、ジャングルジム。」


実のところをいうと、私はジャングルジムで遊んだことがない。理由は単純で、ジャングルジムの周りには必ず誰かしらがいたからだ。


でも、一度登ってみたいなと思っていた。一番てっぺんに立って決めポーズを決めたらさぞ気持ちいいだろう。


「...よし、やってみよう。」


私は一旦ブランコから離れて、ジャングルジムに向かった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「え、思ったより高くないか?」


ジャングルジムを前にした私は思わずそう言っていた。ちなみにこの公園にあるジャングルジムは普通に子供が遊ぶ用のジャングルジムなので、あまり大きくない。


しかし、生まれてこの方ジャングルジムに近づいたこともなかった私は初めて間近に近づいたこともあってか大きく感じていた。


私の記憶が正しければ、幼稚園の頃みんなこれに群がっていた気がするのだが、怖くはなかったのだろうか。


「...まぁいいか、とりあえず登ろう。」


私はジャングルジムに手をかけ、一歩一歩確認するようにゆっくりと登っていった


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 ジャングルジムを上り切った私は、へとへとになっていた。


またもや自分が数ヶ月引きこもってたせいで体力がクソ雑魚になっていることが頭からすっぽりと抜け落ちてしまっていたのだ。


「もう...むり...喉乾いた...降りよう。」


私はそう言って降りようとしたが、そこで初めて下を見てしまった。


「え、高くないか?」


それはジャングルジムに登る前にも思ったことだったが、登ったことでより痛感させられた。見上げるのと見下ろすのではニュアンスが変わってくるのだ。


「ちょっと待て、怖すぎないか?世の幼稚園児たちはみんなこんな怖いもので遊んでいたのか?ていうかこれどうやって降りればいいんだ?私は生きて帰れるのか?」


完全に足がすくんでしまった私は、パニック状態に陥った。今まで自分が高所恐怖症だなんて自覚したことがなかったのだ。


まさかそれをこんなありふれた遊具に思い知らされることになろうとは夢にも思わなかった。


「だ、ダダダ大丈夫、さっき登ったのと同じ動きで降りればいいだけなんだから。うん、大丈夫。きっと生きて帰れるぞ。」


そう自分に言い聞かせた私は、大きく深呼吸をしてから一歩を踏み出した。


しかし、その一歩目で足を踏み外してしまった。


「あっ、」


そうして私は地面に向かって落ちていき、お尻を思いっきり地面にぶつけたのだった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


死ぬかと、いや死んだかと思った。


生まれてこの方高いところから落ちたことのなかった私は落ちる瞬間の心臓がキュッとなる感覚と落ちた時の衝撃を思い出す。2度と経験したくないなと思った。


まぁ、ジャングルジムに登ったのも初めてだし、そもそも引きこもってたから体が鈍ってたし体力もかなり落ちてて疲れてたからこういう失敗は仕方ないと思う。


ただその代償として、お尻を痛め、部屋着はより砂まみれになり、ジャングルジムに対する恐怖心が残ってしまった。お陰で今膝が笑ってその場にへたり込んでしまっている。


「はぁ、なんだかすごく疲れた気がするな。」


私はそう呟いた。近所の公園に来てブランコとジャングルジムに乗っただけなのだが、それでも超絶運動不足の私にとっては体育の持久走に匹敵するほどの疲労を感じさせていた。


「水だけ飲んでさっさと帰ろう。一応深夜だしね。」


私はそう言い残して公園を後にした。なお、帰る道中でも途中でへばってしまったのはいうまでもない。

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